第78話 お土産を渡しました。
俺とベアトリスは大きな扉の前にたどり着く。
「ベアトリス様とアリヨシ様をお連れしました」
家令がそう言うと、
「入れ」
というオヤジさんの野太い声が聞こえた。
「おはようございます。お父様」
「お久しぶりです、ステファン様」
一応、屋敷内のためオヤジさんには敬語を使う。
オヤジさんは執務用の大きな机の前に居た。
「おはよう、ベアトリス。
久しぶりだなアリヨシ。
ところで新しいお菓子というのは……」
俺が手にした箱をガン見するオヤジさん。
「こちらになります」
俺は、箱をオヤジさんに渡した。
「悪いな、アリヨシ。アレがどうしてもと言ってな」
アレって、ベアトリスの母ちゃんのことなんだろうな。
「いいえ、作るのは簡単ですから気にしないでください」
すると、俺がプリンを出すのを見計らったように扉がノックされ、
「私です、入りますよ」
という女性の声が聞こえた。
おっとベアトリスの声に近い。
「ああ、入れ」
オヤジさんが言うと、ブレンダ様登場って感じでベアトリスそっくりの縦巻きを盛った美人が登場した。
おっと、ベアトリスには無いものがある。
俺がベアトリスの母ちゃんの胸を見ているのを気付いたのだろう、ベアトリスに袖を引っ張られた。
顔はちょっと怒っている。
悪い……。
「それが、ベアトリスが言っていたお菓子」
俺が持ち込んだ箱を見て言う。
それしか見ていないのね。
「ああ、今アリヨシが持ってきてくれた」
オヤジさんが言った。
「あなたが例のアリヨシさん」
ベアトリスの母ちゃんは値踏みするように俺をじろじろ見る。
「奥様、お初にお目にかかります。
ベアトリス様とお付き合いをさせてもらっております」
「お付き合いと言っても婚約もまだでしょ?」
「はい、後には認めていただこうと思っております。
ステファン様には『結果を残してから』と聞いておりますので。
まずそこからになりますね」
「ふーん、まあ頑張って」
あまり興味無さそうにベアトリスの母ちゃんは言った。
とりあえずファーストコンタクトはどうだろう。
さて、どういう印象を持ってもらったかな?
それよりもプリンらしい。
なぜか右手にスプーンが見える。
「あなた、あなた」
肘打ちをされるオヤジさん。
しかし、何をして欲しいのか気付かないオヤジさん。
「ステファン様、お菓子を召し上がってみてください」
俺のほうを見てナイスフォローって感じで笑うベアトリスの母ちゃん。
オヤジさんは箱を開け、中からプリンを出した。
そのプリンをベアトリスの母ちゃんは取り上げ、蓋を外す。
そして準備してあったスプーンでプリンを掬い取り口に含んだ。
「…………」
無言の数瞬。
「ベアトリスとの婚約を許します。
ですからあなた、ここに住みなさい。
何ならここの料理を取り仕切りなさい」
急に俺とベアトリスの話を進め始めるベアトリスの母ちゃん。
「「はぁ?」」
俺とオヤジさんが思わず声を上げる。
何を言ってるんだ? この人。
「お母さま、ダメです。
アリヨシ様は私たちのものです。
あげません」
ドンと立ち上がるとベアトリスは俺の前に立つ。
取られてはなるものか! って感じかな?
「こんないい物を作れる者を私の手元に置かないなど、あり得ません。
即刻この屋敷に住むべきです」
ドンと胸を張る。
ブルンと揺れるものがある。
「奥様、このお菓子の原料となる物がこの周辺にありません。
ですからここに私が居てもこのお菓子を作ることは無理ですね。
それにこの館に住まうとしても、私はステファン様を納得させる結果を出していません、ですから許可を頂けないでしょう」
オヤジさんを立てて言うと、オヤジさんはウンウンと頷く。
「でっ、ですが……このお菓子は……」
ふむ、ベアトリスの母ちゃんはプリンが食べたいだけらしい。
「お母様、アリヨシ様は『私の』婚約者になる方です。
お母様にはお父様がいらっしゃるじゃありませんか」
再びウンウンと頷いているオヤジさん。
「そっ、そうですね……でも、たまにはここに来るのでしょう?」
俺のほうを見るベアトリスの母ちゃん。
「ステファン様との相談があればですが」
と俺は言う。
「その時は……」
じっと見るベアトリスの母ちゃんに、
「はい、お菓子を持参するように心がけます」
と言うと、
「よろしい、良い婿が来そうですね」
満面の笑みでベアトリスの母ちゃんは去って行った。
オヤジさんのプリンを失敬していくのを忘れない。
結局、プリンの話しかしなかったな。
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