第7話

いずれここを出ていかなければいけない身だし、叶うことなどないことは分かり切っている。


そんなことを考え悲しい気持ちでいた休日、部屋には飛鳥と和音以外にいなかった。


緊張と同時に気まずさも感じたが、和音が飛鳥の目の前に座り見つめてきた。


「な、何んだ?」


飛鳥は壁際に座った体勢で後ずさる。


「え?誰もいないなと思って」


「だからって、何故こんなに近付くんだ?」


「お前に近付きたいから……」


真っ昼間だというのに、和音は酔っているのだろうか。


そんなことを思った次の瞬間、和音の顔が近付いてきたと思ったら、二人の唇が重なった。


ふんわりとしたその口付けに、飛鳥は思わず「気持ち良い」と思ってしまった。


そして我に返ると、和音を腕で突き飛ばす。


「いてっ!!」


「そっちこそ、何するんだ!!」


そう言いながらも、飛鳥の顔は真っ赤。


「いいから、誰にも喋るなよ」


そう言うと、和音はまたしても飛鳥に唇を重ねてきた。


今度は最初よりも濃厚な口付けになった。


『これも指導の一環なのだろうか……』飛鳥はそんなことを思う。


和音は口づけが上手く、これも仕事で得た技術なのだろうかとも思った。


そんなことを考えると、飛鳥の心はチリリと僅かに傷んだ。


飛鳥の初めての口づけの相手が和音だ。


口づけが、こんなに気持ち良いものだとは思わなかった。


「んっ……」


声を上げ蕩けそうになるも、和音は唇を離し身も離した。


少し不安になった飛鳥は「え?」と声を漏らす。


「もう、駄目だ!こっち来い!」


和音は飛鳥の腕を引っ張り立ち上がらせると、そのまま部屋を出た。


香煌楼の建物は、男娼たちが暮らす区域と営業に使用する客室の区域に分かれている。


和音が飛鳥の腕を引いて向かったのは、客室のある区域だった。


その日は香煌楼から最も近い神社で祭りがあるらしく、男娼たちは屋台を目当てにほとんどが出払っているらしい。


主も用事があったのか、姿が見えなかった。


休日だったが、男娼は休日に客室に立ち入ってはいけない決まりになっている。


つまり、和音は決まりを破ろうとしているのだ.


「ちょ、ちょっと……こっちに来ちゃいけないんだろう?」


静まり返る建物に、飛鳥の声が響く。


「お前が黙っていればいいんだ。絶対に内緒だからな」


「う、うん……」


飛鳥と和音は数ある客室の中の一室に入った。

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