場面.7「カルテカの宝物」
カフェテリアを出て少し歩いたところで、三人は別のエリアに唐突に移動した。前を見ていたアリスは、眼前の光景が突然変わるのを目撃し、驚いて立ち止まってしまったが、カルテカとアロノンは全く動じていなかった。
そんなアリスを見て「あー」とだけ言ったカルテカに「お前やっぱエスカントじゃないな」と茶化すようにニット帽をつまんだアロノンに、今度は「うー」とだけ言って歩いていくカルテカを見ながら、この二人もメタバリアムの何かなんだとアリスは思った。
エスカントとは多分、案内役の事だ。そう思ったアリスは、ある意味この二人について行くのは正解なんだなと独りごちながら、それでも黙っていられずアロノンに聞いた。
「それは案内役という事?」すると二人は立ち止まってアリスに向き直り「そうですよ。ここへ来た人と話して、行きたい場所が分かったら、入口まで同行する。それがエスカントです。ただしそこから先へは行けません。ですからその先がどうなっているか、また案内した方がどうなったのかも同様です。それなのにカルテカにだけは付いて行けます」とアロノンは答えたが、カルテカは相変わらずだった。
それを聞いたアリスは、全盛期にはメタバリアムに沢山のシミュレーション・エリアが生成されていたという、マザーシップの話を思い出していた。ただしそれは百年以上昔の話だ。するとこの二人は、それか少なくともアロノンは、ここに百年以上も前からいたのかと思い黙り込み、その話をするのは止めにした。
それなら多分アロノンは、メタバリアムに起きたことも知らないままだろうし、カルテカについても、それはアロノンが知らないメタバリアムで何かの役割を持っていたもので、あえて思いつくものがあるとしたら警備係くらいかと想像したが、カルテカから受ける印象を思い出し、それは違うなと思い直した。
それで他の何が思いつくわけでもなかったアリスが黙ったままでいると、その様子を見たアロノンは「前は大勢、人と会って話をしたし、入口も沢山あったけど、今は全然違います」と言って歩き始めた。
カルテカだけはどうして違うのだろうという疑問に包まれたままのアリスだったが、少なくともアロノンがその理由を知らない事は確かなようで、それならカルテカ本人に訊いてみるのが一番だとその姿を探したところで、アリスは改めてこの場所を注意深く眺めた。
今いる場所は広いコンコースのようだったが、あちこち荒廃し、使われていない感じが見て取れた。左右には間口らしい円形の開口部が並び、その向こうには草生した屋外がちらちらと見えている。
それにしてもここはメタバリアムの中、仮想空間のハズで、荒廃なんてするワケがない。この光景もまたフリアートたちの悪戯なのかなとアリスが考えていると、間近の開口部にカルテカが近づいているのが目に止まり、そのまま外の草原に踏み出そうとした所で、何かに当たったかのように弾き返されるのを見た。
「ここぷにょぷにょ」とカルテカが言うと「見えない壁だね」とアロノンは言ったが、それには反応せずカルテカは右腕を突き出して「ぷにょ」と興味なさそうに、その見えない壁とやらをつついていた。
「え、どこにも行けないって事?」と居並ぶ開口部を見渡しながらアリスが言うと「昔は全部どこかへ行けたけど、いつからかこんな感じに」とアロノンに説明され、この一つ一つが閉鎖されたエリアなんだと、アリスは納得した。
でもそれなら、頭が本のビブリアンとやらがいる場所は、残っているシミュレーション・エリアなのだろうと推察しつつも、一体どれがそこに繋がっていると分かるのだろうかと不安になって「この間口のどれが行き先なの?」と、どちらともなく問いかけた。
するとカルテカが「んごー!」と声を上げて次の開口部に突進し、そこでまた跳ね返されて「ぷにょ」と言いながら次の開口部に向かっていくのを見て「もしかして分からないの?」とアロノンに言うと「透けてる壁がたまにある。そこを通ると別の場所に出られる。今は行きたい場所の入口まで直ぐに行けない」と申し訳なさそうに俯いた。
「あ、なるほどね。大丈夫。分かったからもう大丈夫」と口では言ったアリスだったが、全然大丈夫じゃないというのが本音だった。つまりこれから先も今までと同じ、行き当たりばったりという事なのだ。
色々と壊れているというよりも、稼働している方が奇跡だと思えてきたこのメタバリアムの現状を垣間見た思いで、これで何をどう探せというのかと、暗い気持ちに沈んだアリスと、意気消沈しているアロノンを見たカルテカが、勢いよく二人のもとに駆け寄ってニンマリと笑い、ポケットから何かの束を引っ張り出して見せびらかした。
その束から一枚抜いて「これあげる」と言うカルテカ。見るとそれはチケットのようだった。するとアロノンが「カフェテリアのチケットだよ。カルテカはこれを集めてるんだ」と言いながらアリスを見た。
見るとそれは、アリスが使ったものとは違う名前のない招待状だった。そうだこれはきっと、マザーシップが言っていた、入場制限が掛かる前のチケットだと思ったところで、アリスの指先からその紙切れがスルスルと抜けていき、あれ?と思うが早いか「宝物はまた今度ね」と言いながら、悪びれる様子もなく、カルテカはニコニコしながら、また間口の方へと行ってしまった。
「ちょっと、あんたね」と言いかけて、アリスはクスクスと笑ってしまった。隣にいたアロノンもつられて笑いながら「実際あれはあいつの宝物なんだ。集めるのも一苦労。だけどやたらと楽しいらしい。僕には分からないけど」とアリスを見た。
そこで「どうやって集めるの?」と訊くと「知ってるけど、それは人に教えちゃいけない秘密だと、カルテカに口止めされてる」とアロノンが言った。すると離れたところからカルテカが「ピンクとパープルのシマネコを見付けるの」と、コンコース全体に響き渡るほどの大声で言った。
ぜんぜん秘密めいていないその姿を見て、アリスは更に笑い、アロノンは呆れた様子で肩をすぼめた。するとまた二人のもとに駆け寄ってきたカルテカが、指で秘密の仕草を見せながら「シマネコの足跡を引っ張る。だから大変」「え?脚を引っ張るの?」「違う、足跡よ。シマネコが歩いた後につく跡」と言い終わると、またさっさと向こうへ行ってしまった。
確かに秘密に違いないと、アリスは嫌な気持ちにもならずに、その姿を見ていたが、それが不意に間口の向こうへ消えるのを見た。するとアロノンが「透けてる壁だ」と叫びながら走り出した。唖然として立ち止まっていたアリスに「時間がズレると逸れるんだ」と、アリスを招く仕草を見せた。
アリスはワケも分からず、とにかく急いでアロノンに追いつき、カルテカが消えた間口に腕を突き出し弾かれない事を確かめると、アロノンとほぼ同時に、間口の向こう側へと足を踏み入れた。
そこには確かに壁は無く、どこかへ移動したと思ったところで「わー」というカルテカの声を聞いたが、怖がっている様子は無いと感じた。だが何かとワケのわからないカルテカの事、当てにならないと、アリスはしっかり自分の目で、その場所を確かめようと目を凝らした。
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