第一話 聖女召喚されてしまいました②
「そうでした、トラックに轢かれたんだった」
「そうじゃ、やっと思い出したか。これで分かったじゃろう」
「トラックに轢かれて死んじゃったんですね。それで、これから異世界に転生するんですよね」
トラックに轢かれて意識を失い、気付いたら見知らぬ場所にいた──。これは間違いなく、何度も小説の中で描かれていた異世界転生だった。
「それで……何をくれるんですか?」
異世界転生と言えばチートスキルだ。僕が幸せな異世界ライフを送るためにも、ここで強力なチートスキルを手に入れる必要があった。僕は前に読んだ小説に出てきたピュアなシスターさんの格好をした聖女様みたいな子と恋人になりたい。そんな異世界生活を妄想していると、目の前の爺さんが話し始めた。
「楽しそうな顔をしているところ悪いが、お前は死んではおらんのじゃ。だから、お前の言うような異世界転生というものではないんじゃよ。そもそも、ワシに要求するなど不敬なのじゃ」
「えっ? じゃあ、なんで僕は異世界転生しないのに、ここにいるんですか?」
「聖女召喚に選ばれたのじゃ。これから聖女としてグロウワーズという世界に行くことになるんじゃよ」
「聖女、召喚?」
聖女召喚──その言葉には非常に馴染みがあった。しかし、その対象として僕が選ばれるとなると話は別だった。
言っちゃ悪いけど、僕は力が強いわけでも、頭が良いわけでも、運動ができるわけでもない、ただの平凡な一般人なんだけど……。そんな僕を聖女として召喚するなんて、正気を疑うレベルだよ。
「もしかして、これから僕は異世界に行って聖女になるっていうことですか?」
「そうじゃ。さっきから言っておるではないか」
「でも、僕は特別な力なんて何にも持っていないんだけど……」
どう考えても、今の僕に聖女としての力量があるとは思えなかった。そう、この爺さんが強力なチートスキルをくれない限りは……。
「なるほどな。聖女として認められるようなものが欲しいということじゃな。もちろんワシも鬼ではない。そのまま、お前を異世界に送るわけがないだろうが」
どうやら彼の口ぶりから察すると、さすがにチートスキルは貰えるようだ。ここで機嫌を損ねられてはまずいと思い、なるべく下手に出ることにした。
「あ、ありがとうございます。それで、何をいただけるんでしょうか?」
「『聖女(称号)』を授けよう、これがあれば、お前でも異世界で聖女としてやっていけるじゃろう」
爺さんの言葉に僕は耳を疑った。『聖女』までは分かる。だが、その後に『称号』をつける意味があるのだろうか……。
「えっ、それってどういう効果があるんですか?」
「ワシがお前を聖女だと認めた証じゃ。もっとも、『鑑定』でもされない限り人間には見えないがな」
意味がわからない。そもそも、僕は『聖女召喚』によって呼び出されたはずである。それで聖女じゃないと言われても困るんだけど……。
「それだけじゃ無いのと一緒じゃないか。もっと奇跡のような何かは無いの?」
僕は、もっと聖女っぽいもの、ということで『奇跡のような何か』を具体的に要求する。そんな僕の気持ちに気付いてくれたのだろう。まるで今、思い出したかのように手を打った。
「そうじゃ、それの効果には、もう一つだけ凄いものがあるのじゃ。なんと、お前の身体が十六歳くらいの女の子になるんじゃ。素晴らしいじゃろう」
僕は、ドヤ顔で話す爺さんの頭を引っ叩きたい気持ちになった。しかし、まだ話は終わっていない。ここから挽回するために、彼の機嫌を損ねないよう必死で感情を抑え込む。
「いや、奇跡のような何かが必要じゃないですか……」
「えっ? 十六歳くらいの女の子に、お前のようなおっさんが変身するなら、十分な奇跡じゃろう。違うか?」
確かに彼の言う通り、それは奇跡とも言えるものだ。だけど、僕が欲しいのは、そんなものではないんだよ。
