第27話 何とかしました。
おお、小太りで首にヒラヒラがついた高そうな黄色い服……貴族の坊ちゃんってあんな感じなんだ。
手には食べ物……鶏モモ肉? 食べカスや油が口の周りについている。
甘やかされてそうだねえ……。それが強そうなお付きを連れてドリスの家に居ると言う感じかな?
「あんな肉だるまじゃな。食べても油が多くて不味そうじゃ」
顔を顰めて吐き捨てるように言うノワル。
「いや、ノワル食べないでいいから」
俺も食べる気はないが明らかに不味そうだ。
「私が帰るまで待つと言ってましたから。待っていたのでしょうね」
その辺は律儀らしい。
「段取りは、俺は入口手前で止まるから、そこからはノワルと一緒に行ってくれ。
ドリス。何かあってもノワルが何とかしてくれる」
頷くドリス。
そして、
「ドリスのことを頼んだぞノワル」
ノワルを見ると、
「わかったのじゃ」
と頷いたあと、
「アリヨシよ、どこまでやって良いのかの?
殺しちゃいかんのじゃろ?」
と聞いてきた。
「ふむ、確かに……どの程度で良いんだろ。
殺さなきゃいいかな」
あまり考えずに答える俺。
「承知したのじゃ!」
俺は館の入口の前で止まりドリスとノワルを降ろすのだった。
ノワルとドリスが貴族の坊っちゃんのところへ進む。そしてドリスが報告を始めた。
「アントン様、お約束通り巨人を討伐して参りました。
そこに居りますのが討伐した巨人です。
従属したため一度連れてきました。
報告の後に帰らせますのですぐにご確認を」
ドリスの言葉を、
「倒してないなら、約束を守ったことにはならん!」
と言って跳ねのける。
あー、自分の思い通りにならないから、駄々をこねたかな?
「アントン様がおっしゃったのは『巨人を討伐してこい』ということ。殺せとは聞いておりません!」
反論するドリス。
坊ちゃんはドリスの隣にいるノワルを見た。
そしてニヤリと笑うと、
「この者は?」
とドリスに聞いた。
「巨人の巫女です。あの巨人を慕い仕える者です」
ドリスの報告を聞きながらノワルの周りを歩いて舐めるように見る坊ちゃん。
「なかなかの美形だな。この歳から鍛えれば……」
坊ちゃんがニヤリと笑うと、
「この者をお前の代わりに差し出せば今回のことは無かったことにしてやろう」
ドリスに言った。
「それはやめてください! あなたがどうなろうと好きなようにすればいいと思いますが、この村が破壊されるのは困ります」
必死になって村の事を心配するドリス。
まあ、ノワルの実力を少しでも見てたらそうなるよな。
「このような娘に村が破壊できるはずがあるまい?
どうじゃ、娘! 私の所へ来ぬか?」
坊ちゃんがノワルに近づき、手を取ろうとしたとき、
「嫌じゃ! なぜ、お主のような肉ダルマと一緒に行かねばならんのじゃ!」
そう言ってノワルの手が霞むと腰が入った綺麗な右フックを打ち込む。
ただ、そのフックは当たらず「チッ」と掠るような音。
次の瞬間坊ちゃんが膝から崩れ、前のめりに倒れそのまま動かない。
ノワルは坊ちゃんの顎に拳を掠らせ意識を刈り取ったのだ。
器用だねぇ……。
おっと、ノワルが俺を見上げて腰に手を当てるとドヤ顔である。
唖然とする騎士たち。
数瞬の後、
「アントン様、大丈夫ですか?」
騎士の隊長らしき男が坊っちゃんに駆け寄る。
気絶していることに気付き、坊っちゃんを揺するが坊っちゃんは起きない。
呼吸と心音を確かめ生きていることを知り安堵する。
「娘! アントン様に対してなんということを!」
と文句を言う騎士たちだが、
「その肉ダルマが
ノワルが正論を返す。
「アントン様の事を肉ダルマとは……。皆の者その娘を捕らえよ!」
ノワルに騎士たちが群がるが見事なスウェイで躱したあと「チッ、チッ、チッ、チッ」と音がするたびに騎士たちは糸が切れた人形のように崩れ落ち、さほど時間も経たずに騎士たちが全員意識を失うことになる。
「殺さないにしろ結構やらかしたんじゃないか?」
結果を見て呟く俺に、
「しかし、
人を殺していないことを強調するノワル。
「そこは偉いと思うぞ。
お前の力であの程度を殺さなくするのは大変だろ? 偉い偉い」
俺がそう言うと、
「そうなのじゃ、
ねだるような目のノワル。
「ああ、わかってるよ。家に帰ったら撫でてやるからな」
と言うとノワルがニッっと俺の方を向いて嬉しそうに笑った。
「アリヨシ様、どのようにしましょうか?」
ドリスが不安げに俺を見上げた。
「恐怖で心を折ってしまうのが良いんじゃない?
そうだなあ、俺とドラゴン化したノワルの間で目を覚ましてもらうとか……」
俺は腕を組んで考える。
「んーでもそれじゃドリスに矛先が向きそうだから……ノワルは人化したままでいいか?
