1章2節

1章2節

 ヌルシナイ大陸、レッドマウンテンの麓に、新国家軍の小隊の1つがいた。


 科学族の国を作ると意気込む兵士たちは、開戦当初は士気に溢れていた。いよいよ自分達の国ができる、とうとう不平等な扱いから抜け出せると。


 作りたての新型小銃を携えて、我こそはと勇敢に戦線へと送り出されていった。科学の勝利を信じて、希望と弾薬を込めた中で、戦いに貢献しようとしていた。


 だが大志を抱く兵士たちに、魔法使いとの格差という名の現実が牙を向けた。


 物資ゼロで戦いを継続できる彼らは、機動力に優れ、補給不足をものともせず、科学の戦士たちを地獄に送り出した。


 この小隊もまた、地獄へ赴く任務が下され、一同は無言で絶望していた。


 小隊の隊長である、曹長の階級章を肩につけた、ベテランの雰囲気を醸し出す男が、若い兵士たちに指令を下していた。

 

「我らは予定通り、レッドマウンテンの洞窟を攻略する任務を遂行する。皆、心してかかれ」


「「はっ!」」


 若い兵士たちは声を張り上げ、上官の指示に応答した。銃を握る彼らは、先に戦った同胞がどうなったか耳にしている故か、目には影が宿っている。 


 このゲイル曹長率いる部隊、5名ほどのメンバーの中に、モルゼ上等兵はいた。彼は他の皆と違い、初めから熱意などなかった。


 この男は大した特技もなく、やり遂げんとする目標もないがために、惰性で軍へ入隊した節がある。科学の国などどうでもよく、ただ俸給の高さがきっかけで入ったので、正直に言えば戦争の勝敗にそこまで固執してはいない。彼には生きることへ執着を持ってはいなかった。


 (死ぬ、この作戦で俺は殺される……)


 だが生き甲斐がないこんな男でも、これから死ぬことを完全に覚悟できてはおらず、無茶な命令で死ぬことに対して不満を抱いていた。


 (やり残したことはない、何も未練はない、そのはずなのになぜだ!)


 モルゼは行進を一切の乱れなく、正確に行なっていた。しかし抱える小銃は、静かに震えていた。他の4人もそうだった。


 やがで小隊は作戦を行うとされる、暗い洞窟の前に辿りついた。ゲイル曹長は周囲に見張りがいないことを確認すると、身を隠していた茂みから姿を現す。曹長の送った合図で他の隊員も茂みから出始めた。


「聞けい、これより2人1組、ツーマンセルで作戦を行う。モルゼ上等兵とアロン一等兵は先に洞窟の様子を探れ」


 曹長は周りに声が響かないように、最小限の声量で話した。


「「了解」」


 モルゼとアロンの2人が小さく呼応した。モルゼの返事はしっかりとしたものであったが、内心は斥候にされたことに焦りを覚えていた。


 一方、アロンの声は若干掠れていた。呼吸はかすかに乱れ、周りからはかなり緊張しているように見えた。


「落ち着け、死ぬと決まったわけじゃない」


「は、はい……」


 アロン一等兵は、モルゼの後輩で面倒を見た間柄であった。稀にではあるものの、食事や遊びに行った事もがある、そんな仲だった。


 そんなモルゼの励ましを受けて少し落ち着いたのか、アロンは肩の力が抜けていた。

 

 モルゼは口ではああ言ったものの、敵がいるとされる洞窟を制圧する。その任務についただけでもついていないのに、その上に索敵を任されるという己の不運を呪っていた。


 (ああ、今度こそ本当に終わった)


 モルゼは自分でもあまりポジティブな性格とは言えず、むしろネガティブだと考えていた。そんな性格でなかったとしても、この状況には絶望していたに違いない、そんな風に思った。


 ただモルゼはこの時、絶望とは違う感情を抱いている、そんな気がしていた。沸々と心の中に溜まっている不満のような何か、それの熱量を確かに感じていたのだ。


 (まあどうせ死ぬから関係ないか)


疑問をかき消して、モルゼは作戦の準備を進めていた。ブーツの紐を結び、銃弾をこめ、ヘルメットを頭に深く被った。洞窟の中の暗さは、まるでモルゼ自身の行く末を示しているように見えた。


「頑張りましょう、先輩」


「ああ」


 最後に暗視ゴーグルの点検を終えると、2人は準備完了を告げた。 


「準備完了しました」


「了解、こちらも完了しました」


 両名が準備を完了させると、ゲイルは手でゴーサインを送った。


 そのサインを確認すると、2人は洞窟の脇から中を確認し、自らその暗闇へ吸い込まれていく。頭につけている暗視ゴーグルを目にかけ、2名の兵士たちはその手に持つ小銃に全てを委ね、闇を掻き分け始めた。


 暗闇の中では本来は音などに頼らなければならないが、新国家軍の開発した暗視ゴーグルのおかげで、兵士たちは闇の中でアドバンテージを得ることができていた。恐るべき魔法族でもできなかった暗視を、科学者たちは先に会得することができたのだ。


 けれどもモルゼは勝てるなどと慢心をしてはいなかった、いくら暗闇でも近づき過ぎれば気付かれる上に、不意打ちに失敗して戦闘になれば無傷では済まないことは明白だからである。捕食者に怯える獲物のように、ゆっくりと進んでゆく。


 


 

 




 

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