「もっと……。例えば傷ついた人を癒す力とか」
「それはお前の努力次第じゃ。安心するのじゃ。お前のために、『癒し系キャラ』にしてやるのじゃ。そうすればお前が望むように癒すことができるじゃろう」
それは僕の欲しい癒しじゃないよ……。本当に、この爺さんボケてるんじゃないだろうか。
「ボケてないと言ってるじゃろう。まったく、さっきからボケボケと煩いヤツじゃ」
この爺さん、勝手に人の心を読んで文句を言うの止めて欲しい。というか、癒しの意味が違うんだよ。もっと物理的に癒す力が必要なんだって。
「ふぅむ、物理的に癒す? ああ、なるほど、それか」
「あ、あるんですか?」
「もちろんじゃ。えっと、この辺に……。ああ、申し訳ない。売り切れじゃった」
売り切れってなんだよ。誰に売ったんだよ。
「さぁ、ワシ以外にも神はおるからな。誰かが持っていったのじゃろう。残念だったな」
ホント残念だよ……。この爺さんが。仕方ないので、他に別の物を、と言いかけたところで自称神の爺さんが割り込んできた。
「おっと、そろそろ時間のようじゃな。ワシもここで応援しとるから、頑張るんじゃぞ」
その言葉と同時に僕の足元に穴が開いた。当然ながら、僕の身体は穴の中に吸い込まれていった。
「おいぃぃぃ、ふざけんなぁぁぁぁぁ」
その言葉を残して、僕は穴の中を猛スピードで落下していった。ある程度、落下したところで徐々にスピードが緩やかになる。そして、僕が地面に降り立った時には、ほとんど止まっていると言っていい程の速度になっていた。
しかし、怒涛の展開から気が緩んだ反動で、僕はそのまま地面にへたり込んでしまった。すると突然、先ほどまで真っ暗だった周囲が急に明るくなった。
「おお、聖女様が召喚されたぞ」
誰かの声が聞こえた。暗がりから出て間もないため、目が慣れきっていなかったが、僕の周りには大勢の人がいて、僕に視線を向けているのが分かった。
「聖女様、ご機嫌はいかがですか?」
僕の前に跪いた男──白いローブを着てメガネをかけた好青年が僕に微笑みかけた。
「さあ、聖女様。お手をどうぞ」
さらっと僕に手を差し伸べてくる。しかし、僕は彼の手を取らず、睨みつけた。
「何を言ってるんだよ。僕は男で……えっ?」
僕は自分の発した声に驚いて言葉が続かなかった。なぜなら、今の僕の声は長年、慣れ親しんできた声ではなく、女の子のかわいらしい声になっていたからだ。
「ふふふ、ご冗談を。どこからどう見ても可憐な少女ではありませんか。それに、聖女召喚で呼び出された貴女が男な訳がありません。ほら、手だって、こんなに小さくてすべすべしているじゃないですか」
さりげなく彼が僕の手を取って愛おしそうに撫でまわす。普通の女性だったら、彼のようなイケメンに手を取られて撫でまわされたら惚れてしまうのかもしれない。だが、今の僕にとって、彼の行動は怖気がするものでしかなかった。
「い、いやぁぁ。やめてぇぇぇ」
無意識のうちに僕は叫び声を上げていた。身体中に鳥肌が立っていて、暖かい部屋なのに寒気がした。僕の叫び声を聞いた彼は、パッと手を放して両手を軽く挙げた。
「冗談じゃないですか……。ご安心ください。聖女様に手は出しませんよ。ですが、まずは立ち上がっていただきませんと。その格好では、些か目のやり場に困りますので……」
そう言って、彼は再び手を差し出してきた。僕は彼の手を取らず下を見た。僕の身体は十六歳と言うには幼すぎるほどに小柄だった。だが、それ以上に僕は今、ぼろきれのような布を身にまとっているだけだった。もちろん下着はなく、少しめくれ上がっていて足の付け根まで晒している状態だった。
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