第五話 魔物が暴走してる……してるの?①
冒険者ギルドは外以上に酷い有様だった。受付嬢は大勢の冒険者たちに詰め寄られていて、それだけでは手が足りないのかギルドの職員まで応対に当たっている始末である。この状況を端的に表すとすれば、文字通り『炎上』だろう。しなければならないことに対して圧倒的に人的、時間的リソースが足りていない様子だった。
だからと言って、じっと眺めていても意味がないので、合間を縫って受付嬢に話しかけることにした。
「すみません、魔物暴走について聞きたいんですけど……」
「あああ、もう、忙しいのに次から次へと……。何でも、伝説の災厄をもたらす黒竜が目覚めたみたいで、山に住んでる魔物が一斉に街に向かってきているのよ。ホント、ついてないわ」
予想通りと言えば予想通りだが、魔物暴走はファヴィが原因だった。しかし、ファヴィは僕の隣にいるわけで、山にはいないはずである。
「でも、黒竜って王都に向かっていったって聞いたんですけど……」
「そうよ、今は山にはいないはずよ。でも、竜はねぐらを変えることは滅多にしないの。今はいなくても戻ってくる可能性が高いのよ。だから、戻ってくる前に逃げようと暴れてるのよ。はぁ、まったくやってられないわ。飲みに行きたくても、忙しくて行けないし……」
いや、ホントすみません……。心の中で謝罪だけする。僕にできることは謝罪することだけだしね。さすがに土下座は抵抗があるけど、必要ならばいくらでもしてやろう。
「案ずるな。この聖女ユーリがお前たちを指揮すれば、魔物の群れなど恐れるに足りん」
ファヴィがまた余計なことを言い始めた。受付嬢のお姉さんも目を丸くして驚いているじゃないか。そもそも指揮なんてしたことないよ。
「恐れながら、どう見ても普通の女の子ですよね……」
僕は受付嬢の言葉に大きく何度も頷いた。確かに僕は聖女で、伯爵で、領主だけど、それら全部が肩書きだけなんだよ……。
「何を仰っているんですか。こちらのユーリ様は聖女にして、この地域を治める領主、ユーリ伯爵なのですよ」
「えっ、まさか……。こちらの方が、あの伝説の竜の聖女の再来と言われる……?」
「そうですよ。ユーリ様に任せれば間違いありません」
「そんな、知らなかったとはいえ、ご無礼をお許しください」
援護射撃のつもりなのだろう。僕の武勇伝(笑)をドヤ顔で語ったせいで、流れは僕の方にやってきていた。それを証明するかのように受付嬢が土下座を始める。そして、何故か、ギルドにいた人に次々と伝染していき、次々と土下座を始める。まるで某時代劇で印籠を出したときのような光景になっていた。というか、噂が広まるの早すぎる。
「ちょっと、皆さん。顔を上げてください」
「そんな滅相もない。我々は領主である竜の聖女様に付き従います」
僕より何百倍も強そうなスキンヘッドの厳つい男が彼らを代表して恭順の意を示す。おそらく彼がギルドマスターなのだろう。僕に付き従うのがギルドの総意になりつつあった。
「わかりました。でも、話が進みませんから、ひとまず普通にしてください」
そこまで言って、やっと彼らは頭を上げる。僕はため息をついて彼を問いただす。
「そもそも、冒険者ギルドは独立した組織ですよね? 僕が領主だからって、従う必要は無いはずです。そうですよね?」
「ただの領主であれば俺たちも独立を主張しますわ。だがね、竜の聖女様となれば、話は別だ。王国の人間なら、みんな同じ反応するはずだぜ」
どうやら竜の聖女のネームバリューは恐ろしいほど高いらしい。だが、僕にあるのはネームバリューだけだ。
「わかりました。それでは現場の指揮権については、こちらのファヴィに一任します」
逃げられないと悟った僕は、全てをファヴィに丸投げすることにした。一方ファヴィの方は僕に任せられた、すなわち信頼されたと思ったのか、凄まじくやる気になっていた。「よし、我がお前たちを勝利へと導いてやろう」
「そして、ミーナはぼ……私の護衛ってことで……」
「ありがたき幸せにございます」
こうして、僕をお飾りのトップとする魔物暴走迎撃部隊が結成された。
「で、どうするんだ? 予定だと、明日の昼くらいに来る予定なんだが……。打って出るというのはどうだ?」
「いやいや、迎撃するだけでしょ。わざわざ打って出なくてもいいんじゃないかな?」
「そうだな。我がいれば、有象無象の魔物など敵ではない」
強気な様子だが、ファヴィの実力を考えれば誇大妄想とも言えなかった。こうなれば魔物程度に負けることは無いだろう。僕が気を付けなきゃいけないのはファヴィがやり過ぎてしまうことだ。軽く威圧するくらいなら誤魔化しが利くけど、竜の姿になったり、ブレスで一面焼け野原にしたりしてしまうと、言い訳のしようが無くなってしまう。
もちろん、事前に後方での指揮しかしないように言っているけど、不安だ……。この日は、迎撃部隊の決起集会として簡単な宴会をして、翌日に備えることになった。
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