第五話 魔物が暴走してる……してるの?③

「さすがは竜の聖女様……」

「全く物怖じしている様子がねえ。なんて豪胆な方なんだ」


 豪胆なんじゃなくて、適応力が高いだけだよ。ファヴィで慣れちゃったからね。エミルが去ると、我に返った冒険者たちは、残された魔物の死体を我先にと競うように剥ぎ取っていった。

 彼らにとっては、最初は決死の覚悟での魔物暴走に対する迎撃だったのだろう。しかし蓋を開けてみれば、戦うことすらなく魔物の素材を手に入れられる。まさにボーナスチャンスみたいなものだった。


「まるで祭りだなぁ。気持ちは分かるけどね」

「塞ぎこんでいるよりはよかろう」

「まぁ、そうだね」


 その日は、臨時収入をたんまりと手に入れた冒険者たちで酒場は大賑わいだった。僕たちは剥ぎ取り祭りには参加していない。だけど立役者ってことで、みんなに奢ってもらった。他人の金で飲むお酒は美味しいって言うけど、本当にいつもより美味しく感じたのだから不思議だ。もっとも、僕はお酒が飲めないのでジュースだったけどね。


 そんな祝勝ムードの宴があった日の後も、僕たちは四日間ほど温泉や観光を楽しんだ。もちろん領主としての仕事も忘れてない。ちゃんと観光しながら街の収益を上げる方策を考えていた。


「温泉は良いんだけど、お土産になるものが無いよね」

「たしかに気軽に買えそうなものがないですよね。菓子折りとか」

「そうなんだよ。温泉で作ったパンとかクッキーとか……。分かるけど、ここでなくてもいいよね、ってものばかりなんだよね」


 とは言うものの、これと言って名案が思い浮かぶわけでもなく四日間があっという間に過ぎてしまった。行きと同じように乗合馬車で街の外れまで行って、ファヴィに乗って王都まで戻ってきた。無事に帰ってきたことを教会にいたヒッショーネ司教に報告する。


「えっ、ロベルトがバカンスに?」


 そのヒッショーネ司教の話によると、僕たちが出発した後、結局バカンスを強行したらしい。ドラゴンテイルまでは、かなり距離があるので、馬車だとちょうど入れ違いになるはずだ。ただ、僕たちにしてみれば、面倒な仕事を押し付けてくるロベルトが不在であるのは都合が良かった。

 ちょうどいい機会だと、僕とファヴィ、ミーナの三人で連日のように王都観光を満喫した。その間にも、僕たちはヒッショーネの依頼で『魔王教』の動向を探ったりしていたんだけどね。


 一方その頃、バカンスを強行したロベルトはようやくドラゴンテイルの街までたどり着いた。


「ふぅ、やっと着きました……。さて、少しでもバカンスを楽しみますよ! しかし、聖女様はまだ到着していないようですね。乗合馬車を乗り継いだら時間もかかって当然。彼女たちが来るまで待っていてあげましょう。ふふふ、俺の優しさに聖女様も見直してくれるに違いありません」


 ついに楽しいバカンスだと期待を膨らませていた彼の耳に、とある男の声が聞こえた。


「大変だ、聖女様が追い払ってくれた魔物たちが戻ってきたぞ」

「何だって? まさか、聖女様が帰られたのに気付きやがったのか」

「えっ、聖女様って……。それって、ここの領主になった聖女様ですか?」

「おう、兄ちゃん。聖女様の関係者か?」

「あ、はい。俺は彼女の保護者みたいなものです」

「それならちょうどいいや。魔物の群れが来そうなんだわ。ちょっと手伝ってくれや」


 男は問答無用でロベルトを引きずっていく。


「あ、ちょ、まって、まってぇぇ」


 待ってくれ、と必死に訴えかけるロベルトだったが、聞く耳を持たない男によって、街の外に引きずられて行き、魔物の群れを迎撃しようと待機している冒険者たちの中に放り込まれてしまった。


「この方は聖女様の上司みたいだぜ」

「なんかヒョロヒョロしてるけど大丈夫なのか?」

「なんたって上司らしいからな。聖女様よりも優秀なはずだぜ」

「それもそうか。兄ちゃん。悪いけど、気合入れて頑張ってくれや」


 冒険者たちの期待を一身に背負ったロベルトは、攻撃に回復、強化とまさに鬼神のような活躍を見せた。その結果、ほとんど負傷者を出すことなく魔物の群れを撃退することに成功した。


「よぉ、兄ちゃん。やるじゃねえか」

「当然だろ、聖女様の上司なんだぜ」


 冒険者たちから健闘を称えられるロベルトだが、既に一昼夜以上戦い続けたおかげで精魂尽き果てていた。軽く手を挙げて冒険者たちから離れると、ふらつく足取りで温泉に入り回復に専念する。

 ようやく歩けるようになった頃には、既に数日が経過していた。この数日間は療養と称して温泉に入り浸っており、ユーリ以上に温泉を満喫していたと言えるのかもしれない。


 しかし、すでに一週間以上王都を不在にしたことで、容赦なく仕事が溜まっていた。本来、大司教は多忙なのである。


 何かに追い立てられるように、まだ回復しきっていない身体に鞭打って王都の教会へと戻ると、入口で待機していたヒッショーネに捕獲された。そして、彼の部屋に丸々四日間ほど監禁され、溜まった仕事を消化し終わるまで徹夜で仕事をする羽目になった。


「ば、バカンス怖い……」


 仕事漬けから解放されたロベルトは、想像以上にやつれていて、うわごとのように『バカンス怖い』と繰り返していた。


「これはバカンスに誘って欲しいって言うことだね」

「そうなのか? 怖いと言っているように聞こえるが……」

「あれは『フリ』ってやつだよ。ああやって、怖いっていうと、みんな面白がって与えるから、欲しいものを怖いって言うことで、貰えるようになるんだよ」

「なるほどな。さすがユーリだ。詳しいな」

「えへへ、そんなことないよ」


『魔王教』を追うために再びドラゴンテイルに行く必要ができた僕たちはロベルトを誘うためにバカンスを口実にすることにした。


「ロベルト。今度バカンス行こうよ」

「ひ、ひぃぃぃぃぃ──」


 僕が声を掛けた瞬間、ロベルトは全速力で逃げ出した。


「あれ? 逃げちゃったよ。なんでだろうね」

「……」

「仕方ないかぁ。また、僕たち三人だけで行こうか」

「そうだな……」


 こうして、僕とファヴィ、そしてミーナは『魔王教』の連中を追って、再びドラゴンテイルの街へと向かうのだった。

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