場面.18「エリミナント」

カルテカを追ってアリスが見たもの。それはピンクとパープルの何かだったが、それが機械だらけの廊下をあちこち飛び跳ねて移動し、それに合わせて頭を機敏に動かすカルテカが定点で身構え、それはまるで両者の捕獲戦とでもいうべき光景だった。


その何かの移動は異常にすばやく、しかも時々消えかけるような有り様で、カルテカはそれが留まるのを待ち構えているような格好で止まっていたが、アリスにはそれが何か直ぐに分かった。ストライプ柄のネコ。ピンクとパープルのシマネコだ。


それはまさしくカルテカの宝物を落とす、というかその足跡がチケットになるらしい、あのネコに間違いないとアリスは確信したが、それならそれでシマネコが出口になったりはしそうにないと、がっかりした気持ちになった。


それともシマネコを捕まえて、それを抱きしめたりしたら、とたんに移動がはじまって終わりになったりするのだろうか。もしもそうなら、暴れられたり爪を立てられたりで、とんでもない苦行になってしまうとアリスは早々とウンザリしてしまった。


すっかり臨戦態勢のカルテカの横で、すっかり休戦体制になったアリスは、とにかくシマネコが止まらなければ、どうにもならないと静観する事にしてアロノンを見ると、その表情から同じ気持ちなのが分かった。


辺りを見回すと本棚は無く、同じボトルズメイルとは思えない様子の違う場所だったが、いくら大急ぎで走ってきたとはいえ、どこか途中で透けてる壁を超えたという実感はなかった。


廊下の先に見えている幾らか広そうな空間へとこのまま進んで、出口を探したいという気持ちのほうが強くなってきたアリスだったが、かと言ってカルテカを置いていく気にもなれず、いよいよ腕組みをして棒立ちになったとこで、壁に無数にある何かの機械らしい突起の一つにシマネコは飛び乗って、そこで背中を丸くした。


それできっとカルテカは突進するだろうと思って見ると、どうやら視線はシマネコにではなく、廊下のあちこちをキョロキョロと探っているのが分かった。


なるほどそうだ。目的はシマネコではなくその足跡だったと、アリスは思い出し辺りを見回すと、自分の直ぐ足元に一つ二つ、それが残っているのを発見した。


そこでそれを教えようとカルテカを見たが聞く耳を持たない様子で、それならとアリスはかがみ、足跡の一つを引っ掻いてみた。


しかしそれが剥がれるような様子はまったく無く、それどころか足跡が掠れてしまい、余計なことをしたかとドキドキしたところにカルテカが近づいてきて、例の秘密の指立てをしながら「べったりバッチリな形じゃないとダメ」とアリスに言った。


どういう事かと首を傾げながら改めて足跡を見ると、確かにそれは肉球部分がそれぞれ離れて付いている、つまりはべったりじゃない足跡で、これじゃダメという話なのだと理解した。


すると「お!」と言いながら少し離れた床に移動したカルテカを目で追うと、そこにはカルテカが言うバッチリな足跡が一つあり、その端をつまむような仕草をしたかと思うと、それが見事に剥がれていきながら同時にあのチケットへと変化した。


仮想世界であるとはいえ、その不思議な光景に目を見張りながら、アリスは途端に自分も剥がしてみたいと、にわか収集家の情熱に包まれて、今度は熱心にそして注意深く、バッチリな足跡を探して目を凝らした。


しかしその集中はシマネコが発した言葉によって中断され、そもそも話すと思っていなかったアリスは心底驚いてしまった。


「なんだい、それは、キミたちには要らないだろ」と、甲高くそして傲慢な感じのその声に、絶対好きになれないだろうと思ったアリスだったが、それにはすかさずカルテカが「いいから歩いて」と言い放ち、アリスとアロノンは笑ってしまった。


