第一話 聖女召喚されてしまいました③

 恥ずかしさのあまり、はだけた布を直して、すぐに彼の手を取って立ち上がった。


「俺の名はロベルト。ロベルト・アーケリアスと申します。聖女様」

「ぼ……私の名前はユーリです」


 僕が立ち上がると彼は自己紹介をした。それに応えるように僕も自己紹介をしようとしたけど、いつもの癖で僕と言いそうになって、慌てて言い換えた。心まで女性になったとは思わないけど、身体は紛れもなく女性になっているので、言葉遣いなんかも気を付けた方がいいだろうな。


「聖女ユーリ様ですね。まずは湯浴みと着替えにいたしましょう。すでに準備はできております」


 ロベルトが僕の身体を両手で抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこというヤツだ。その体勢のまま歩き出すと、落ちてしまいそうだった。思わず彼の首に両手を回して抱き着くような状態になってしまう。落ちそうな恐怖からか、あるいは、抱き着いたことで、彼の顔が近くに来たからか、心臓が早鐘を打って、顔が熱を持ち始めた。そして、おへその辺りがざわざわと奇妙な感覚に襲われる。


 その状態のまま廊下を進み、一番奥の部屋までやってきた。部屋の前には女性の神官が二人立っていて、僕たちにお辞儀をする。


「こちらが聖女様です。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」

「「はい、かしこまりました」」


 ロベルトは彼女たちに僕を渡すと一礼をして隣の部屋へと入っていった。


「あそこの部屋は?」

「あそこは大司教──ロベルト様のお部屋になります」


 僕が彼の入っていった部屋を指差しながら尋ねると、二人のうちの一人が快く答えてくれた。彼が自室へと消えていったのを見て、僕たちは部屋の中へと入る。まっすぐ浴室へと向かうと、既に浴槽にはお湯が張られていた。


 流れるような動作で服を脱がされ浴槽に放り込まれる。ほんのりと温かいお湯が緊張していた僕の身体を優しくほぐしてくれる。


「はふぅぅ……」

「聖女様、お湯加減はいかがでしょうか?」


 二人の神官は浴槽に浸かった僕の身体を丁寧に磨いていく。まるで撫でまわすような、くすぐったさを伴う感覚に、僕は思わず声が漏れそうになってしまう。


「んぅっ、あぁぁ。き、気持ち、いいです……」


 声が出そうになるのを堪えながら、息も絶え絶えに感想を述べる。こうして、一通り身体をきれいにされると、浴槽から出て、肌触りのいいシルクのような布で全身を拭き取られる。これもまた、肌に与える繊細な刺激が僕を悩ませる。


 入浴が終わると、あらかじめ用意されていた白を基調とした豪華な法衣を着て、部屋の前へと連れていかれる。


 扉の外にはロベルトが立っていた。そして、部屋から出てきた僕を見ながら、ニヤニヤと笑う。


「ふふふ、馬子にも衣装って感じですね」

「大きなお世話だ。なんだって、こんな重苦しい服を着なくちゃいけないんだよ」


 失礼なことを言うロベルトにささやかな嫌味を言うが、この程度では嫌味とすら取られないようだった。


 僕に付き添ってくれた女神官の人も、彼のことを失礼なヤツだと思ったらしく、二人とも彼を睨みつけていた。


「ロベルト大司教。ユーリ様をイジメるような、大人気ないことをしないでください。あんまり酷いようだと訴えますよ」

「……す、すみませんでしたぁぁぁぁ」


 女神官さんに詰め寄られて、彼はあっさりと土下座して平謝りする。彼女はヤレヤレと言った感じで見下ろすと、僕の方に向き直った。


「これで大丈夫だと思うけど……。何かあったら、私たちに言いなさい」

「はい、ありがとうございます」


 僕がお礼を言うと、頭を撫でてくれた。そしてロベルトを最後に軽く睨んで、僕たちの前から立ち去っていった。


「それで、着替えたわけですけど、これからどうするんですか?」

「これから、聖女召喚が成功したことを報告するついでに、聖女様をお披露目するんですよ。ちなみに、聖女様はどのような奇跡を与えられたのでしょうか?」


 奇跡を与えられた……。やっぱり、聖女召喚で呼ばれると何か貰えるんじゃないか。何で僕の時には役立たずの爺さんが担当したんだよ。どうせベテラン(笑)の神様なんだろうけど、とんだ貧乏くじだよ。


「えっ、それって何か貰えるものなんですか?」

「そうですね。召喚された方は神様から、奇跡を貰ってから、この世界にやってきますので。聖女のお披露目は、与えられた奇跡のお披露目でもあるんですよ」


 期待に満ちた目で、ロベルトが僕の方を見る。別に僕が悪いことを慕訳じゃないんだけど、なんだか居た堪れない気持ちになる。


「えっと……。『聖女(称号)』かな?」

「えっ? それは……どういうものなのでしょうか?」


 僕に与えられた奇跡が何か分からなかったのだろう。純粋に疑問を感じているような様子で聞き返してきた。だけど、君が望むような奇跡なんて何も持っていないんだよ。


「聖女になる奇跡です」

「えっと、意味がわかりませんが……」

「だから、聖女になるって言ってるじゃないか。そのせいで僕は女の子になっちゃったんだよ。それでも意味が分からないって言うの?」


 追い詰められた結果、僕の取れる手段は『逆ギレ』しかなかった。分からないというロベルトを責めてはいるけど、僕だって意味がわからないんだよ。だけど、これ以上追及されても困るので、僕は必死に逆ギレしてロベルトを責め立てる。


 こうして、僕の奇跡については有耶無耶になった。だからと言って、僕が与えられた奇跡は女体化ですとは言えないだろう。この世界の人にしてみれば、僕は最初から女性だったのだから、奇跡は女の子になったことだと言っても怒りを買うだけだ。


「チッ、また、あのジジイの担当かよ……。おっと、失礼。仕方ありません。ここは誤魔化すしかありません」


 どうやら、あの爺さんはやらかしの常習犯だったようだ。だが、ロベルトは誤魔化すと言っているけど、そう簡単に誤魔化せるものなんだろうか。


「うまく誤魔化せるの? 失敗したらマズいんじゃないのか?」

「大丈夫です。初めてのことではありませんので……。聖女様は俺の隣で立ってニコニコしていればいいです。最初のうちは失敗もありましたが、最近はまず失敗していませんので、ご安心を」


 ロベルトは誤魔化すのも初めてではないようで、緊張はしているようだが焦りは無いようだ。だが、過去には失敗もあったという話を聞くと不安になる。


「ちなみに、誤魔化すのに失敗した方は、どうなったんでしょうか……」

「王国を騙したということになって、処刑されました。まったく酷い話ですよ。聖女召喚だってタダじゃないんですから。まったく……」


 苦笑しながらロベルトは答えた。しかし、内容は僕にとっては衝撃的なものだった。


「ちょっと、処刑ってどういうことだよ。聞いてないよ」

「まあ、言ってませんでしたからね。大丈夫ですよ。早いか遅いかの違いでしかありません。いずれはバレて処刑か、場合によっては追放で済むこともありますが」

「それって、どっちにしても処刑されるってことじゃないか。何とかしてよ」


 僕がロベルトに逆ギレすると、少しだけ逡巡したのち、口を開く。


「何とかする方法が無いわけではありません。詳しいことは後ほどお話しいたしますが、実現するのは非常に困難なこととだけお伝えしておきます」


 ロベルトの答えは、わずかな希望と特大の不安を僕にもたらしただけだった。


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