場面.15「アリスの時間」

実感探しの旅に同行しない事に決めたアリスが時間をずらし、階段の上の透けてる壁を通ると、そのエリアはこれまでとは違い、白を基調とした広く圧迫感のない通路が続く場所だった。


アリスはそこで一人だったが、それは自分が望んだことだと納得しながら、暗くて狭く、あるいは荒れ果てた場所ばかりを通ってきたアリスにしてみれば、一息つける気持ちになれるエリアだと、はじめはそれを歓迎していた。


アリスはいつものように新しい場所を気まぐれに進んで行って、その内に何かを見つけるか、誰かに出会うだろうと思っていた。


だが、白い壁の広い通路と、時折出くわす十字路を右に左に、あるいは真っ直ぐに、どれだけ進んだか分からないほど歩いたが、その光景に変化はなく、まるで同じ場所をぐるぐる回っているような気持ちになり、とうとう疲れて、壁際にあるせり出し部分に腰掛けて、立ち往生してしまった。


どこまでも行けるけど、どこへも行けない閉じた世界。そんなエリアに閉じ込められてしまったのかも知れないという気持ちで、身も心も疲労困憊してしまったのだった。


壁際に一人で座り、白くて広い通路を眺めながら回想すると、一つ同じに白が基調のエリアがあった事を思い出した。それはカフェテリアを出て、カルテカとアロノンの三人で初めて歩いた場所だ。


カルテカがチケットを集めている事を知り、アロノンはエスカントだろうと思った場所。そこから次に行ったところで、ドロシーと会ったのだった。


それを思い出したところで、アリスは自分が、それぞれ違いはあるものの、どこかの時点から順番を逆にして戻っているような気がしてきた。もしも戻っているなら、次はカフェテリアに似た場所に行くハズだと思い立ち、アリスは気を取り直してまた一人で歩き始めた。


しかしどこまで行っても状況は変わらず、そこかしこの壁に触れてみても透けてる壁は見つからず、誰とも何とも出会わない世界で、アリスはいよいよ追い詰められた気持ちになり、今度は床にへたり込んでしまった。


あの人の実感探しの旅に同行する事にして、直ぐにあの壁に飛び込んでいればと、後悔と孤独に押しつぶされそうになり、そうしてみれば皮肉にさえ見えてくる、白くて広い通路を呆然と眺めながら、Mr.ロストハットみたいに無限の繰り返しに閉じ込められて、そのうちエクソダシスだと名乗ったあの二人、なんちゃら兄弟だかが現れて、それで自分は別のインスタンスに転送されて、それで。


それで?


前のエリアで、実感探しの人物と散々話した目的について改めて考えると、自分の目的はそもそも、ここへ来る時に言われた、探してほしいというその何かが目的なのだろうか。


それとも、何かを探すとは何か、という事が目的なのだろうか。


そこでアリスは、自分の思考が目的というキーワードに収斂して、ぼやけた視界が輪郭を取り戻していくような不思議な感覚に包まれて、再びカルテカのチケット集めについて考えを巡らせはじめた。


カルテカにとってのチケット集めは、つまりカルテカの目的だけど、でもせっかく集めたチケットをカルテカは、ドロシーにもイカロスにも、あっさりと譲っていた。


もしかしたらカルテカは、目的を失うと時間停止するというメタバリアムの仕組みを知っていて、自分が停止しないために、実はどうでも良いものを目的にしているのかも知れない。そしてアロノンは、そんなカルテカに同行するという目的がある事で、同じに停止しないでいるという事かも知れない。


それにダイダロスや名前が無い人とは違って、カルテカには本来の物語みたいなものが無い気がする。だってそれについて、何の話も聞いてないから。


もしかしたらカルテカは、外から来た自分が知らない人物の融合体か、外にいる人物と繋がっているキャラクターなのかも知れない。そしてメタバリアムの中で行き詰まりかけているキャラクターにチケットを渡すことで、物語が進むように、つまり時間停止して消滅しないように、介入しているのかも知れない。


これは面白いとアリスは思った。


どこが面白いのかは、正直自分でもさっぱりだと思いながら、それにしてもカルテカがしている事がそういう事なら、私にチケットを渡さなかったのは、必要ないと考えていたからだろうかとアリスは思った。


