第106話 迷いの森。
春も終わり、夏に差し掛かるころ。
俺が整備した街道に馬車が走る。
といってもまだまだ少ない。
まだまだ知名度が低いアーネコス村。
その奥にある俺んちはもっと知名度が低い。
まあ、それでも一人でホールに居た頃に比べれば格段の差がある。
じわじわと知られるようになるのかね……と思っていたのだが、そうはいかないようで来る人間と言えばルンデル商会の商人と護衛ぐらい。
ベアトリスの家も出来上がり、皆に部屋が割り振られた。
ベアトリスも元々そのつもりだったらしい。
俺の部屋にもベッドは有るのだが、寝るのはホールにしている。
人サイズで寝ると、魔力が消費されるため朝がダルいのだ。
そのせいかグレアもノワルも人化を解き、俺と一緒に寝るようになった。
たまにベアトリスとドリスがグレアの腹で寝ていたりする。
家ができたら岩塩鉱山の調査って話だったが、ルンデル商会のデニスさんに既に岩塩の塊を渡し、確認してもらったため、調査の必要が無くなってしまった。
量は掘ってみないとわからないらしいので、現在、絶賛採掘中である。
ソナー的な魔法を考えて使ってみたら、音が帰ってくるのに三秒ほどかかったから、結構奥まで塩がありそうな気がする。
現在はエルフとドワーフの共同作業になっており、エルフが精霊に頼んで作った塊をドワーフの力で倉庫に持ち込むという形になっている。
砂糖の生産も精霊の力が使えるエルフによって順調である。
既に、一度ルンデル商会へ品物を納めていた。
そして今日、ルンデル商会から再びの岩塩と砂糖の仕入れ、そして売却利益を載せた馬車がベアトリスの家の前に到着することになっていた。
ルンデル商会の馬車が来たとの連絡があり、迎えに出ると前回と少し違う。
えっ、冒険者が周りを囲んでる?
前納めた時はそんな数は居なかったのに。
「お久しぶりでございます。
ベアトリス様」
おっと、デニスさん自らのお出ましとは……。
「お久しぶりですね、デニス。
あなた直々のお出ましとはどうしたのですか?」
ベアトリスが言うと、
「これを見てもらえればわかります。
お前たち、あの荷馬車を持ってこい」
デニスさんがそう声をかけ、デニスさんの部下が一台の荷馬車を俺たちの目の前に持ってきた。
あまり大きくはない荷馬車なのに二頭で引いている。
それだけ重いってことらしい。
デニスさんが荷馬車にかけたシートを外すと、小さな袋が何十と重ねられていた。
ベアトリスが袋の一つを開け確認する。
「金貨ですね?」
「はい、これが全部ベアトリス様たちの収入となります。
一袋に金貨百枚。
全部で四十ありますから、四千枚ですか。それが一回の収入ですね」
冒険者たちがざわつく。
何を運んでいるのか教えていなかったのかもしれない。
「たった五台の荷車でこれほども?」
ベアトリスが驚く。
「とりわけ砂糖が高かったですね。
南方からの物は茶色がかった砂糖となります。
これはこれで甘く独特の風味があります。
ここの砂糖は白く甘味が強い。
そして安い。
とりあえず大壺三つ分ではありましたが、即売れてしまいました。
岩塩も塩気だけでなく旨味もあると言って貴族の料理人に好まれました。
追加は無いのかという問い合わせもきております。
私どもも、国外からの取り寄せによる輸送費や護衛用の人件費も削減できましたからお陰で儲けさせてもらってます」
まあ、売り上げの何割かはルンデル商会へ入っているから、本当にボロ儲けなのだろう。
「『どこから仕入れているのか教えろ!』と恐喝まがいに同業者からも聞かれる始末です。
私もクルーム伯爵御用達で良かったと思っております」
「お父様へは?」
「お約束通り、ベアトリス様の取り分の二割分の約千枚の金貨を納めております」
「そう」
「手紙も預かっております」
そう言うとデニスさんは封蝋のされた手紙をベアトリスに渡した。
すぐに目を通すベアトリス。
