気象変更ボタン

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気象変更ボタン

"ピーンポーン"


インターホンがなり、俺は玄関ドアを開けた。


「初めまして。海空りくさんでよろしいでしょうか。気象庁の天月宇宙と申します。突然の訪問ですみません。少しお話よろしいでしょうか。」


気象庁が俺なんかに何の用だろうか。

そう思いながらも、断る理由がパッと思いつかず、気にもなるので話を聞くことにした。

俺は天月さんを家に入れ、お茶を出した。

俺が天月さんの前に座ると、天月さんは話を始めた。


「早速ですが、本題の方よろしいでしょうか。」


「あ、はい。」


「こちらのボタンを使って海空さんに世界中の天気を操作して欲しいのです。」


俺は意味がわからなかった。

天気は操作するものじゃないだろう。

やっぱり気象庁というのは嘘で、詐欺師かなんかだろう。

だが、『天気を操る』とは何なのか。

俺には妙に惹かれる言葉だった。

俺は無意識に返事をしていたらしい。

気づいた時には手元にボタンがあった。


「それでは海空さん、よろしくお願いします。」


それから詳しくボタンについて話をしてもらった。

まずは気象変更ボタンについて。

政府が極秘で進めているプロジェクトだとか。

でもそんなものを一般庶民の俺になぜ任せるのか。

いつでも天気を変えることの出来る無職の人間で、学歴等を総合的に見て、任せるべき人間が俺だったらしい。

そして仕事内容。

勿論、天気を操作すること。

それに伴い注意すべきこと。

急に天気を変更すると、空の動きが不自然になる為、雲の量の調節、降水量の調節等が必要となる。

調節はボタンを回すことで出来る。

業務を放棄した場合、罰則を課せられる。

他言した場合にも、罰則を課せられる。

罰則の内容は伏せられた。

そして給料。

月収200万円。

どうやら精神的にもきつい仕事で高給料らしい。

こんな楽しそうな仕事、俺にはそうは思えないが。

話終えると、天月さんに釘を刺されるように繰り返し言われた。


「業務は絶対に放棄しないこと。他言も絶対にしてはいけません。」


「はい、もちろんです。」


契約書にサインをすると、天月さんは帰っていった。

まだ、ボタンに対して半信半疑だった俺は、早速雲のマークが描かれたボタンを押してみた。

すると、陽の光が差し込んでいたワンルームが、段々と暗くなっていった。

でも曇るくらい偶然かもしれない。

俺は雨のマークが描かれたボタンを押してみた。

窓の外を見ると、ぽつぽつと雨が降り出した。

ボタンを回して雨の量を増やしてみる。

俺がボタンを回すと共に、雨足は強くなった。

このボタンは本物かもしれない。

でもまだ、心のどこかでは信じきれなかった。

そうか、今は夏だ。

俺は雪のマークが描かれたボタンを押した。

すると、夏の空に雪が降り始めた。

俺は未知の道具と出会ってしまった感動のような感情と共に、本当に僕に使いこなせるのかという不安感、重大なことを任された喜び、様々な感情が混ざり、少しの間混乱してしまった。


夕方、ふとテレビをつけてみた。

いつも見るニュースだ。


「続いては、明日の天気です。今日は雲ひとつない青空から一変し、予定外の急な雨、そして季節外れの雪が降りましたが、明日は全国的に一日中晴れの予報です。」


天気予報が終わった後も雪の話が続いた。


「今日昼頃、季節外れの雪が降りました。今日の昼頃の気温は30度を超えていましたが、突然の降雪により街はたくさんの戸惑いの声があがっています。」


俺が信じられずに、確認のために軽い気持ちで押してしまったボタンひとつで、世界の常識が変わってしまうかもしれない。

無闇にボタンを押してはいけない。


慎重に、慎重に。

雨にする時は事前に雲を出す。

雲の量を少しづつ増やして、雨を降らせる。

始めはぽつぽつと少ない雨。

段々と降水量を増やす。

時には風を吹かせて。

雨を無くして、雲を少しづつ無くす。

そして晴れにする。

冬には雨と雪の使い分け。

気温をよく見て、湿度をよく見て。

慎重に、慎重に。


はじめは順調だった。

でも段々と精神が参っていく。

楽しそうだなんて、余裕だなんて、全くそんなことなかった。

軽い気持ちでやっていい事ではない。

俺にはこの仕事を続けられない。

気がつくと俺は天月さんの名刺を手元に、天月さんに電話をかけていた。


「もしもし、海空です。天月さん、俺この仕事辞めたいです。」


「海空さん、契約内容、忘れましたか。仕事を放棄した場合は罰則を課せられる。辞めることはできませんよ。」


そう言うと、天月さんは電話を切った。

だが、俺は精神的にも体力的にも限界が来ている。

夜も天気を管理するため眠ることは出来ないし、少し睡眠時間を取れたとしても、また朝早くに起きる。

そんな生活、もうできない。

生きている気がしない。

俺は無意識にボタンを棚にしまっていた。


それから俺はボタンなんて無かったかのように生活をしていた。

精神も安定して体の疲れもとれた。

ボタンの存在を忘れようとする度、ボタンの存在は薄れていく。

俺はもう、ボタンの存在をすっかり忘れてしまった。


でも勿論、俺が天気を操作しなければ、誰も操作する人はいない。

俺が最後に押したボタンは晴れ。

ボタンの存在を忘れた俺は、曇りや雨のない日々を不思議に思うだけだった。


次第に世界中の水分は蒸発し、作物は枯れきって、動物たちも生きてはいけなくなった。

砂漠地帯となった地球で、今生きている人間はどれほどいるのだろうか。



"ピーンポーン"


「気象庁の天月宇宙と申します。こちらのボタンを使って貴方にこのホシの天気を操作して欲しいのです。」


ほんのひと握りの人間は、火星に移住したとか。

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