第三話 伝説の災厄をもたらす黒竜②

 その頃、何も知らない僕は、祭壇の前でそれっぽい祈りを捧げていた。


「はらえたまい、きょめたまえ、きゅうきゅうにょりつりょう。りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん。にゃむにゃむ……」


 当然ながら祈りの文句など良く分かっていないので、どこかで聞いたことあるような呪文を適当に並べて唱えていた。その都度、ちらりと横目でロベルトを見る。彼は両手を向かい合わせて、それを広げたり閉じたりしていた。


「まだ引き延ばさないといけないのかよ……」


 そのジェスチャーはもっと時間を引き延ばせ、という合図だった。どのくらいやれば良いのか分からなかった僕は、彼にタイムキーパーをしてもらうことにしたのだが、先ほどからずっと引き延ばせ、という指示しか飛んできていなかった。


「もう、二十分くらいやってるんだけど……」


 さすがに僕の知識で使える呪文など、それほど多くはない。ゆっくり唱えているんだけど、それでも五十回くらい同じことを唱え続けていた。集中力が切れてきた僕は、同じことを延々と繰り返し唱えているせいで、激しい眠気まで襲ってきた。うつらうつらとしながら唱えていた僕は、周りの人たちが騒めいていることにすら気付いていなかった。


「何だあれは? 竜か? だが大きすぎる」

「にゃんだれわ。りゅうぅかぁだがすきる」


 寝ぼけていたせいで、呪文じゃなくて誰かの叫び声を唱えてしまったじゃないか。文句を言おうとした瞬間、僕の前方から突風が吹き荒れる。そして、巨大な漆黒の竜が僕の目の前に降り立った。当然ながら、僕の目の前にあった祭壇は踏みつぶされてグチャグチャになっていた。


「お前が我の番であるか?」


 唐突に竜が僕に尋ねてくる。しかし、番と言われても僕には身に覚えが無いものだった。


「いやいや、知らないけど。それより、祭壇壊しちゃって、どうしてくれるのさ」


 失敗が許されない僕は、全力で目の前の黒竜のせいにすべく、彼を責め立てる。そんな僕の様子を見ていた周囲は阿鼻叫喚に包まれていた。


「ちょっ、聖女様。もう少し穏便にお願いしますッッッ」


 ロベルトまで僕を止めようとして来る始末だった。そもそも、これには彼の命までかかってるんだよ。助けようとしている僕を止めるんじゃなくて、この悪い黒竜を止めるべきなんだよ。


「ふむ、それは申し訳なかったな」

「ダメだ、全然ダメだよ。そんな上から目線で謝罪しても全然ダメだ」


 黒竜がしぶしぶと言った様子で謝罪をしてきたんだけど、あまりにも誠意が感じられず、思いっきりダメ出しをしてしまった。それを見た周囲の叫び声がさらに大きくなる。でも、いくら身体が大きいからって、相手を見下ろしながら謝罪してもダメなものはダメなんだ。


「ふむ、なるほどな。ではこれならばどうだ?」


 そう言って黒竜はみるみる小さくなり、長いサラサラの黒髪が特徴の背の高い美形の青年となった。ところどころ黒い鱗のあしらわれたローブのようなものを纏っていて、神秘的な印象を受ける。そして、人型になった彼は僕の目の前で跪いた。


「先ほどは済まないことをした。そのお詫びとしては何だが、我はお前に忠誠を誓うと約束しよう」


 さすがに、ここまでされて許さないわけにはいかないだろう。彼が原因で儀式が台無しになったことは村長たちも見ているはず。さすがに僕の責任とは言ってこないだろう。


「わかりました。許します。ぼ……私の名前はユーリ。あなたは?」

「我の名前はファーヴニルだ」

「言いにくいので、ファヴィと呼んでも良いですか?」

「もちろんだ、ユーリ。お前の好きなように呼んでもらって構わない」


 少しだけ名前が言いにくそうだったので、愛称で呼んでみたら気に入ってくれたようで、微笑みながら受け入れてくれた。とりあえず、彼の方の問題は片付いたけど、儀式の方の問題がまだだったので、僕は村長の方に振り向くと、困ったような表情を作った。


「すみません、儀式が台無しになってしまいました。どうしましょうか?」

「いえいえ、何も問題ありません。竜の聖女様」

「竜の聖女様?」


 突然、全く身に覚えのない二つ名で呼ばれてしまい、反射的に聞き返してしまった。


「はい、かつて竜を従えた伝説の聖女様がおりまして、その方は王国に繁栄をもたらしたとされているのです。ですので、ユーリ様が聖女であらせられる限り、豊穣の儀式など比べ物にならないほどの恩恵があるのでございます」

「恩恵って……。ぼ……私はたいした力も持っておりませんよ」


 あまりに唐突に持ち上げられたことで、思わず何もスキルを持っていないことをばらしてしまった。言ってからしまったと思ったが、村長は首を左右に振ると、僕の目をまっすぐ見据えてきた。


「何を仰います。先ほど竜を跪かせたではございませんか。これこそが正しく竜の聖女の証でございます」


 村長が食い気味に言ってきたせいで、どうしようもなくなった僕はファヴィに話を振ってみることにした。


「ファヴィ、竜の聖女なんていたの?」

「知らんが、もしかしたら他のヤツらなら知ってるかもしれん。まったく、誇り高い竜が人間などに跪くなど、ありえんとは思うがな」


 お前が言うな。さっきメチャクチャ跪いていたじゃないか。そう言いたいところをグッと抑えてファヴィに尋ねる。


「でも、さっきぼ……私に跪いていたじゃないか」

「それはお前が我の番、要するに運命の恋人だからに他ならん」

「えっ?」


 それを聞いた村人たちから歓声が上がった。


「やはり竜の聖女様じゃないか。これで俺たちは安泰だ」

「祭壇が壊されたときは終わりかと思っとったが、長生きはするものじゃ……」

「まさか、あの伝説が本当の話だったとは……」


 口々に褒め称える村人たちに圧倒された。そんな僕の肩をファヴィが後ろから支えてくれた。そして、そのまま僕を背後から抱きしめる。


「よし、それじゃあ、早速行くとしようか」

「えっ? どこに?」

「もちろん、我の家だ。何、飛んでいけば時間はかからん」


 そういう話じゃないんだよね。というか、何でファヴィの家に行くって話になってるんだろうか。気が早すぎじゃない?

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