第66話 進化してしまいました。

 しかし、

「うっ、ん……、あぁ……」

 急にノワルが苦痛の声をあげると体が輝きだす。

「おい、大丈夫か?」

「あっ、うん、大丈夫じゃ」

 顔を顰めているノワル。

 大丈夫には見えない。

 苦痛で立っていられないのだろうか?

 うつ伏せになり、フウフウと大きく息をしている。

 何が起こっているのかわからず、オロオロする俺。


 陣痛が始まり出産を待つ夫? 


 俺は結局何もできず、

「大丈夫か?」

 と何度も声をかけ、

「大丈夫じゃ」

 の声を聞くだけ。


 どのくらい経っただろう。

「ピシッ」という小さな音がするとノワルの背に割れ目ができる。

 徐々にその割れ目が長くなり、割れ目から体液のような物が流れ出てくるとともに光り輝く。

「おぉ……」

 何がおこっているのか分からないけど、驚いて声が出た。

 背中の割れ目が広がると、コウモリのような羽が四枚現れ、一気に漆黒の鱗のドラゴンの巨体が出てくる。

「やっと抜けたのじゃ!」

 そう言って喜ぶノワルの声。

 それと共に光が収まる。


 ん? なんか違う。


 体が一回りと言わんばかりに大きくなり、なんか角とかも増えている。目が鋭くなり、見える牙も長くなっていた。

 羽が四枚になっている。

 んー強そう。


「おっおう、お疲れさん。

 とにかくデカくなったな」

 俺はノワルを見る。

われも驚いておる。

 脱皮するにしろ進化するにしろあと五百年は先だろうと思っておったからの。

 アリヨシと入っておった温泉が良かったのじゃろう。

 結局進化してしもうた。」

 そう言いながらノワルは人化した。

「ありがとうなのじゃ、アリヨシが居てくれたから心強かったのじゃ。

 脱皮は失敗すると死んでしまうからのう。

 まず無いといっても不安なのじゃ」

「だから、不安そうにしていたのか?」

 俺が聞くと、

「えっ気付いていたのか?」

 意外そうに俺を見るノワル。

「それなりに長い間一緒に住んでいるし、そりゃ気付くぞ。

 言わないから、ちょっと心配になった」

 俺の言葉を聞いて人化すると、

「うー、嬉しいのじゃ」

 顔が赤くなり目を伏せる。

 そしておもむろに抱きついてきた。

 幼さが消え、一人の女性になった姿。

 無かった胸が大層主張をしている。

 その体で抱きつかれるのだ。ちょっと困る。

 俺が胸をチラ見していると、

「おぉ、コレでグレアには負けぬな」

 ニヤリと笑う。

 何の勝負なんだ? 


「お前、この皮どうするの?」

 脱皮した真っ黒な皮が転がる。

「あれに仕舞うのじゃ」

 ビッと奥にある宝箱状のものを指差す。

 縦横高さが、一メートルぐらいの大きさ。

 ノワルはドラゴンの皮を引きずると、宝箱の方へ持って行く。

「お前人化したままでこんなに大きいものを引き摺れるんだな」

「意外と軽いのじゃぞ?」

 渡された皮は持っていないかのように軽かった。

 宝箱の中に入れると大きさ的に無理なはずなのに、すんなり中へ入っる。

「宝箱なんじゃが、結構便利での、押し込めば何でも入る」

 確かに、ノワルの巣にはほとんど何も無いな。

 宝箱一つと、転がる宝石が数個。

「引っ越しなんてすぐ終わりそうだな」

「引っ越しは口実、本音は皆の居ないところで脱皮をしようと思ったわけじゃ。

 アリヨシがついてくると言ったが、正直迷ったのじゃ?

 迷ったのじゃが、来てもらって良かった。

 安心できたのじゃ」

 ノワルの嬉しそうな声が洞窟に響く。

「なら、もう終わり?」

 俺が聞くと、

「ああ、終わったぞ?

 あとはその箱をアリヨシの家に運べば終わりじゃ。

 でもな、もうしばらくこうして居たいのう」

「グレアが羨ましがっていたな。二人っきりだって」

「今はグレアの事はいいのじゃ。われを見て欲しい」

 グレアは上目遣いで俺の顔を見る。

 俺は、俺を抱きしめるノワルの頭を撫でた。

「もう少し、このままなのじゃ」

 満足そうなノワルだった。

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