シマネコにしてみれば、その応答が意外だったらしく、猫目を縦に細く絞りながらヒゲをピンと伸ばしてカルテカを凝視した。


応戦に使えそうなものを何も持っていないこの状況で、もしも飛びかかられたら、ひとたまりもないと危惧したところで、その予想が当たってしまい、シマネコがカルテカに飛び乗り、肩から頭から、果ては体に巻き付くように、奇妙な動きでカルテカをぐるぐると駆け散らかして、さっと別の壁に飛び戻った。


そんな事をされている間のカルテカはというと、なんともズルそうな笑みを浮かべながら、されるがままに直立していたが、シマネコが離れたところで、その目論見をアリスは知った。


カルテカの服のあちこちが足跡だらけになっていたのだ。


なんという策略家だろうと感心しきっているアリスをよそに、手始めにその腕に付いているバッチリな足跡からチケットをゲットして悦に入りながら、続けて体のあちこちから足跡を剥がしていくカルテカは、ポケットからその束を取り出して、新たに取得したチケットをその束に重ねていった。


一通り足跡を取り終えて、さてその仕上げにと言わんばかりに背中に片手を伸ばしはしたが、鏡があるわけでもなく、それは流石に取れずに奮闘する姿を見たアリスとアロノンはそれに近づき、背中の足跡取りに手を貸した。


そこで念願の足跡剥がしを体験しアリスは満足しながら、それと同時にチケットはもう自分には必要ないと思い、素直にそれをカルテカに差し出した。


するとカルテカは嬉しそうにニンマリと笑いながら、握っている左手を開き、チケットの束の一番上で、アリスからの一枚を受け取る仕草を見せた。


アリスはそれに応じてチケットを渡しながら、もう一方の手で、カルテカのニット帽に付いている翼のブローチに重なっている不完全な足跡を、煤を払うようになぞって磨いた。それに触れたのが初めてだったアリスは、その少しザラついた金属の質感がリアルで、チケット剥がしの体験よりも、その実感のほうが嬉しいと思った。


さてもう取るべき足跡は見当たらず、最後には不完全な足跡を払おうとカルテカがその体を見回したところで、そんな三人のやり取りをじっと睨んでいたシマネコが、「キミたちに免罪符は不要だと言った!」と、耳をつんざくような金切り声を上げ、それと同時に大きく息を吸い込んだところで、辺りに猛烈な突風が巻き起こり、カルテカの手からチケットが吹き飛ばされて、辺り一面に舞い上がった。


カルテカは大慌てで中空に舞うチケットを引っ掴みにかかり、アロノンもそれを手伝おうとし、両手で耳を塞いでいたアリスもそれに続こうとしたが、シマネコが言った事が気になったアリスは、近場の床に散らばっているチケットを数枚回収してから、その全部をカルテカに渡し終えると、早速シマネコに向き直り「免罪符?」と問いかけた。


すると「それは免罪符であり救済だよ」と返されて、アリスはその救済という言葉から、あの兄弟とMr.ロストハットを思い出し、思わずぎょっとしてシマネコを見た。


そしてその思ったままに「あなたってエクソダシス?」とシマネコに言うと、相手はあからさまに嫌な顔になり、低く唸るような声で「まったくこの世はシスだらけだ」とアリスに言った。


この世がこのエリアの事なのか、メタバリアム全体なのか、それともまさか文字通り世界全体を指しているのかは分からないが、それよりはシスとは何かが気になってそれを訊くと、「モノフォシス、ポリフォシス、メタモルフォシス、エクソダシス、そしてビジタシス」と、確かに語尾が全てシスで終わる単語を並べられ、その幾つかは知っているが、知らないものもある事を意識したアリスだったが、いきなり羅列された単語から、知らない単語を一つ選び出すのに苦労して「そのシスたちがどうだと言うの!」と、苛立つ気持ちをそのまま吐き出した。


