第18話

そこにいたのは、眉間に皺を寄せた表情の和音だった。


「あっ……」


「やめろ、飛鳥。こいつを殴ってどうするんだ」


「和音さん……」


飛鳥は彼の顔を見た途端に、戦意を喪失してしまった。


和音の顔を見て、安心したというのもあったのかもしれない。


飛鳥は和音の胸元に縋りついて泣いた。


「おいおい、愛しい人の登場か?」


宗士がからかう言い方をすると、和音は彼にキツい視線を送る。


「飛鳥に手を出すな」


一言だけ言うと、和音は飛鳥を伴って部屋を出た。


和音に引っ張られていく飛鳥は、涙も止まり彼に尋ねた。


「ね、ねぇ。どこにいくの?」


「いいからついて来い」と和音が言うので、飛鳥は彼に引っ張られるままに歩いていく。


するといつの間にか建物の外に出ていて、さらに和音は飛鳥を引っ張っていく。


「一体どこまで連れていく気だろう?」と思った飛鳥だが、和音が立ち止まった場所を見て目を見開いた。


「うわぁ……」


そこに広がっていたのは、大きな池だった。


香煌楼の裏手にこんな場所があるなど、飛鳥はそれまで知らなかったのだ。


「いい場所だろ?俺のお気に入りの場所だ」


「そうなんだ。湖みたいだね。綺麗」


「ちょっと座れよ」と促され、飛鳥は和音と並んで座る。


「ここは、心を落ち着かせたい時とかに、1人で来たりしてるんだ。ほら、この仕事だから嫌になることもあるだろ?」


和音が自虐的に言いながら柔らかく笑みを作ると、飛鳥は「そうだね」と答えた。


すると和音は、真面目な表情になったかと思うと、「他の人を連れてきたことはない。お前が初めてだ」と言う。


重ねて「お前だから連れてきたんだ」とも言うではないか。


真っ直ぐに見つめられ、飛鳥はどうすれば良いか分からなくなる。


「そ、そうなんだ。それは光栄だよ」


和音から目を逸らして俯きながら言うと、彼が飛鳥の頬に手を触れて顔を和音の方に向けさせる。


「お前、最近俺を避けてただろう?」


「え?そんなことは……」


確かに気まずさから避けていたのだが、つい嘘を吐いてしまった。


「まぁいい。罰を受けたことは、悪かったと思ってる。客室に連れて行ったのは俺だからな」


それでも和音は、飛鳥と関係を持ったことを後悔していないという。


「お前は、後悔しているか?」


和音が問うと、飛鳥は首を横に振る。


「そんなことない」


飛鳥がきっぱりと言うと、和音はホッとしたような表情を見せた。


「あの時俺がお前を誘ったのは、お前を抱きたいと思ったからだ」


「何で僕を?」


飛鳥の問いに、和音は「お前が好きだからだ。どうしても止められなかった」と言う。


和音の答えに飛鳥はとても驚いた。

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