第五話 魔物が暴走してる……してるの?②

 翌日、お昼前くらいから、街の北にある山の麓の森が騒がしくなった。


「来るぞ、総員迎撃準備」


 ギルドマスターの号令により、冒険者たちが一斉に横に展開する。それを後ろから指揮兼支援するのがファヴィの役目だ。それじゃあ、僕は何をしているかというと……。


「ユーリ様、紅茶とお菓子でございます」

「ありがとう、ミーナ。そろそろ始まるみたいだよ」


 城壁の上で護衛のミーナに用意してもらった紅茶とお菓子を堪能していた。もちろん遊んでいる訳じゃなくて、一番後ろで指揮をするためなんだ。指揮官たるもの、常に冷静でなければいけないからね。そのための紅茶とお菓子が必要なんだ。


「うわっ、凄い数だ」


 百や二百どころじゃない、千に届くんじゃないかっていうくらいの魔物の集団が街へ向かって走ってくる。あまりの数に迎撃部隊にも緊張が走っていた。まだ、距離はだいぶあるものの、魔物達も相当のスピードで向かってきているため、数分で僕たちのところまでやってくるだろう。距離が近づくにつれて、迎撃部隊の緊張感も、僕がお菓子をつまむ速度も上がっていった。


「あれ? なんか減ってきてません?」


 高まる緊張感の中、突如として隣で魔物たちの群れを見ていたミーナが声を上げた。その言葉を聞いて、僕も目を凝らして魔物の群れを観察してみた。すると群れの中でも弱そうな魔物が、何やら驚いたようにビクッと身体を震わせた後、Uターンして森へと逃げ去っていた。それらが近づくにつれて、まるでふるいにかけられたかのように弱い魔物から順に森へと逃げ帰っているのだった


「何か弱そうな魔物から森に逃げているように見えるんだけど……」

「本当ですね。不思議なこともあるものです」


 そう言っている間にも街に向かってくる魔物はどんどんと減っていき、いよいよ迎撃部隊と接触しようとする頃には群れの中でも最強に近い魔物が数匹残っているだけであった。強力な魔物とはいえ、冒険者たちによって構成された迎撃部隊に対しては、多勢に無勢だろう。


「うおおお、勝てる、勝てるぞ!」

「しかも、滅多に見られないサイクロプスとかグリフォンじゃねえか。こいつは美味しすぎるぜ」

「こりゃ、ボーナスってもんじゃないぜ。最初は乗り気じゃなかったけど、参加してよかったぜ」

「だな。さすが聖女様のお力だ」


 迎撃部隊に参加した冒険者たちから歓喜の声が上がる。どうやら、彼らにとっては魔物達はお金にしか見えなくなっているようだ。もっとも、僕としては彼らの士気が上がるのは大歓迎だ。


「あの数ならいけるぞ、囲め」


 ギルドマスターが指示を出す……って、現場の指揮はファヴィの役目じゃないか。何をやっているんだ、あのオッサン……。そして、ギルドマスターの言葉に冒険者たちが魔物の群れに向かって駆けだそうとした――。


「な、何だ」

「りゅ、竜?」


 しかし、彼らの進撃は魔物の群れとの間に降り立った一匹の竜によって阻まれる。それは美しい銀色の鱗によって覆われていた。彼は向かってくる魔物の群れの方をチラリと見ると、鬱陶しそうな表情で右腕を振るう。

 それによって生み出された暴風が魔物を呑み込むと、魔物の身体を切り裂いた。そして、瞬く間に魔物の命は奪い取られていった。


「チッ、エミルのヤツめ。ここに来て早々に気付くとは……」


 ファヴィがそんなことをつぶやいている間に、エミルと呼ばれた彼は周囲を見回した。そして、城壁の上で指揮を執っていた僕を見つけると、僕の前に降り立って銀髪に赤眼の青年に変身した。そして、人懐こそうな笑みを浮かべながら、僕に話しかけてきた。


「やあやあ、君がファーの番かい? 会えて嬉しいよ」


 そう言って、エミルは僕に右手を差し出した。その動きに合わせるように僕も右手を出して握手をしようと──したら、突然ファヴィが間に入って遮られた。


「何の用だ。エミル。まさか俺のユーリに手を出そうとしたんじゃないだろうな」


 まあ、ある意味で手は出しているが、握手するくらいはいいんじゃないかな?