ノワルに坊ちゃんを起こしてもって、俺の攻撃の寸止めとノワルの攻撃……ノワルの攻撃はキン〇マをぎりぎり外す程度でお願いします。
で、強引に『もうドリスにちょっかい出しません』的な書類を書いてもらうって流れでどう?」
「アリヨシ様、でしたら公式な契約書を作成しましょう。
そうすれば『そんな記憶がない』と言われても効力を発揮します。
契約書用の皮羊紙もこちらにありますので」
ドリスの手際が言い。
「さすが、ドリス。よく知ってる」
「いえ、それほどでも……」
ドリスはなぜか赤くなって俯いた。
ドリスが書類を作り終わると、俺は坊ちゃんをつまみ館の外へ運ぶ。これで起きないのもいかがなものかと思うが……。
俺の前に坊ちゃんを寝かせるとノワルが木の棒でツンツンと突っつくようにして坊ちゃん起こした。
「ん? なんだ?
なぜこのようなところで私は寝ている?
確か、その黒いドレスを着た少女の前で……」
斃れる前の状況を思い出そうとする坊ちゃんに、
「肉ダルマ、やっと起きたのか?」
ノワルが坊ちゃんに話しかけた。
「肉ダルマとは誰だ!」
坊ちゃんが言い返すが、
「お前の事じゃ! 自分をよく見てみろ! 見事な肉ダルマじゃろ?」
みるみる坊ちゃんの顔が赤くなる。
そして、
「バカにするなぁ!」
と両手を上げるが、
「バカにはしとらんのじゃがな……」
と言った後、
「さて、それでお主に頼みがある。この書類には『今後一切、ドリス・ベックマンに手出ししません』って書いてあるのじゃ。サインをしてもらえんかの?」
と、坊ちゃんに書類を差し出すノワル。
「嫌だと言ったらどうなる?
俺は伯爵家の次男だぞ?
こんな小さな村をどうにかするぐらい簡単なんだぞ」
典型的なバカ息子のようで次は親の威光を使う。
「そうじゃのう、嫌だと言ったら……」
ノワルの言葉に合わせて俺は大きく振り被って拳を打ち下ろし、坊ちゃんの顔の直前で止めた。
拳圧だけで坊ちゃんがごろごろと転がる。
「あの拳でミンチにされるか……あとは……」
ノワルが大の字に転がる坊ちゃんの股間を狙い踏み抜いた。ちゃんとキン〇マはぎりぎり踏まない程度で……。
「ベコン」という音がすると、ノワルの足が足首あたりまで地面に埋まる。
「
で、どうする?」
ふと見ると坊ちゃんの顔は青ざめていた。
そして、股間から液体が……。
「はようせい!」
ノワルが言うと、
「書く! 書くから……許して!」
恐怖からか鼻水を流しながら泣き出す始末。
ドリスが羽ペンにインクをつけて坊ちゃんに渡すと、坊ちゃんは震える手で自分の名をサインしていた。
アントン・クルームね。
「もう、ここにおる必要は無かろう?
騎士たちを起こしてさっさと帰るがよい!」
ノワルがそう言うと、坊ちゃんは急いで騎士たちを起こし始めた。
しばらくすると全員起きたようだ。
「肉ダルマよ、
親に縋って軍で来ようが、
それを考えて勝てると思えば遠慮せずに復讐に来るが良い」
ノワルがそう言うと、
「こんなバケモノが徘徊するところに二度と来るか!」
そいう言って村を離れていった。
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「さて、終わったね」
アリヨシ様がパンパンと手を払いながら言った。
それに合わせて、
「終わったのう」
とノワル様が頷く。
そして、
「終わりましたね」
最後に私が言う。
アリヨシ様のお陰で、私はあの男の所へ嫁がずに済んだ。
そんな事を考えながらアリヨシ様を見上げていると、
「じゃあ、帰るな」
と言った。
「えっ、もう?」
私は思わず言ってしまう。
「ドリスの求婚話は無くなっただろ?
それに、この体だ。
ここに居ても寝られないからね」
自分の体を見ながら言うアリヨシ様に、
「そうですか……」
はあ、とため息をついてしまう。
「まあ、念じると話できるし……」
と、元気を出すように言うアリヨシ様。
そして、ドラゴンの姿で私の顔を覗き込むようにして、
「我も友達じゃから、たまには来るぞ?
それともアリヨシのほうが良いか?」
と聞いてくる。
「それは……」
いきなりの問いに言葉が詰まってしまった。
「モジモジしておるということは図星かのう?」
私の心を見透かしたノワルさんがニヤリと笑う。
「まあ何かあったら来るよ。
俺は暇だから、相談でもなんでも受けるから遠慮するな」
アリヨシ様は巨人なのに優しく私に言ってくれた。
私が、
「はい」
と言う返事をすると、アリヨシ様はノワルさんを肩に乗せると家へ帰り始める。
何だか羨ましい……。
私はアリヨシ様が見えなくなるまでずっと見送っていた。
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