第四話 伝説の黒竜は最強の結界でした②

「あの、黒竜山脈って……」

「ああ、気にする必要はない。伝説の災厄をもたらす黒竜が眠っていると言われている場所なのだが、目覚めたみたいだし、そこにいるとは限らんからな」


 なんとなく歯切れの悪い答えを繰り返す国王に不信感が募る。僕は少し詳しく聞いてみることにした。


「えっと、この山脈には、どんな生き物が住んでいるのでしょうか? 例えば竜とか住んでいたりします?」

「あ、え、どんな生き物かと言えば、他と変わらないぞ。鹿や狼、熊などが生息しておる」

「竜は?」

「竜も……住んでいるという噂はあるが、見かけるのはワイバーンくらいだから気にする必要もあるまい。それに一度決めた以上、変更は認めぬからな」


 どうやら国王は竜たちが住んでいるということを知って、変更を申し出るのではないかと危惧しているようだ。国王のくせに、何というせこいヤツである。


「変更はするつもりはありません。ですから、洗いざらい吐いてください」

「これ、国王に対して不敬であるぞ」


 宰相が僕の言葉を咎めようとするが、国王が手を挙げて、それを遮った。


「よい、気にしてはおらぬ。二言は無いと言うのであれば、全て伝えるのが筋というものだろう。まず、その黒竜山脈の中には魔界へと通じるゲートがあるという伝承があるのだ。かつて偉大なる賢者が封印したとされているから、問題は起こっていないようだがな」


どうやら、魔界とやらに通じるゲートがあるらしいのだが……。


「魔界って何でしょうか?」

「まさか、魔界も知らぬとは……。魔界とは、かつて黒竜と共に王国全土に災いをもたらした魔王が統べる世界だ。もし、封印が解かれてしまえば、黒竜と共に再び王国に災いがもたらされるだろう」


要するに、魔界には魔王って言うのがいて、ファヴィと一緒に悪いことをしたことがあるらしい。それで魔王が現れると、ファヴィと一緒に再び悪さをするんじゃないかと言うのが国王の話だった。


「ねえ、ファヴィ。もし、魔王が来たら、黒竜も一緒になって王国を襲ったりするの?」

「何を言うかと思えば……。確かに、魔王と黒竜は旧知の間柄かもしれん。しかし、協力しているわけでもないし、そもそもユーリがいる王国を襲うなどありえないな」


 どうやら、魔王と黒竜が共謀して災いをもたらした訳ではないようだ。それに現在、黒竜はファヴィとして僕と共にいる訳で、僕が止めれば黒竜が王国を襲うことは無さそうだった。


「えっと、魔王はともかく黒竜は大丈夫だと思いますよ」

「な、何を根拠に……」

「いやいや、さっきも結界のおかげで大丈夫だったじゃないですか」

「た、確かに……。ならば封印さえ破壊されなければ問題無いと言うことか……」


 国王は安堵のため息を漏らしたと思ったら、おもむろに顔を上げた。


「ならば、遷都の必要はないな。宰相よ、新しい王都の建設計画は白紙とする。至急工事を中止するのだ」

「ええっ。いまさら止めるとなると違約金が……」

「仕方あるまい。聖女が大丈夫だと言っておるのだ。何かあれば聖女が保障すると言っているのだ。気にする必要などあるまい」


 言ってないけど……。さらっと、責任を押し付けようとする国王に、僕は警戒心を強く持った。このまま、ここにいてはさらに面倒事を押し付けられそうなので、早々に撤退する方向に舵を切ることにした。


「用件は以上ですか? それでは失礼いたしますね」


 僕はくるりと踵を返すと早足で謁見の間から逃げ出した。本当は走りたいけど、走ったら止められそうなので、ギリギリを狙ったスピードで歩く。背後から国王が何か叫んでいるが、今の僕には何も聞こえなかった。


「ふぅぅぅ、何とか穏便に済ませられたね」

「最後、ずっとユーリを引き留めようとしていたが……。まあ、あまりにしつこいのでヤツに殺気を飛ばしたら。漏らしてたがな、はっはっは」


 おそらく、ファヴィは国王にだけ殺気を飛ばしたのだろう。周りの人間からすれば、いきなり国王がお漏らししちゃったようにしか見えないはずだ。


「そういうことは、あまりしちゃダメだよ。大人になってお漏らしなんて恥ずかしいんだから……。ぼ……私だったら外を歩けないレベルだからね」

「何、人間は年齢を重ねると、普通に漏らすようになると聞いたことがあるから問題無かろう」

「それ、誰に聞いたの? 間違ってはいないけど、何かが間違ってるよ……」


 僕は軽くため息を吐いた。しかし、追手が来る前に教会にたどり着かないといけないため、すぐに走り出した。ファヴィも僕を手伝うために、立ちふさがる衛兵たちに殺気を飛ばしているようだ。先ほどのことで加減がわかったのか、彼らの中にお漏らしをする人はいなかったようだ。


 辛うじて教会まで撤退した僕たちだったが、結界装置が壊れた現状は変わっていないので、どうするか考えなければいけない。


「結界か? 要するに魔物とかが来なければ良いのだろう?」

「何かいい方法でもあるの?」

「もちろんだ。これを使うがよい」


 ファヴィは巨大な黒い鱗を一枚取り出して、僕の前に置いた。


「これは……どうやって使うの?」

「これを装置に置けば良い。これには我の力の一部が込められているからな。装置で強化すれば、ワイバーン程度なら近寄ることすらできなくなるぞ」


 僕は、ワイバーン程度という言葉に、少しだけ残念な表情になる。それを見たロベルトがメガネをクイクイッと上げながら、ドヤ顔で語り始めた。


「何を言ってるんですか。これまでの結界だとせいぜいオーク程度しか防げなかったんすよ。ワイバーンなんて、むしろ結界の方が破られる程度だったんですから。十分すぎますよ。しかも、これなら半永久的に使えるはずです」

「そうなんだ……。ファヴィ、ありがとう」

「ふふっ、ユーリに感謝されることに比べたら取るに足らないものだ」


 ファヴィの素直な言葉にドキッとするが、平然を装いながら、地下にある装置に鱗を置いた。装置の上の鱗が黒い光を放ち、魔力が周囲に広がっていく。


「これで大丈夫、かな?」

「問題無かろう。これで黒竜山脈くらいの範囲ならばワイバーン程度は入って来れまい」


 それって、ちょっと広すぎないかな、などと思ったが、広い分には問題無いだろうと納得することにした。結界のことも解決したので、僕たちは今後のことについてロベルトに相談することにした。


「これで一通り仕事は終わりましたよね。それじゃあ、せっかく領地を貰ったので視察に行ってきますね」

「視察? どうせ、ほとんどバカンスでしょう。聖女様の仕事は当面ありませんし、行くのは構いませんが……。俺も付いていきますからね」

「確かに視察の後に温泉でゆっくりする予定だけど、ロベルトには関係ないじゃない。それに、ぼ……私と違ってロベルトは仕事があるんでしょ。仕事頑張ってくださいね」

「何を言っているんですか。バカンスなら、俺がお目付け役として行かなきゃダメでしょう。あまり羽目を外されても困りますからね。そういう訳で早速、準備をしてきますね」


 何の準備だよ。そもそもロベルトは行ったらマズいんじゃないか……。そう思ったが、あえて指摘する必要はないかな。という訳で、僕とミーナは明日からの視察の準備を始めるのだった。

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