第四話 伝説の黒竜は最強の結界でした③

 翌日、僕たちが視察に行くために教会から出ると、目の前に大きな馬車が乗り付けられていた。その馬車の中からロベルトが待ってましたとばかりに姿を現わす。


「どうです、凄いでしょう。聖女様のバカンスのためにわざわざ借りたんですよ」

巨大な馬車に大量の荷物を積み込んでいるロベルトと遭遇した。しかも、彼の服装はいつもの法衣でなく、カジュアルな服装だった。しかも、馬車には夜逃げをするつもりなのかと言いたくなるほど大量に荷物が積み込まれていた。

「バカンスじゃないよ、視察だって言ってるじゃないか。それに、ロベルトは行かないでしょ?」

「そんなの許される訳ないじゃないですか。俺も付いていきますよ」


 そうロベルトが息巻いていると、教会の中から、彼の部下であるヒッショーネ司教が慌てた様子で飛び出してきた。


「だ、大司教。どちらに行かれるのですか?」

「バカンスだ」

「バカンスだ、じゃありませんよ。勝手に聖女召喚を進めて、それが無事に終わったと思ったら結界を破壊した挙句に、祝福に行くとか言って出て行っちゃったじゃないですか。あの後、大変だったんですよ」

「なるほど、それはご苦労だった。それじゃあ、後はよろしく頼んだぞ」


 そう言って、制止を無視して馬車へと乗り込んだ。


「聖女様たちも早くお乗りください」

「いや、ぼ……私たちは乗合馬車で行きますよ。それでは」

「あ、え? ま、まって──うわぁぁぁぁ」


 慌てて馬車から飛び出そうとして、大量に積み込んだ荷物に押しつぶされそうになるロベルトを後目に、僕たちは乗合馬車の駅へと向かった。


「しかし、なぜ乗合馬車なのだ? しかも、これは隣の町までの切符ではないか」


 教会の馬車ではなく乗合馬車、しかも、すぐ近くで降りるようにしたことに、ファヴィが疑問を抱くのは当然だろう。恥ずかしさもあって、なかなか言い出すことができなかったが、ちょうどいいタイミングだと思った僕は彼に伝えることにした。


「そ、その……。僕は別の世界から来たんだけど、竜とか乗ったことないから、良かったらファヴィの背中に乗ってみたいな……。なんてね。あはは、失礼だよね?」

「何だ、その程度のことか。そもそも、我は最初、お前を迎えにいったのだぞ。当然のことだが、帰りはお前を背中に乗せるつもりだったのだぞ」

「えっ、いいの? それにミーナも一緒なんだけど……」

「もちろんだ。ユーリを手伝ってくれるのだろう。何ら問題ない」

「ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして、だ」


 ファヴィならいいって言ってくれるのは何となく分かっていたけど、こうして実際に言葉にして受け入れてもらえると、とても嬉しくて心が温かくなる。僕たちは隣の町まで行かず、道の途中で降ろしてもらって、竜の姿になったファヴィの背中に乗り込んだ。僕たちが背中に乗ったのを確認すると、翼をはためかせ大空へと舞い上がった。


「どうだ、乗り心地は」

「うん、とっても気持ちいいよ。凄い速いし」

「ふあぁぁぁ、はやいです!」


 意外にもファヴィの背中は快適だった。なんでも、彼の背中に乗っている間は加護というものが付いているらしく、風が身体を突き抜けるような感覚はあるんだけど、高速で高いところを飛んでいるにも関わらず、息苦しかったり、寒かったり、吹き飛ばされそうになったり、ということは全くなく、快適な空の旅を楽しむことができた。ミーナも驚いてはいるものの、とても楽しんでいるように見えた。


「それは良かった。もっとスピードを上げても平気か?」

「うん、大丈夫そう」

「が、がんばりましゅ」

「はっはっは、それじゃあ行くぞ。この調子なら今日中にたどり着けるだろう」


 王都へ来るときには丸一日近くかかったらしいけど、今回向かうのは手前にあるドラゴンテイルの街のため少し距離が短いこともあるが、しかも、僕が一緒にいることで色々と能力が上がっているらしく、それは飛行速度も例外ではないらしい。


「まあ、ユーリを迎えに行くときには、長いこと寝てて起きたばかりだったからな、空腹で力が出なかったのだ。友人に食料を取ってきてもらわなければ、途中で力尽きていたかもしれん。鬱陶しくもあるが、いいヤツなんだ」


 彼が目を細めながら友人のことを語る様子に、男同士の友情みたいなものを感じて少し胸が熱くなる。僕も若い頃はともかく、社会人になってからは友人とは疎遠になっていたから、余計に羨ましいと感じてしまった。


「気のいいヤツなんだが……、それだけにユーリに会わせたくないんだ。もし、ユーリがヤツに好意を持ってしまったら、って思うとな……」


 こうして嫉妬しているファヴィを見ていると、黒竜であることを忘れて可愛いとさえ思ってしまう。でも、一方で友情がないがしろになってしまっていることと、僕のことを信用していないように思えて、少しだけ寂しくも感じた。


 ドラゴンテイルの街にたどり着くと、街の人たちが浮足立っているように見えた。


「何かあるのかな? 近くの人に聞いてみようか」


 僕は通りかかった人を捕まえて話を聞いてみることにした。しかし、僕が効くよりも早く、その人が怒涛の勢いで話し出した。


「何やってるんだ、お前たち。魔物暴走(スタンピード)が来るらしいから、お前たちも逃げる準備は早めにしておけよ。おっと、こっちも時間が無いんだ。早く荷物をまとめないとな。それじゃあな」


 言うだけ言って、その人は走り去っていった。しかし、どうやら魔物暴走とやらが来るので危険ということらしい。


「魔物暴走って何だろう?」

「ユーリ様は別の世界から来ているので分からないかもしれません。魔物暴走というのは、原因はいくつかありますが、魔物が発狂したように暴れ回ることです。その先に街があった場合は甚大な被害が出ることもあるんです」


 僕の問いにミーナが丁寧に答えてくれた。なるほど、敵意があって襲ってくるんじゃなくて、暴れた結果として被害が出ると言うことか……。


「ちなみに原因はどんなものがあるの?」

「一番多いのは地震などの自然災害の前触れですね。それか、強大な魔物が発生した場合もありますね」


 なるほど、強大な魔物が発生か……。強大な魔物?


「何を見ておるのだ、ユーリよ。我がそこまで魅力的か?」


 もしかしてファヴィが原因だったりするんじゃないかと思って彼をみたけど、特に普通だし、そんな感じでも無さそうだな。


「とりあえず、状況を確認するために冒険者ギルドに行ってみようか」


 領地の防衛は基本的に兵士が行うのだが、こういった情報はギルドの方が早いはずなので、僕たちはそちらへと向かうことにした。

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