「仕方ないですね」
とベアトリスがため息をついて言った。
「ん?何が仕方ないんだ?」
俺が聞くと、
「ああ、今回の利益が継続的に続かないと私はあなたの妻になれないようです」
と言う。
「ふむ一時的な収入じゃ意味がないということか。
オヤジさんの言うことも一理あるね」
「あと『金のなる木に虫が群がるかもしれない』とも書いてありました」
「人間はグレアのマーキングでもどうにもならないからなぁ……。
デニスさん。
デニスさんは腕を組む。
「ここを知っているのは商会内の一部の者です。
今のところ我が商会からここのことがバレてはいませんね。
それこそ我々にとってこの場所はそれこそ金のなる木です。
他に取られるわけにはいきません」
「じゃあ、バレるとしたら?」
「今回雇った冒険者。
一応法外な報酬を用意して『この場所を他言しない、した場合は罰金と奴隷へ落とす』という契約にはなっておりますが、なかなか難しいかもしれません。
あとは言い辛いですが、クルーム伯爵からの可能性もあります。
定期的に旦那様は収支報告を王都に報告しなければいけません。
アーネコス村からの税収が上がったと書いたとしても、あり得ない倍率です。
その原因がアリヨシ様の開発した岩塩鉱山と砂糖畑だと書き出せば、間違いなくこの場所に注目が集まるでしょう」
「冒険者の口をふさぐのは確かに難しいかもしれない。
ベアトリス、次のオヤジさんの収支報告は?」
「中間報告はちょうど三か月後ぐらいですね」
「ふむ、まあ冒険者の方は魔物と同じ対応をとることにするか。
俺らに危害を加えるなら殺す。
危害を加えないなら追い出す」
今後の方針を言う俺。
するとウルが声をかけてきた。
「アリヨシ様、ホールの周りの森を『迷いの森』化してはどうでしょうか?」
「『迷いの森』とは?」
「はい、方向感覚を失わせ、迷わせ、そして最終的には入ってきた場所に戻る魔法です。
魔力が多い者やエルフには効きづらいのですが、普通の人間であれば森を抜けることは困難でしょう。
元の入ってきた場所に戻るので森で力尽きるということもありません」
帯状に迷いの森化させれば、森を抜けて情報収集しようとする人間は防げるということか。
どうせアーネコス村から俺んちまでは一本道だからその道を通らざるを得ない。
俺んちにはエルフとドワーフなどの人種が多いから道を人が歩くだけで目立ちそうだ。
とはいえ、ウルが提案した迷いの森だがどうすればいいのやら。
そんなことを思っていると、
「ウル、迷いの森ってエルフの魔法って言ってたよな」
「はい、エルフの魔法になります」
エルフの魔法か……俺の頭の中のデータを漁ると、確かに迷いの森を作る魔法があった。
「俺も迷いの森は作れるみたいだな」
「そう言えばアリヨシ様は私たちエルフに作られたんですよね。
だったら使えてもおかしくないですね」
ウルが頷く。
「そういうことのようだな。
で、ウル、迷いの森と普通の森は区別がつかないんだろ?」
「そうです魔力が感知できる人間や感知できる物があれば区別は可能ですが、見た目だけならわからないと思います」
俺の頭に浮かんだ『迷いの森』を作る魔法「フォーロ」、遅滞戦術のために使うようだ。人が迷いエルフが迷わない森。
俺んちのアーネコス側をぐるりと囲むようにイメージして「フォーロ」を唱えた。
何も変わらないように見えるが魔力が帯状に広がるのがわかった。
森の木々にその魔法がかかる。
「フォーロ」は空には効かない。
だが人が木を越えるほど飛ぶことはできない。
俺んちの周りには目に見えない防壁が完成したようだ。
まあ、アーネコス側はクルーム伯爵領地のため、こっち側から攻められることは無いだろう。
ルンデル商会も街道を堂々と来るだろうしな……。
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