東の大賢者が死んだ ~幼馴染と試験勉強をしていたらいつのまにかイチャイチャになっていました~
小野シュンスケ
東の大賢者が死んだ
高校二年生の初夏。大賢者が死んだ。
「東の大賢者が死んだ」
「はああ?」
二年A組の教室に入ってそう告げると伊藤が奇妙な声を上げた。
「
「いや」
東の大賢者エマーリンと西の大魔女ニニアンナ、二人のうちのひとりが死んでしまったのだ。
「とある赤ん坊を逃がすために大賢者は異世界へのゲートを開いたんだが、敵対勢力の攻撃を受けて致命傷を負ってしまったんだ」
「ほうほう、それで赤ん坊ともども殺られちまったってわけかい」
「いや、二人の弟子によって赤ん坊は異世界に渡ったらしい」
「弟子だと?」
「ときどき夢に出てくるんだ」
伊藤はガバッと天を仰いだ。
「夢の話かよ! まったくおまえは!」
まるで連続ドラマか何かのように時々夢に見る。昨夜の夢ではついに大賢者が命を落としてしまった。僕にとっては大きな衝撃だったんだ。
* * *
「
同級生の女子が僕の名前を呼びながらやってきた。
スタイルはバツグンで、おそらくこの学校で彼女の名前を知らない者はいないであろう美少女。
「なんでしょうか、
伊藤が丁寧に応対した。学園屈指の美少女に名を売るチャンスだと思ったのだろう。
「湊斗に用があるの」
がっくりと項垂れる伊藤を無視して吹守はにっこりと微笑んだ。
「放課後、湊斗ん家に行ってもいい?」
「ああ、かまわない」
「じゃあ、いつもの時間にね」
そう言うと、吹守はくるりと身をひるがえした。
ふわりと舞ったスカートから白いふとももがあらわになった。
伊藤の目は釘付けになり、僕は目のやり場に困ってしまった。
「白間、まさかおまえ吹守さんと、こ、交際しているんじゃないだろうな?」
羨望の眼差し向けてくる伊藤に、僕は首を横に振って否定した。
「ただの試験前の勉強会だよ」
学園一の美少女と呼び声の高い雨乃の欠点を上げるとすれば、勉強が苦手なところだろう。試験前にはいつも家に来て勉強している。
特に理数系が苦手で、
「こんな数式になんの意味があるの?」
なんて文句を言いながら勉強している。
文系が得意かと言われるとそうでもなく、
「行間を読めとか全く意味がわからない」
とこぼしていた。
それでも、一夜漬け程度の勉強でそこそこいい成績が取れてしまうのが彼女のすごいところだった。
* * *
玄関のドアがガチャリと開いた。
スタスタスタと廊下を歩く足音がして、部屋の前で立ち止まった。
ドアが開き、Tシャツにミニスカートというラフな格好の雨乃が入ってきた。
雨乃は鞄から教科書とノートを取り出してテーブルの上に並べた。
「寝てた?」
「いや。ぼんやりしていただけさ。おじさんとおばさんは元気?」
「うん、元気にしてる」
雨乃の両親は日本人じゃない。丘の上にある宇宙観測センターで働いている。雨乃も髪の色は黒いが、容姿は日本人離れしている。たぶん外国人の血が混ざっているのだろう。
「はじめようか」
「うん」
雨乃と僕は流れるように、試験範囲をおさらいしていった。
学校一の美少女の雨乃に僕は幼少の頃から思いをよせていた。
彼女は天使のように、時には悪魔のように、僕の心と体を幻惑する。
試験の前に行われる二人きりでの試験勉強は、忘れえぬ思い出になるだろう。
ときどき思うんだ。彼女は本当に現実に存在するのだろうか。
もしかしたら僕の孤独が生み出した幻想なんじゃないかと。
そんな僕の思いなど知らずに、彼女の視線は教科書とノートの間を行き来する。
三教科目を終えたところで、雨乃はうーんと伸びをした。
「ねえ、子供の頃よく言ってたよね」
雨乃はテーブルにひじをついて両手の上に顎を乗せた。
「大きくなったら異世界に連れて行ってくれるって」
「……」
「覚えてる?」
「いちおう」
「いつ連れて行ってくれるのかな?」
「大賢者になれたらね」
「50歳まで待てって言うの? おばあちゃんになっちゃうよ」
「あれは子供の頃の話で」
都市伝説の中に50歳まで生きれば大賢者になれるっていう話があったんだ。
「湊斗は十分素質があると思う。学校の成績はいいし、教え方だって上手だもん」
「それで大賢者になれたら苦労はしないよ」
少し間を置いて、雨乃は話題を変えた。
「友達に聞いたんだけど、男の子は好きな女の子のことをじっと見つめるんだって」
「それがどうかしたのかい?」
雨乃はじっとこちらを見つめたあと、再び教科書に視線を戻した。
それからは一気に残りの教科のおさらいをした。頭の神経が焼き切れるんじゃないかってくらい集中して。
「終わったーーっ!」
試験範囲を一通りおさらいし終え、雨乃は足を投げ出した。
「暑いからTシャツ脱いじゃおうかな」
「お、おい」
あわてて止めると、からかうような瞳が待っていた。
「何もしないの?」
「試験勉強をしたじゃないか」
ぷーっとふくれっつらになった雨乃は膝を立てて体育座りになった。
きれいなふとももと白いパンツがまるみえだ。
彼女がスカートの裾をいじる度に、見えるふとももの面積が広がった。
「雨乃」
僕は立ち上がり、雨乃の隣に移動した。
彼女の顔に自分の顔を近づけていった。
瞳をじっと見つめると、彼女も僕の瞳をじっと見つめた。
唇と唇が触れそうなほど近づいても、雨乃は瞳を閉じなかった。
まるでチキンレースだ。
ためらっている僕に彼女は言った。
「しないの?」
唇を彼女の唇に重ねた。
高校二年生の初夏。大賢者が死んだ。
夢の中でも現実でも。
甘くやわらかな唇が開き、ふたりの舌と舌が絡みあった。
雨乃はずっと目を開いたままだった。僕も目を閉じるタイミングを逸して彼女を見つめ続けていた。
「ぷはああぁぁーーっ!」
大きく深呼吸した。
二人とも息をするのを忘れていたようだ。
「あたしの中に湊斗の体液が注がれちゃった」
その言い方はどうかと思うが。
そういえば、いきなりキスをしてしまったけれど、僕たちは告白さえ済ませていなかった。
「雨乃のことがずっと好きだった」
「うん。知ってたよ。男の子は好きな女の子のことをじっと見つめるんだよね」
「まあ……否定はしない」
「あっ!」
雨乃はスマホを見てあわてて教科書とノートを片付けた。
「もうこんな時間、帰らなくちゃ!」
鞄を肩にかけて部屋の扉のドアに手をかけた。
「じゃあね。子供が出来ちゃったらよろしくね」
「えっ!?」
彼女は時には天使のように、時には悪魔のように、僕の心と体を幻惑して去っていく。
僕はずっと彼女に恋をしている。
【おわり】
東の大賢者が死んだ ~幼馴染と試験勉強をしていたらいつのまにかイチャイチャになっていました~ 小野シュンスケ @Simaka-La
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