第一話

「ソル様、またお洋服が乱れています。ルーメン王国の王子なのですから身だしなみには気を遣ってください。」

「だってこんな服、堅苦しくて丸一日中ちゃんとしてるなんて無理だよ。」

僕の使用人は、はあ…とため息をつき、ちらりと僕の後ろを見た。後ろには、身だしなみをきちんと整え、姿勢良く座っている僕の双子の姉であるルナがいた。ルナは微笑むと、

「ダメじゃない、ソル。あなたの使用人を困らせちゃ。私だったらそんな下品なことはしないのに。」と言った。すかさず僕は、

「けど、ルナだって僕と二人きりの時は…」

「今よりもずっと、ちゃんとしてるわよね!ね!ソル?」

僕が言い終わる前にルナに遮られた。ルナは「余計なことを言うな」と言うように僕を睨んでいる。でも僕は知っている。ルナは、姉は、僕よりもひどくそして最低な姉だと。


 特に今朝はいつにも増してひどかった。僕たち二人はいつものように城の中庭で遊んでいた。ルナは中庭の木に登ってみたり、落ちている小石を壁にぶつけたり、ドレスを汚しながら遊び回っている。

「ねえルナ、そんなに暴れたらまた怒られるよ。」

「うるさいなぁ。ソルは弟なんだから姉である私を尊重しなさいよ!」

よくわからないことを言い、僕の忠告を全く聞こうとしない。使用人やお母様に怒られるのは、いつも僕だからやめてほしいと思うが、やめてと言って聞いてくれる相手ではない。

 そこらへんの物を一通り遊び尽くしたルナが次に目をつけたのは、綺麗に磨かれたガラスの像。その大きなガラスの像は、お母様が僕たちの次に大切にしているライオンの像。心が傷ついたり、暗い気持ちになった時に和らげてくれるお母様のお守りだ。

 何を思ったのか、ルナはそのガラスの像に飛び乗って遊んでいる。

「あっ!」

姉の声が聞こえ、見てみると、ライオンの尻尾がぽっきり折れている。止めるのが遅かった。

「ちょ、ちょっと触っただけなのに……。私、やってないからね!」

姉は震えた声で言い、この場から逃げ出してしまった。


 そして現在、ルナは猫をかぶっている。

「あっ、そういえば、」

ルナは何かを思い出したように言った。僕から睨みつけていた目を離し、使用人へと目線を戻す。

「今朝、ソルが、お母様の大切にしているライオンの像を壊してしまったんです!」

「僕じゃない!ルナ!僕に罪を押し付けるな!」

一瞬耳を疑った。僕が壊しただって?

「ルナ様、それは本当ですか?」

「ええ。この目しっかり見ました。」

「僕じゃな…」

「本当なのですね?今皇后様に話してきます。」

咄嗟に否定した僕の言葉は使用人の耳には届いていないようだった。姉は満足そうな笑みを浮かべている。本当はルナがやったのに…。こんなずる賢い姉が僕は大嫌いだ。

 しばらくすると、お母様を連れた使用人が帰ってきた。お母様は怒りと悲しみに満ちた目でこちらを見ている。

「ソル!私があの像を大切にしていることをあなたは知っているでしょう!あなたには失望したわ!」

そして何も関係のない僕への説教が始まった。冷静さを失ったお母様は、泣き叫ぶように怒鳴っている。

「私はあなたの行動がいつも気に掛かってたのよ!ルナのようにルーメン王国に相応し振る舞いができないの?それにしてもこの前だって…」

もうこれ以上聞いてられなかった。なんで僕が怒られなきゃいけない?なんで僕がお母様をがっかりさせなきゃいけない?僕は説教の途中で逃げ出した。城の外に出て、町の外に出て、怒りに身を任せてどこまでもどこまでも走って行った。もう二度とあんなところに戻るもんか!