するとシマネコはまたその目を絞って「キミとそこの小さいキミは同類だね。多分」と言いながら、アリスとカルテカを交互に見た。


カルテカはといえば、そんな会話には耳もかさずに、せっせとチケットの回収を続けていて、ようやくその仕事を終えようとしているところだった。


その流れでアリスがアロノンに目をやると、その視線を追ったのか「そこのはシスじゃない。エスカントだね。多分」と言って、シマネコはアリスに視線を戻した。


それを聞いたアリスは、相手が並べた単語がメタバリアムでの役割を指しているのだと直感して「それなら私はそのどれなの?」とシマネコに言うと、「キミはね。滅多に見なくて、たまに見る。あれこれ見に来るビジタシス」と返されて、そのさも見下した不親切な言い方に腹が立ち、自分に充てられているビジタシスの意味を問うよりも、相手の正体を暴くような気持ちが先に立ち「それならあなたは、どのシスなの?」とまくし立てた。


するとシマネコは更に見下して「無知なシスほど、シスらしいシスはなく、だからまさしくキミはシス。中でも最も無知だから、あれこれ探るよそ者の、キミはまさしくビジタシス」と言われたが、苛立ちの頂点を超えてしまったアリスは途端に冷静になり、奇しくもビジタシスとは、メタバリアムの外から来ているキャラクターを指しているのだと知った。


それでカルテカも外から来た誰かのキャラクターなのだと、自分の感が正しかったと思いながら、何かの方法で接続している謂わば自分の分身みたいな仮想体が、メタバリアムのどこかで消滅しないように、自分が接続していない時はチケットを探すという目的を持たせている。


そしてなるほど、それでカフェテリアに帰れるようにする事で、あのエリアをホームエリアみたいに使っている。というか融合を目的にメタバリアムに来た人物は、あの融合機械とかいう演出で仮想体が生成されて、実は融合なんてしてなくて、カフェテリアで自分の仮想体に、例えば目的をもたせるような会話をしてから、本には退出し、仮想体は目的のエリアに移動する。アロノンみたいなエスカントに案内されて。


それにしても、それならどうして融合機械だの時計ウサギだのと、回りくどい過程を挟むのか。きっと何かその辺りに、モノフォシスだかエクソダシスだかが絡んでいて、ややこしくなっているんだとアリスは想像した。


すると、誰も何も言わなくなっていた静寂をシマネコが破り、「さて、ここは吸い込めないから、吸い込む必要がない必要な場所。必要な場所は無くならないから、無くならない救済も要らない。それなのにキミたちは、無くならない場所で、無くなりもしないくせに、無くならない救済を求めるなんて、なんという罪深さだ。キミたちに必要なのは救済ではなく断罪だ」と、苛立ちを通り越して呆れるほどの長口上に、へきへきしながらアリスは返した。


「そんなあなたは何様で、どんな権限があるのです?」

「そんなわたしはエリミナント。使い残しの場所を探して巡回し、見つけたら消去する。」


そう言い終えるとシマネコは、素早く床に飛び降りて廊下の奥へと走り出し、するとカルテカがそれを追いはじめ、アリスもアロノンも半ば仕方なくそれを追い、カルテカに追いついたところで、まだ足りないの?と走りながらその横顔を覗くと、なんだか様子が違うとアリスは思った。


率直に言って自動的に動いている。そんな印象なのだ。自分の仮説が正しいなら、理由も仕組みも分からないが、とにかく切断している。そうとしか思えないカルテカに、このままついて行くべきか迷いながら、シマネコの話が本当なら、消去対象のエリアでシマネコと一緒になるのは、マズいのではないかと想像した。


チケットを持っていない自分がエリアと共に消去されたら、誰もいない海砂漠であの降り注ぐ光になって、そして本当にマザーシップの世界で消えて無くなる。


そんな事になるのは嫌だから、少なくともシマネコと同じエリアに出るのだけは避けたいと思ったアリスだったが、時既に遅かった。


カルテカの左肩に手をかけて、なんとか止めようとしたところで、不意にシマネコが向きを変えて壁の装飾に飛び乗ったかと思ったが、そこでシマネコの姿が消え、それが透けてる壁だと気付いた時には遅く、勢いをつけたまま壁に衝突するようにして、カルテカ、アリス、そしてアロノンが同時に、どこへ出るかも分からない透けてる壁に突入してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る