タイトル詐欺の聖女は平穏に引退したい

ケロ王

聖女と魔王と未来へのタマゴ

第一話 聖女召喚されてしまいました①

「二階堂悠里よ。お前は聖女としてグロウワーズという世界に行くのじゃ」


 気が付くと、僕の目の前には白いひげを生やしたお爺ちゃんがいて、意味不明なことを言っていた。聖女としてって言ってるけど、そもそも僕は男である。名前だけ見て女の子に間違えられたことはあるけど、こうして対面で言われるのは初めての経験だった。


「もしかして、ボケてるのかなぁ? お爺ちゃん、お家に帰れます?」

「バカもん、ボケとらんわっ。そもそも、ここがワシの家じゃ」

「え、ここが? どう見てもお外ですよね。やっぱりボケてるじゃないですか。あーでも、僕もどこだか分からないなぁ。ゴメン、お家まで送れそうにないや」


 どうやら僕も迷子になったみたいだ。やれやれ、お爺ちゃんのことを言えないな……。


「ワシの話を聞けっ。お前がここに来た理由を思い出すのじゃ」


 何か凄い怒っているんだけど、僕がお家まで送れないからなのかな。どっちにしても帰り道が分からないと困るしなぁ……。仕方ない、今日あったことを順番に思い出してみることにしよう。


 この日、僕はいつものように朝六時に出社して仕事をしていた。本来の勤務時間は朝九時から夕方五時までなのだが、僕の会社はいわゆるブラック企業だ。一部の役員を除いて早朝から深夜まで働いていて、本来の勤務時間である九時五時で働いている人はほとんどいなかった。


 僕だって、こんな会社なんて辞めたいと思っているのだが、運が悪い僕にとって、この会社は何十社と落とされて、ようやく内定を手に入れた会社だった。拾ってもらった恩義がない訳じゃないけど、辞めたところで次が見つかるかどうか分からないので、ズルズルと会社に残留していた。


「ま、ブラックとは言いつつ、仕事自体は忙しいわけでもないから、楽と言えば楽なんだけどね」

「二階堂先輩、それ本気で言ってます?」


 僕のつぶやきに、隣の席に座っている後輩の倉敷洋子さんがジト目で僕を睨んできた。


「いやぁ、だって、こうしてお喋りしている暇もあるじゃない?」

「それは先輩だけですよ。そもそも先輩の仕事が少ないのは、しょーもないミスばかりで、仕事を振ると倍になって返ってくるからなんですからね」

「そう言うけど、倉敷さんも忙しそうに見えないんだけど……」


 率直な疑問が僕の口から出た瞬間、彼女は親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。


「誰の、せいだと、思ってるんですかッッッ」

「えっと、もしかして……僕のせい?」

「もしかして、じゃなくて、完全に先輩のせいなんですよ。先輩が余計なことをして、仕事が増やさないように、私がここにいるんですッッッ」

「それは……。ゴメン」

「謝らないでくださいッッ。これ以上、私を惨めにしたいんですか?」

「いやぁ、僕も好きで仕事を増やしているんじゃないんだよ。こう見えてマジメだからね」


 それを聞いた彼女の表情が凍り付いた。そして、乾いた笑みを浮かべると、僕に詰め寄ってきた。


「それじゃあ……。この間、完成した試作品を壊したのは、どういうことなんですか?」

「いやぁ、あれは運んでおいてって頼まれたから、運んであげたんだけどね。落ちていたバナナに滑って転んじゃったんだよ。あれは不幸な事故だったね」

「普通はバナナなんて踏まないですし、踏んでも滑って転んだりしませんからね」


 そう言いながら僕に詰め寄ってくる。その時のことを思い出してしまったのだろう、彼女の目には涙が浮かんでいた。


 僕が壊した試作品は部署のみんなが何日もかけて完成まで漕ぎつけたものだった。壊した張本人である僕は必死でみんなに謝ったんだけど、それで試作品が直るわけでもなく、僕に振った人が全ての責任を負って、何日も徹夜して直していた。


 もちろん、僕も責任を感じていたので、手伝いを申し出たのだが、責任感の強い彼は、その申し出を断ったばかりでなく、僕が半径一メートル以内に近づくことも禁止した。


 その苦労を思えば、彼女の態度も仕方ないように思える。しかし、彼女は一瞬だけ涙を浮かべただけで、次の瞬間には呆れた目で僕を見ながらため息をついていた。


「まぁ、あれだけ色々やらかしているのに、本人だけは何故か無事なのが納得いきませんけどね」

「あはは、昔から身体だけは丈夫だったからね」


 生まれつき運が悪い僕は、これまで何度も事故に巻き込まれたんだけど、怪我という怪我をしたことがなかった。そういう意味では運が良かったのかもしれないけど、その運の良さを事故に巻き込まれない形で発揮して欲しかった。


「先輩の場合は、丈夫っていうレベルじゃありませんけどね……」

「あはは、そうだよね……」


 そんな会話をしながら一日の業務を終えた僕は、終電の時間になったので会社を出て帰りの電車に乗った。


 スマートフォンを取り出して、小説サイトのアプリを開く。新着情報を見ると、僕のお気に入りの小説がちょうど更新されたところだった。


「お、『悠久の光』の最新話が来てるじゃん」


 お気に入りに登録してある作品はかなりの数にのぼる。しかし、その大半は途中から更新されなくなったり、つまらなくなったりして読むのを辞めてしまった作品だった。そんな作品ばかりの中、この『悠久の光』だけは現在も更新され続けていて、僕が追い続けている唯一の作品だった。この作品は正式には『悠久の光~召喚された聖女は王太子殿下と真実の愛を誓う。悪役令嬢な聖女様はお呼びではありません~』という名前である。


 ストーリーはよくある恋愛物のWEB小説である。聖女召喚の儀式で異世界グロウワーズに召喚された聖女ユーリが登場するキャラクターとの恋愛模様を綴った作品なんだけど、登場する相手の男性が非常に多く、まるで乙女ゲームのようだと言われるくらいだ。定番の王太子を始めとして、大司教や伝説の竜、魔王や、帝国の英雄までもが聖女を巡って恋の駆け引きをするんだ。


 もちろん、恋愛を邪魔するライバルも登場する。現在の王太子編では元婚約者のエリザベスが聖女の座を奪い取ろうとするんだ。そして、主人公のユーリを偽聖女として断罪しようとするんだけど、毎回のように失敗して酷い目に遭うんだ。一部ではエリザベスに同情的な読者も多いらしく、ユーリ派とエリザベス派で激しい論争が繰り広げられているらしい。


 小説を読んでいたら、あっという間に最寄り駅に着いてしまった。慌てて電車から降りて改札をくぐると、いつものように歩きながらも小説を読みふけっていた。すると突然、僕の身体が光に包まれた。


 ブッブーブッブーブッブー


 けたたましいクラクションの音が聞こえたので、そちらの方を見る。すると、トラックが目の前まで迫っていた。何のことはない、僕を包んでいた光は単なるトラックのライトだった。トラックが衝突し、僕の身体に激しい衝撃が走ると、そのまま僕の意識は暗闇へと落ちていった。

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