どこまで走っただろうか。周りには見覚えのあるものが一つもない。ソルは暗く湿った森の小さな空き地の中にいた。城や町とは全然違う。

走り疲れて休んでいると、近くの草むらが、ガサゴソと鳴った。

「誰だ!」

見知らぬ土地で不安になった僕は声を張り上げる。すると、急に後ろから押され、僕は倒れ込んだ。急いで起きあがろうとすると首にナイフを突きつけられた。身動きが取れない。後ろにいる相手の姿も見ることができない。

「侵入者!何しにきやがった!」

相手の声がした。その声は大人ではなく、僕と同じくらいの少年の声だった。

「そのナイフをどけろ!さもないと…」さもないと、僕の護衛がお前の喉をかき切るぞ……と言いたかったが、今の僕には護衛もいない。

「さもないと、なんだ?命があぶないってか?それはお前の方じゃないか?のこのこと俺たちの縄張りに来たんだからなぁ?」

しばらくこの状態が続いた。僕はもちろん、相手も何かしようとすることはなさそうだった。

「お前、こんな隙だらけの俺を何もしないということは、襲いにきたわけじゃなさそうだな。」相手はそう言うと、僕の首元のナイフをしまった。

身動きが取れるようになって、初めて相手の姿を見ることができた。驚いた。振り向くと自分と瓜二つの人が目の前に立っていた。小柄で、癖っ毛気味の茶髪や身長までほとんど一緒だ。

「やあ、俺はソル。ソル・ウンブラだ。お前は?」

「ぼ、僕もソル。一応ルーメン王国の王子だよ。」

「ルーメン王国?うわっ!本当に敵だった…」そう言うと、相手のソルは焦ったそうに頭をかいた…

「にしても呼びにくいな。同じ名前だから。『ウンブラ』みたいな下の名前はないのか?」

「多分ない。だけど、王位についたら『ルーメン』の名をもらえるよ。」

「じゃあそう呼ぼう。俺はお前のことをルーメンと呼ぶ。お前は俺のことをウンブラと呼べ。」

その後、少しだけお互いに話をした。ウンブラは、名前の通りウンブラ族の一員で、僕と同じように家出をしてきたらしい。

「だって、仲間のために働けってうるさいし、戦闘民族だから毎日の訓練も厳しいし、仲間は意地悪だから、俺のこといじめてくるし、もう嫌になった。」

「でも、全く思ってもないことを言わなくてもいいんだろ?身だしなみとか、周りの目とか気にせずに暴れ回れるだろ?」

「確かに、思ってもないことを言ったことはないし、暴れ回ってないと逆に怒られる。」

少しの沈黙の後、ウンブラが口を開いた。

「…そういうお前はなんで家出したんだよ。王城なんて不便なことないだろ?それこそ何やっても怒られないんじゃないか?」

「そんなことはないよ。ルナっていう最低最悪な姉がいるし、いずれは一国を担う王になるからって、礼儀や作法はもちろん、興味のない勉強までさせられるからね。」

僕がそう言うと、ウンブラは何か考えるかのように下を向いた。静かな森の中、鳥の警戒する鳴き声が聞こえた。

「なあ、ルーメン。良いことを思いついた。」

ウンブラがイタズラっぽい目をしてニヤリと笑う。

「俺は、お前のような王族・貴族の暮らしに憧れていた。そしてお前は、この俺のような暮らしに憧れている。」

ウンブラは「そうだろ?」と言うようにこちらを見る。

「それでだ。一日だけ、お互いの生活する場所を交換するんだ。俺はお前の城。お前は俺の村で。」

生活する場所を交換する?僕はウンブラの言ってることを理解するのに時間がかかった。とても良い考えだ。ただ、それと同時に少し不安も頭に浮かんだ。

「え?そんなことしても大丈夫?ばれちゃうんじゃ…」

「大丈夫だ。ばれやしないよ。だって、俺とお前では、目の色と服装しか違うところがないから。」

確かにそうだ。まるで、鏡を前にしているかのようにそっくりなんだから、並大抵のことじゃばれることはなさそうだ。

「太陽がもうここから見て、あの太陽と逆の方向に真っ直ぐ進むとお前の城。逆に、今太陽がある方向に真っ直ぐ進むと俺の村だ。太陽がもう一回沈んだ後の次の朝にここで集合だ。」

ウンブラが指をさしながら言う。それじゃあ僕はこれから、沈みかけている太陽の方向に進んで行くんだ。僕はこれからの村の暮らしに胸を高鳴らせた。

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