第一話 聖女召喚されてしまいました④

「聖女様。まもなくお披露目の会場に到着します。くれぐれも笑顔を崩さないよう、お願いしますね」


 そう言って、ロベルトは会場の扉を開ける。そこは劇場のホールのような部屋だった。舞台に上がった僕たちを見下ろすように、大勢の人たちが観客席にひしめきあっていた。


 次の瞬間、大勢の観客が拍手と歓声を僕たちに浴びせかける。それらに圧倒されつつも、処刑されたくない一心で笑顔を作った。


 しばらくすると慣れてきたのか、僕も観客席を見る余裕ができていた。舞台の上から観客席を見回すと、正面二階の席だけ貴賓席になっているらしく、豪華な身なりをした人たちが豪華な椅子に座って、僕たちを冷淡に見下ろしていた。


 拍手と歓声が収まり始めた頃を見計らって、ロベルトがお披露目のために話し始めた。


「皆さま、本日はよくぞお集まりくださいました。俺の隣に立っております少女、彼女が聖女召喚の儀により召喚された聖女ユーリ様でございます」


 僕がお辞儀をすると、人々の歓声が上がった。それに圧倒されかけていた僕とは逆に、ロベルトは淡々と話を続ける。


「この度の聖女様も例に漏れず奇跡を授かっておりました。しかしながら、この度の奇跡は極めて強力なものでした。しかし、条件が厳しく、奇跡のお披露目を今すぐに行うことはできません」


 その言葉に会場は騒然とする。そんな中、貴賓席に中央に座っていた偉そうな男が、席を立ってロベルトに向かって問いかける。


「ロベルトよ。奇跡の内容すら言えないというのか?」

「左様でございます。今回の奇跡は伝説中の伝説。かの『竜の聖女』に匹敵する奇跡でございますので、教会としても慎重に進めさせていただきます」


 何言ってるんだ、このメガネは。誤魔化すはずなのが、ハードルが上がりまくってるじゃないか。僕の心に焦りが生まれる。しかし、何とか耐えて笑顔を保つことができた。僕たちを見下ろしていた国王は、大きく息を吐くと再び席に座った。


「ふむ、それならば仕方ないな。だが、ワシは結果こそ重視する男。結果が出せなければ処刑は免れんぞ」


 それって、伝説級の奇跡が起こせなかったら処刑確定ってことじゃないか。状況が悪化する一方だよ。


「もちろんでございます。ですが、まずは結界の修復が先決でございます。それに、溜まっている依頼もありますので、その後となります」

「分かっておる。皆まで言うな」


 既に僕の力ではどうしようもないところまで話が進んでいたけど、ロベルトはさらに仕事を積み重ねてくる。結界の修復なんて、どう考えても無理じゃないか。だけど、国王は厳かに立ち上がると、マントを翻した。


「聖女召喚の儀、ご苦労であった。いまだ仮ではあるが、彼女が聖女であることを正式に認めるものとする。異議のある者は速やかに申し出よ」


 仮でも国王が認めてしまった以上、それに異を唱えるものは誰もいなかった。そして、僕は観客たちの拍手と歓声に包まれた。


「何とかなりましたね」


 彼の言う通り、お披露目は無事に終わった。しかし、状況は良くなるどころか最悪だった。


「ちょっと、伝説の中の伝説とか、結界の修復とか、僕に何をしろって言うんだよ」


 ロベルトを睨みつけながら、僕は彼に当たり散らした。


「落ち着いてください、聖女様。伝説中の伝説は、あくまで時間稼ぎです。陛下は自らも言っておりますけど、結果を重視されるお方です。そこを突くんですよ」

「結果も何も、僕の奇跡って女体化だよ。どうするんだよ」


 さらに当たりを強める僕をロベルトがなだめる。


「落ち着いてください。陛下は結果と言っただけです。奇跡については言及しておりません。ということは、奇跡以外で結果を出せばいいんです」

「どうやって結果を出すんだよ。何もできないって言ってるじゃないか」

「ふふふ、そこで結界の修復ですよ。これは装置を使って行うのですが、実は装置自体は誰でも使えるんです」


 誰でも使えるのなら、聖女じゃなくてもいいし。それが国王の言う結果になるとは思えなかった。だが、そんなことはロベルトもお見通しだったようだ。


「誰でも使えるなら、結果として認められないだろうと思いました? 大丈夫です。公には聖女しかできないことになってますので。それに聖女というネームバリューは強いですからね。誰でもできるからって、誰がやっても良いわけじゃないんです」


 確かに、ロベルトの言う通り、権威というのはとても大事なんだよね。


「それなら……。わかりました。そうやって結果を出していけばいいんだね」

「そうです。陰ながら教会もサポートしていきますので、聖女様は安心してください」


 ある程度の道筋が見えたことで、僕はほっと胸を撫で下ろした。


「それが、さっき言っていた何とかする方法ってこと?」

「いえ、結果を出すのも時間稼ぎでしかありません。どこでボロが出るか分かりませんからね。先ほどの件は、聖女の後継者を作るんです」

「後継者って……。聖女って召喚されるものじゃないの?」


 ロベルトは僕の質問に首を横に振った。


「聖女は条件を満たしていれば、召喚しなくても問題無いのです。しかし、今回は後継者が見つからないまま前聖女が亡くなりまして、聖女召喚をする羽目になったのです」

「なるほど、後継者を見つけて、引継ぎをすれば良いってことだよね」

「そうです。そうすれば聖女様は前聖女様となり、聖女としての責任がなくなります」


 後継者、探すのは大変そうだけど。僕が安心して生きていくには、それしか方法がなさそうだった。


「分かったよ。頑張って後継者探すから。ロベルトもちゃんと協力してよね」

「もちろんですよ。俺だって、お咎めなしじゃないんですからね」


 こうして、僕とロベルトは無事に聖女を引退するために、お互い協力することを誓い合うのだった。

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