第三話 伝説の災厄をもたらす黒竜③

「いやいや、僕たちは王都に戻らないといけないんだって。結界を直さないといけないんだよ」

「そんなのどうでも良いではないか。むしろ壊したおかげでユーリを見つけられたんだぞ」

「でも、結界が無いと魔物が襲ってくるみたいだし、僕のせいで王都の人たちが傷ついたら嫌なんだよ」


 当然のことながら、僕の言葉は正直な思いだ。だけど、実際にはいきなり訳の分からない竜の家に一人で連れ去られるなんて怖すぎる。もっとも、さっきの口ぶりからするとファヴィは王都にもやってきているはずで、結界が壊れた責任を取らされるかもしれないと考えると、戻りたくもないのだが……。


「どうしよう、ロベルト……。ファヴィが王都に行ったみたいだし。結界が壊れたのバレてるかも……」

「うーん、大丈夫だとは思いますが……。念のため、王都に入ったら教会に直行しましょう。大丈夫です。いくら王家でも強硬な手を簡単には取れないでしょうから」

「なんだ、そんなことを気にしているのか。それならば、我が王族どもを説得してやろうじゃないか。ま、王都の半分も火の海にすれば、大人しくなると思うぞ」


 さすがは黒竜と言うべきか、出てくる発想が物騒だよ……。


「ダメだよ、ファヴィ。それは絶対に禁止ね。したら絶交だから」

「な、何だと……。それだけは勘弁してくれ。お前に絶交されてしまったら世界を滅ぼしてしまうかもしれぬ」

「それはそれで問題なんだけど……。そんなわけだから、絶対に人に危害を加えちゃダメだからね」

「分かった。ユーリの言葉であれば大人しく従うとしよう」


 あまり分かっていないようだけど、ファヴィが暴れると結界を壊した責任がこっちに来るんだよ。今は穏便にことを運ぶ時期でもある。もちろん、そうならない時期が訪れるのは分からないんだけどね。壊れちゃったし……。


「というわけで、ぼ……私たちはこれから馬車で王都へと戻るんだけど……。ファヴィはどうするの?」

「そんなの付いていくに決まっているではないか」

「ええっ、ちょっとそれは勘弁してくださいよ。聖女様」


 ファヴィはどうやら僕たちについて王都に行くつもりらしいのだけど、ロベルトはあからさまに嫌な顔をしていた。特に悪いことをするつもりもないみたいだし、別に問題は無いような気もするけど……。


「そんな不思議そうな顔をしないでくださいよ。安全だから、って爆弾を街の中に入れても良いと思う人なんて多くはないんですよ」

「うーん、それはそうだけど……。何かいい方法とかないの?」

「ありませんね。ここは聖女様が黒竜の方に行っていただいた方が良いかと」


 あっさりと僕を黒竜に明け渡すロベルトをジト目で睨むが、彼も問題を王都に持ち込みたくないらしく、意見が覆ることはなさそうだった。


「おいおい、俺たちの村だけじゃなくて王国に繁栄を与えてくれる竜の聖女様になんて言うことを言うんだ」

「まったくだ。そんなことを言ったら、今ここにいる俺たちはどうなんだよ。何ともないじゃないか。竜が目の前にいるんだぞ」


 ロベルトの頑なな態度に、村人たちは怒りを露にしていた。彼らは竜の聖女という伝説的存在に対しての畏敬の念もあるだろうけど、何よりファヴィが目の前にいても無事であること、王都の人たちはダメでも、村の人たちは良いのかという都会の人を優先する思考についてロベルトを口々に非難していた。


「ま、待ってください。そんなつもりじゃないんです」

「じゃあ、どういうことなんだよ。いつもいつも、都会の連中は自分たちのことばかりだ。どうせ、俺たちなんて食料さえ手に入れば、どうでもいいと思ってるんだろ?」


 村人に詰め寄られ、ロベルトは焦りながらも説得を試みていた。しかし、彼の説得は火に油を注ぐようなものだった。村人たちの不満は膨らんでいき、いつ爆発してもおかしくない状況になっていた。


「案ずるな。村人たちよ」


 そんな一触即発の状況を変えたのは、ファヴィの一言だった。竜の聖女と共にいる竜の言葉は、騒いでいた村人たちを一瞬で鎮めてしまった。


「我の行いを、王都の人間ごときがどうにかできるとでも思うか?」

「いえいえ、滅相もございません。しかし、黒竜様も聖女様のお言葉には逆らえない様子。我々は聖女様に、この王国を見守っていただきたいだけなのでございます」


 そういって、村の人たちが僕の方を期待の眼差しで見てくる。今のところファヴィと村人対ロベルトという感じだ。あともう一人、僕はミーナに視線を向けると、同じように期待の眼差しで見つめていた。もはや見つめられているだけで穴が開きそうだ。


「……わかりました。黒竜様は──」「ファヴィだろう?」「ファヴィはぼ……私と共に王都へと向かうことにします。いずれは皆様にも竜の聖女の噂を聞くことになるでしょう」


 彼らに流されるようにして、僕はファヴィと共に王都へと行く決断をする。そして、竜の聖女と自ら認めたこともあわせて、村人たちから歓喜の声が上がる。ちなみに、僕はファヴィと王都に行くってこと、そして、僕が一年後か十年後か分からないけど良いか悪いかはともかく噂になるだろう、と言っているだけなんだけどね。ロベルトは一人だけ絶望に満ちた表情で跪いていたが、それを気にする人は誰もいなかった。


「はぁ……。それじゃあ、戻りましょうかね。くれぐれも目立つようなことはしないでくださいよ」

「分かってるって。ファヴィもいいよね?」

「もちろんだ、問題ない」


 盛大なため息をつくロベルトと共に、僕たちは馬車で王都へと戻っていく。

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