1章3節
1章3節
光を閉ざした洞窟の中、モルゼ上等兵とアロン一等兵の2人は、敵の仮拠点と思われる野営地を見つけた。いくつかの荷物が置かれ、寝袋が敷きっぱなしであった。
(ここにはやはり拠点があった、ということは敵が近くにいてもおかしくはない)
2人は目を合わせると、ハンドサインでお互いの行動を決めた。モルゼは奥に敵がいないか確認、アロンは敵の拠点の調査を行うことにした。
(ここなら奥に潜入するよりは安心だろう)
自らを敢えて危険な方に選んだのは、モルゼなりの優しさであった。そんなモルゼの意図に気がついたのか、申し訳なさを感じつつ、アロンはモルゼへ感謝していた。
ここの洞窟は入り口は細い道になっているが、しばらく進むとドーム状になっている広い場所に出る。そしてその中心に入って右側にそこそこのサイズの穴があり、拠点はそこで見つけた。
だが気になったのは突き進んだ先、そこには木でできたアーチのようなものがあり、何かあるような気がしてならなかったのだ。
(そういえば、この山は確か神話に出てくる悪魔が、神に封印されたなんて言われていたような)
この山では戦前、遺跡の発掘が頻繁に行われていて、神話に関わる貴重な遺物が発見されていた。その作業に科学族は酷使させられていたため、科学族は神話に詳しいものが多く、モルゼもその1人であった。
(幼い頃に遺物のスケッチをやらされていたのが懐かしいなあ)
これもその類だろうと思いながら、モルゼは足を進める。
ひたすら続く暗闇になれてしまうほど、無心に足を進めていくうちに、それは聞こえてきた。
「おーい、助けてくれー」
助けを呼んでいるとは思えない気の抜けた声で、その言葉は聞こえてきた。
(なんだ、もしや捕虜か)
「君だよ、そこの銃を持った君、聞こえないの?」
モルゼはその声に憤りを感じた。助けて欲しいにも関わらず、この科学族がいるとわかるように助けを呼んでいるからだ。助けてくれだけなら、まだ独り言として誤魔化せるからである。
(頼む、口を閉じてくれ。敵がいれば見つかってしまう)
モルゼが急いで声のする方へ走ると、目の前に禍々しい台座が見えてきた。
「おーい、そこの――」
そう言い始めた途端に、モルゼの後ろから電撃が放たれた。
「くっ、敵か」
電流が体に走るのを感じながら、モルゼは後ろを振り向く。暗い洞窟の中で、敵の魔法使いが作り出したと思われる、火の玉が輝いているのが見えた。
「こんなところに人がいるとは、この盗人め」
敵の魔法使いはそういうと、杖を振って攻撃を放つ。それに対し、モルゼも手に持つ銃から鉛玉を連射した。
双方の攻撃は命中し、モルゼは火を全身に浴び、悶えた。
「うわっ」
幸いにもモルゼの戦闘服は防火性能に優れていて、火がつくことなくすぐに消えた。火の粉を払って、モルゼは相手の方に目を向けた。
「2対1とは……」
魔法使いはモルゼの放った弾丸を直撃してもおかしくはなかった。しかし、もう1人の敵がこれを防いだのだ。
「ふう、危なかったぜ」
敵は落ち着いた口調でそう言った。害虫にトドメを刺すような、自らの優越をしっかりと確信して、続けて言い放った。
「猿め、これで終わりだ」
杖を構えて2人はモルゼにトドメを刺そうとする。その前にモルゼは持っていた手榴弾を構え、敵に投げた。だが、男に勝利の女神が微笑むことはなかった。
「何っ――」
敵は構えていた杖から風、それもかなりの強風を生み出して、モルゼが投げた手榴弾を跳ね返したのだ。
洞窟の静寂は爆弾によってかき消され、モルゼは暗闇に沈んだ。
「やったか?」
「やったさ、こんな奥深くまできちまった、早く拠点に戻るぞ」
魔法使いたちは火を浮かべて光を生み出し、元の道を辿って行った。
「ああ、やっぱり負けちゃったか」
虫の息であるモルゼに、先程の声がまた問いかける。
(お、お前のせいで……)
「あ、やっぱり怒ってるか、でも治してやるから大丈夫さ」
声は陽気に話しかけている。まるで肩でもぶつかってしまったかのような、気楽な感じであった。
「治す、治すだと?」
枯れた声でモルゼが話す。
「そう、俺が受肉した後で、つってもルームシェアみたいなもんだけど」
「は――」
モルゼはそう言った直後、ある違和感に気がついた。なぜ先ほどの魔術師達は、自分1人を仕留めただけで済ませたのだろうか、もしここに本当に人質がいるのなら、逃げていないか確認するはずである。
そもそも連中は捕虜なんて捕らえるわけがない、捕まったらその場で殺されるのがオチだ。ましてやここにあるのは牢屋でもなんでもない、あるのは台座だけ。
そう考えているうちに、モルゼは強烈な目眩に襲われた。貧血の人間が急に立ち上がって感じるそれの、比較にならないほどの衝撃に、モルゼは意識を殴りつけられた。
「ここには誰もいなかった、ならお前は……」
「俺はサマル、暇な悪魔さ」
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