第二話 結界? 最初からありませんでしたよね③

「依頼かぁ。やらなきゃダメ?」

「ダメですよ。結界の修復みたいに大変なことはありません。祭壇の上で適当に祈っている振りをするだけでいいんです」


 確かにそうなんだろうけど……。それを聖職者、しかも大司教が言ってはダメだろう。だけど、僕にとってはありがたい言葉なのは事実だった。


「うーん、なんか祭壇壊しそうなんだけど……」


 こっちの世界に来たことで失念していたけど、僕は運が良くないんだよ。さっき装置を壊してしまったことで思い出したけどね。今度も何かしらやらかしそうな気がする。


「やる前から不吉なことを言わないでくださいよ。それでは部屋に戻りますので、服を脱いでください」

「えっ? ぬ、脱ぐの?」


 ロベルトの言葉に戸惑いを覚える。もちろん、手足は動かせるので脱ぐことはできるんだけど……。まさか、儀式を行うところで、ストリップを要求されるとは思ってもいなかった。しかし、ここでロベルトの機嫌を損ねるわけにもいかず、一枚一枚、彼に見せつけるようにゆっくりと脱いでいく。


「何をやってるんですか。あまり時間もないので早く脱いでくださいよ」

「えっ、でも男の人って、女の人が脱いでいくのに興奮するんじゃないの?」

「……別に全部脱げとは言ってませんよ。歩いて帰れるくらいまで身軽になってくれればいいです。脱いだ服は別の神官に取りに来させますので」

「えっ、台車で戻るんじゃないんですか?」

「スロープを台車で押して上がれるわけないじゃないですか」


 何というデリカシーのない男だろう。僕が重くて台車が押せないから歩いて帰れというのは、少し酷いんじゃないかな。そもそも、ここで脱いで良いなら、ここで着ても良いはずで、わざわざ台車で来る必要はなかったんじゃないかと。


「ちなみに、本来は着替えるの禁止ですからね。台車が押せないから脱いでもらってるだけですよ。まあ、歩いて来れるなら台車は要らないんですけどね」


 僕の表情から考えていることを察したロベルトが、ニヤニヤと笑いながら言ってきた。この性格の悪ささえ改善されれば、モテるんだろうなとは思うんだけど、実際に最初は僕もときめいちゃったし。でも、性格を知ってからは絶対ないわ。


 ささっと歩ける程度に服を脱いだ僕は、ミーナと共にロベルトの後を付いて部屋へと戻った。


「それでは着替えていただいて、昼過ぎには馬車でゴールデンファームの村へと向かいます。動きやすい格好で構いませんが……くれぐれも、節度を持ってお願いします」


 それだけ言い残して、ロベルトは部屋から出ていった。僕はミーナに手伝ってもらって、平民のようなシンプルだけど動きやすい服装に着替える。こっちの世界に来てから初めて自分の姿を鏡で見たような気がするけど、金髪のロングヘアにつぶらな碧眼、幼さを残しつつも整った顔つき、シルクのような肌と少しだけ膨らんだ胸。それは僕が爺さんの前でイメージした聖女の姿そのものだった。どうやら、気を利かせてイメージ通りの聖女にしてくれたようだ。いや、ホントは付き合いたい女の子のイメージだったんだけど。


 ともかく、着替え終わってロベルトと合流した僕たちは馬車に乗り込んで王都から南へと向かう。王都の中は中世ヨーロッパの街のような雑多な雰囲気だったが、城壁の外に出ると地平線まで広がっていた。その広々とした光景に目を奪われる──余裕などなかった。


「いたっ、いたっ。ちょっと、もう少し丁寧に走れないの?」

「無茶言わないでくださいよ。これでも大人しい方ですよ」

「ユーリ様、こちらをお使いください」


 あまりに揺れる馬車に文句を言うと、ロベルトが涼しい顔をしながら自慢げに言ってくる。それとは対照的にミーナが自分の席にあったクッションを差し出してくれた。


「ありがとう。でも、ミーナが大変なんじゃないの?」

「ご心配なく。私は平民上がりですので慣れているんですよ」

「そうなんだ。それじゃあ、遠慮なく借りておくね。ありがとう」

「やれやれ、軟弱な聖女様だ……。今度はしっかりしてくださいよ。俺たちの命がかかっているんですから」

「わかってるって。さっきのも明らかに、あの重すぎる服が原因だったじゃないか」


 ミーナのおかげでお尻の痛みはだいぶマシになったんだけど、すかさずロベルトが嫌味を言ってきたので、歴史と伝統に反撃したら押し黙ってしまった。どうやら彼も歴史と伝統に疑問を持っていないわけではないようで、憮然とした表情で窓の外を見ていた。


 途中で休憩を挟んで五時間ほどで、目的地のゴールデンファームの村に到着した。村と言っても人口が少ないだけで、面積はとても広いらしく見渡す限りの小麦畑が広がっていた。まだ刈り入れの前のため、だいぶ青々としているのだが、夕日に照らされて黄金の絨毯のように見えた。


「ここは王国の大穀倉地帯なんですよ。この村が凶作になったら、王国中が食糧難になると言われるほどなんですよ」

「そうですね。だからこそ、今回の依頼は責任重大なんですよ。そのあたり、しっかりと頭に入れておいてくださいね」


 小麦畑を見ていると、隣からミーナが教えてくれた。そして、ロベルトが余計な情報を付け加える。さっきまでは、適当にやってれば良いようなことを言っていたくせに、まったく、ホントに会社の上司みたいなヤツだ。少しはミーナの爪の垢でも飲ませたい。


 そんなやり取りをしたところで馬車から降りると、村長をはじめとした村人数名が出迎えてくれた。


「聖女様。我々の願いを受け入れていただき、ありがとうございます。儀式の方は明日の日中に行う予定でございます。宿の方は確保しておりますので、本日はごゆっくりとお休みください」


 そう言って、丁寧にお辞儀をする。最初に馬車から降りてきた時には、ややみすぼらしい服装だったこともあり、少し怪訝な表情もされた。しかし、彼らに微笑みながら挨拶すると、その態度は急変した。それが『聖女(称号)』の効果によるものかは分からない。なぜなら、僕の見た目はみすぼらしい服など些細なことにしてしまうほどの美少女だからだ。


 僕は彼らの案内に従って、宿へと向かう。そこは村という規模には相応しくないほど大きな宿だった。多少古びた感じはあるものの、手入れが行き届いているのがわかる。そこで十分に身体を休めて、翌日に備えることにした。


 翌日、朝早くから村では儀式の準備で村人たちがせわしなく動いていた。しばらく、その様子を眺めていると、村長が僕の所にやってきた。


「聖女様。儀式の準備が整いました。なにとぞ、よろしくお願いいたします」

「はい、それでは着替えますので、少々お待ちください」


 村長の案内で祭壇へと案内された。祭壇の上にはお供え物をはじめとして色々なものが乗せられていて、すぐにでも祈りの儀式を始められるようになっていた。ロベルトが念入りに不備が無いことを確認している間に、僕はミーナに手伝ってもらって法衣に着替え始めた。そして、全ての準備が整ったことを確認して、僕は祭壇へと向かった。

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