第二話 結界? 最初からありませんでしたよね②
「ご安心ください。何回か降りてもらってますが、一度も脱線事故を起こしたことはありません」
「ロベルト……」
瞳を潤ませて訴えかけるも、彼には効果が無いようだった。台車は刻一刻とスロープへと向かっていく。そして、スロープの手前で一旦止まる。
「危険ですから、しっかりと手すりにつかまっていてくださいね」
「ちょ、ちょっとまっ、きゃああああああぁぁぁぁぁ!」
そう言うのと同時に、ロベルトは容赦なく台車をスロープに向かって押し込んだ。ジェットコースターで頂上に来た時に一瞬止まるのと同じように緊張がゆるんだせいか、急降下のショックが半端ない勢いで押し寄せてきた。悲鳴を抑えるどころか走り出したばかりだというのに、溢れた涙が後ろに流されて行く。
長いようで短いスロープの急降下が終わり、台車がスピードを落として止まる。遅れてロベルトとミーナがやってきて、先ほどと同じようにロベルトが台車を押して奥にある扉の前へとやってきた。
「こちらが王都の結界装置が設置された部屋ですね」
「ここが……」
「ちなみに結界装置は古代文明の魔道具でして、とても貴重なものになります。くれぐれも扱いには気を付けてくださいね」
ここに来てロベルトが唐突にフラグを立ててきたことに、僕は信じられない気持ちで彼を見つめるも、その意図に気付いていないようだった。
「とりあえず、中に入りましょう」
扉を開けて中に入ると、中央に球体の宝珠を据え付けた台座があった。何もないだだっ広い部屋に、その装置が置いてあるだけにも関わらず、その神秘的な雰囲気に圧倒される。この部屋にいると、まるで僕でも結界を修復できるんじゃないかという気がしてくる。
「どうでしょう。この装置は」
「そうですね。なんか自分でもできそうな気がします……」
「それは、その装置のおかげですね。あの装置は聖女が結界の魔法を使えるように補助する機能がついているんです」
なるほど、この装置があれば僕でも結界を張ることができると言うことだ。
「言っておきますけど、あの装置の効果は、この部屋の中だけですし、動かせませんから、変な考えは起こさないでくださいよ」
「いやだなぁ。あれがあれば、僕でも聖女らしく結界を張れるようになるかなぁって思っただけだって」
僕は慌ててフォローするが、ロベルトは相変わらずジト目で見てくる。そんな目で見なくても、本気で持ち出そうなんて思ってないって……。
「まあ、持ち出せませんけど、万一持ち出したら、俺も聖女様も責任を取らされますけどね」
「あはは、いやだなぁ。本当に持ち出すわけないじゃないか」
「……まあ、いいでしょう。それでは、聖女様、装置の方へどうぞ」
そう言って、ロベルトは台車を装置の方へ押す。これって、「どうぞ」って言う必要なくない? そもそも僕に移動の自由がないんですけど……。台車で装置の前までやってきて、二人がかりで台車から降ろされて装置の前に立たされる。左右の手を広げてバランスを取るが、歴史と伝統の積み重なった服の重みにより、僕の足は限界に近かった。
「それでは聖女様。装置に手を置いて、結界の魔法を使ってください」
ロベルトの指示に従い、僕は手を前に上げて装置に手を置こうとする。だが、この時の僕は失念していた。先ほどまでは左右の手を広げてバランスを取っていたので立っていられたことを……。当然ながら、手を前に出したことで重心が前に傾き、前のめりに倒れる。僕は咄嗟に掴めそうなものを探した。そして、最初に手に当たったものを全力で掴んだ。しかし、僕の掴んだものは支えになるようなものではなく、それごと転がってしまった。
「うわぁぁぁぁ」
「ユーリ様ッッ」
「そ、装置がッッ」
三者三様の悲鳴が上がる中、僕は着込み過ぎた法衣の丸みによって、ころころと転がっていった。
目が回って手の力が抜けてしまい、掴んでいたものが手から放れていく。それと同時に何かが割れるような音がした。
回転する世界の中で、僕はロベルトの悲鳴を聞いたような気がした。その直後、壁にぶつかって、転がる身体が止まった。
「うぅーん……」
「ユーリ様、大丈夫ですか?」
「うん、何とか服のおかげで衝撃もほとんどなかったからね」
何十枚にもわたって着込んだ服のおかげで、特に怪我もなかった。
「えーと、装置は……。あれ、宝珠がないんだけど……」
「いえいえ、そこに転がっているじゃないですか。粉々になってね」
良く見ると、装置の手前に大量のガラスの破片が落ちていた。
「ああ、割れちゃったんだね。どうにかならないの?」
「どうにもなりませんよ。王都の結界も完全に消失してしまいました。ホント、どうしてくれるんですかぁぁぁ。もう俺たちはおしまいですよ」
頭を抱えて悶絶するロベルトが滑稽で面白いのだが、このままでは僕まで責任を取る羽目になってしまう。
「結界の修復が必要ってことは、消えかけていたってことでしょ? 今日は調子悪くて失敗したってことにして、ちょうど結界も消えちゃった、ってことにすればいいんじゃないかな?」
僕は適当な言い訳を出してみたけど、実際に言ってみると、かなり無理があるように感じられた。さすがに偶然みたいな言い方だと信じて貰えなさそう……。しかし、それを聞いたロベルトはスクっと立ち上がり、メガネを直す。そのメガネはキラリと光っていた。
「それですよ、それ。その方向で行きましょう。今日は聖女様も調子悪かったんですよ。次回頑張りましょう。でも、結界はちょうど効果が切れちゃいました。と報告すれば、時間稼ぎくらいはできるはずです」
「なるほど、それなら……。って、そんな言い訳が通じるわけないでしょ。まったく……」
ロベルトの自信満々な態度に思わず流されそうになってしまったが、ギリギリのところで正気を取り戻してツッコミを入れる。しかし、ロベルトには効果が無かった。
「問題ありませんよ。アイツらはお役所仕事ですからね。それっぽく報告書を上げてしまえば誤魔化せます。結界と言っても高位の魔族や竜には効きませんから。それに、聖女召喚まで必要としていたくらいです。結界が無くなる可能性も想定済みでしょう」
えらく前向きに語るロベルトに不安を感じる。前の会社でも、そう言って前向きに報告した結果、辻褄合わせに僕の部署の人たちが苦労したのを知っている。とはいえ、それに代わる案があるわけでもないので、ひとまずはロベルトの言う通りの報告をして、時間稼ぎをするしかないようだな。やれやれ。
「仕方ない、そっちは頼んだよ、ロベルト」
「お任せください。この後は豊穣の祈りをして欲しいという依頼が入っておりますので、そちらに向かいましょう」
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