メタバリアムには要らないキャラクターだと思われていて、だからいつ消えても良いという事だったのだろうか。いや、それなら頭が本のビブリアンについて話したりしないだろう。消えても良いと思っているなら、そんな話は無意味だから。


しかしアリスはそこで、また別の考えを思いついた。


マザーシップの話を聞いた後、カフェテリアで自分は、何の目的も持っていなかった。すると自分はあの場所で、時間停止しかけていたのかも知れない。


融合体ではないハズの自分がバインドした場合、それがもしかしたら退出の機会だったのかも知れないと想像した。けれども自分はビブリアンに興味を持って、会いに行くことにした。つまり目的を持ったのだ。


ビブリアンについて話し始めたのはカルテカだったから、それはある意味、私の物語を進める為にした事なのかも知れない。けれども直ぐにビブリアンと会えるわけじゃない事を知って、その後にいろいろな経験をしている内に、自分の目的がぼやけてしまい、それでやっぱり今の自分は、巡りめぐって時間停止しかけていて、それで退出する一歩手前みたいな状態なのだろうか。


アリスはふと「コンソリアン」と発話して耳をすませた。もしも応答するならと思ったからだ。しかしあの中性的な声は、いつまで待っても聞こえてこなかった。繋がっていれば外の人物と通話出来るかも知れず、それなら親友のダイアナの声が聞きたいと思ったからだ。


とりとめのない事をいつまで話していても飽きない親友。いつかここを出たら、ここの事をどう話そうかと想像して、とたんに声が聞きたくなったのだ。


だがそれは今は叶わないと知ったアリスだったが、それなら今の自分の目的はここを出る事で、でもそうすると皮肉な事に、出るという目的を持っている限り時間停止せず、つまり出られないという事。自分にとっての時間停止が退出を意味するならだけど。


でもそれは直ぐに違うとアリスは思った。出たいという気持ちは勿論あるけど、これまでずっと、出たいから歩いてきた訳じゃないという事は、自分が一番分かっていた。


いろいろな出来事に思いを巡らせ、誰なのか、何故なのか、自分はどうしたいかと、考え続けている自分。つまり目的というものは、誰か、何か、それとも何処かというだけじゃない。考え続けること。思考それ自体もまた目的になるのだと思った。


それなら考え続けている限り、自分はメタバリアムから消滅しない。でもだからと言って、思考停止するなんて自分には出来ない。それは意思を無くす事と同じで、そんな形でここを去るのは嫌だという強い思いを実感して、先ずはビブリアンに会う事だと、改めて目的を自覚した。


それがあのふわふわとしたカルテカがした話ではあるにしても、なにか意味があるハズだと、信じる気持ちがアリスを満たした。


アリスは床から立ち上がり、白くて広い廊下を一人で、次のエリアに続く壁を探しに、また歩き始めた。


そして暫く行くと、十字路の一つを曲がったところで、このエリアで初めての行き止まりに出くわした。その壁を見たアリスは期待を込めてそれに触れたが、残念な事にそれは透けてる壁ではなかった。


だが諦めず十字路まで戻り反対側の通路を行くと、そこもまた行き止まりだった。アリスはそこでも壁を試したが結果は同じだった。


そこでまた十字路まで戻り、残りの直線の廊下を進むと、その先に続きがあるように見えた場所もやはり行き止まりだったが、その壁には大きな絵が掛けてある事が分かった。それがあまりに写実的だったので、続きがあるように見えていたのだ。


しかも間近で見たその絵に描かれているのは、間違いなくあのカフェテリアだと、アリスには分かった。もしかしたらと思ったアリスは、その絵に手を伸ばしてそっと触れた。そしてそれが、やっと見つけた透けてる壁である事を知った。


カフェテリア行きの絵という事だろうか。自分が来た道を戻っているなら、確かに次はカフェテリアだろうと期待した。それにカルテカとアロノンと出会った場所もそこなのだから、もしかしたらこの先で二人と再会出来るのかもしれないとも思った。


その透けてる壁が、何かの拍子に見えない壁に変わって塞がれてしまわない内にと、アリスは急いで一段高い絵の額縁をまたいで、カフェテリアの絵の中に飛び込んでいった。

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SF小説 【機械の中のアリス】 古之誰香 @KnoDareka

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