「何言ってんのさ。友人の恋人に挨拶するだけだよ」

「だが、お前はユーリに手を出したじゃないか」

「だから、握手じゃないか。別にそれくらいなら普通じゃないか」

「ダメだ。お前に触れたら、ピュアなユーリが好色で淫乱になってしまうかもしれない」


 僕はファヴィが何を言っているのか全く分からなかった。竜の姿だったことを考えると明らかに竜種だと思うんだけど、サキュバスか何かなのかな?


「まったく、ファーは相変わらずだね。そんなんだから、今までろくに恋人もできなかったんじゃないか。練習だと思って付き合えばいいのに、魔王なんかに唆されるから……」

「ファーじゃない、ファヴィだ。ユーリが付けてくれた名前だからな。今度からそう呼べ」

「はいはい、お熱いことですね。でも、あんまり執着すると嫌われるよ」


 ファヴィはエミルの言葉に絶望の表情を浮かべる。そして、僕の顔に冷や汗が浮かんだ。


「ファヴィ、僕は嫌いになんてならないって言ったでしょ。それとも僕の言葉よりも、その竜の言葉の方を信用するの?」

「いや、我も最初に言った通りだ。ユーリの言葉が絶対に決まっている」


 焦りから、『私』に言い換える余裕がなかったが、特に気付かれる様子もなく、無事にファヴィを落ち着かせることに成功した。まったく、ファヴィを煽るなんて傍迷惑な竜である。僕はエミルを睨みつけながら人差し指を向ける。


「ちょっと、ファヴィに何てこと言うんだ。そんなことを言うなら……。戦争だ」


 僕の唐突な宣戦布告にエミルは焦りの表情を浮かべる。


「ま、ちょっと待って。ゴメンて。俺たち竜種って、寿命が長いじゃないか。普段は非常に退屈しているんだよ。そんな中で、純潔を貫き通したファヴィに彼女ができたなんて聞いたら、揶揄ってみたくなるじゃないか。ホントに出来心なんだよ。お願い、もうしないから許して……」


 エミルは徐々に体勢が崩れていって、最後はほとんど土下座のような形になっていた。そもそも、僕はこの中でも最弱なんだよ。本気で戦争なんてするつもりあるわけないじゃないか。


「まあ、いいよ。許してあげる」


 最弱の僕が上から目線で竜を許している場面は、傍から見るとシュールだが、僕の方も今さら後には引けなくなっていた。


「ありがとう、助かったよ。ファヴィがマジ切れする所なんて初めて見たから……。えぐっうっうっうっ……」


 どうやら、僕以上にファヴィがブチ切れていたらしく、安心したのかエミルが泣き出してしまった。しかし、ここで僕が何とかしようとすると、無限ループに陥りそうだったので、ミーナに任せることにした。


「それじゃあ、ミーナ。悪いんだけど、エミルを慰めてくれない?」

「えっ、慰めるって、まさか……」

「そ、そそそそ、そんなダメだよ。彼女が可哀そうじゃないか」


 驚いた表情を浮かべるミーナは単なる勘違いだろう。しかし、それ以上に意外だったのは、エミルが顔を真っ赤にしながら焦っていたことだった。普段の言動は女性慣れしているような感じなのに、実は初心なんじゃないか?


「話が進まないから、泣き止ませて欲しかっただけなんだけど……」

「あ、そういうことですか」

「何だよ、そう言うことなら先に言ってよね。まったく……、驚いて泣いてる余裕なんか無くなっちゃったよ」


 どうやらミーナのおかげでエミルも落ち着いたようだ。ちょっと予定とは違うけど、結果オーライだな。


「ホント、さっきはごめんなさい。お詫びに、次に来た時に良いものをあげるよ」

「良いものって、どんなの?」

「近くの遺跡に落ちてたのを拾ったんだけどね。機械みたいなんだけど使い方が分からなくて。たぶん、大砲なんじゃないかと思って、大砲の弾と火薬を突っ込んでみたんだけど、どろっとした謎の物質を吐き出しただけなんだよね。もしかしたらユーリなら使い方がわかるかな、なんてね」


 良く分からないけど、機械なら僕の方が分かるかもしれないなぁ。せっかくくれるって言ってるし、ありがたく貰っておこうかな。


「ありがとう。それじゃあ、今度持ってきてね」

「うん、ホントに悪いことしちゃって、ごめんね」

「大丈夫だよ、そんなに気にしてないから」

「それじゃあ、今日のところは帰るから、またね」


 周りにいた冒険者たちは僕が平然と話をしているのを茫然した様子で見ている中、エミルは悠然と飛び去って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る