場面.3「異世界廊下の分かれ道」

コンソリアンが言った「ありがとう」の意味を考えると、まるで自分が「探して」に同意した事になっているようで、アリスは不安でいっぱいだった。


固く閉じていた両目をそっと開きながら、アリスは小声で「ここは?」と言ったが返事はなく、元いた廊下と似たような広さの、しかし何かの機械装置が壁面にむき出しになっているような場所にいる事に気が付いた。


だが匂いも音も感じない。鮮明な視界とそれとは真逆の無感覚。ここは来たことが無い場所だとアリスは思った。そこで再び「ここは何?」と発話したが、やはり返事はない。切断してる?ガイアードと繋がってない場所か、それともわざと応えないのか。


そこから色々な考えが錯綜し、それは直ぐに巨木のように成長してしまったが、その中の1つの幹につかまるように、何かのアトラクションにでも、間違ってエントリーしてしまったのに違いないと、思考で足掻いた。


その勢いに乗って、しゃがみ込んでいた床に右手をついて立ち上がり、近くの壁に手を移してバランスを取ろうとしたが、考えなしに触るのは怖いと感じて咄嗟に止めた。


少しふらつきながら廊下の一方、自分が歩いてきた方向を見ると、そこは元の様子とは全く違う、どこまでも続く真っ直ぐな廊下があり、そのずっと遠くの方に小さな光源が見えているが、それが出口なのか、行き止まりなのか、全然分からないとアリスは思い想像した。もしもこの真っ直ぐな廊下を歩いていって、途中で嫌になってしまったら。それともやっぱり行き止まりで、一人で歩いて引き返してくる事になったら。


そんな真っ直ぐで真っ暗な廊下から視線を外して、来た道は塞がれているとアリスは思うことにした。


そこでもう一方、チェーンで塞がれていた廊下を見ると、壁の様子は機械仕様に変わっているものの、そこに廊下を塞ぐものはなく、直ぐ先はT字路で左右に廊下の続きがあるように見えた。


元は本が積み上げられた、狭くて崩れそうで、とても進む気になれない場所だった事を覚えていたアリスは、自分が目にしている鮮明だが実感のない世界で、自分自身も同じなのではと不安になり、自分で自分の手の甲に触れてみた。するとそこには、一方が押し、一方が押されているという、自己完結するあの現実感が確かにあった。


そこでアリスはあれこれ想像するよりも、自分はどうするかに集中しようと決心し、自分の脚の感覚を確かめながら、T字の壁までゆっくりと歩いていった。


壁に近づいたところで、そこに2つの小さなプレートがあるのを見つけた。小さいとはいえ見落とす筈もないプレートだったが、それでもそれを、自分で見つけた、という実感が今のアリスには嬉しかった。


左のプレートには機械世界。右のプレートには地下世界。


そんなプレートを前にしながら左右を見ると、どちらも似たような廊下で、すぐ先が階段になっていた。ただし左の機械世界は上り、右の地下世界は下り。


地下世界はだめだとアリスは思った。思いつくもの全てが絶対に見たくないものばかりだと身震いした。一方の機械世界はというと、例えそれがコンソリアンみたいな端末だらけだったとしても、そのほうがずっと馴染みがあると思えた。


アリスは機械世界行きらしい左の廊下に体を向けたところで、ふと元いた場所に視線を送った。よく忘れ物をする自分なので、最近では余計なものは持ち歩かないようにしていたが、何故だかそこに、自分がぽつんと、一人ぼっちでしゃがみ込んでいる気がして、一緒に行こうと心で言った。


それから勢いをつけて、機械世界への上り階段の一段目に左足をかけて、高まる気持ちで自分の髪に指を通したところで「何これ!」と思わず叫んでしまった。


指先には普段は付けない髪飾りらしきものが付いていた。更には髪型まで違っている。気が動転し、危うく上りの二段目を踏み外しそうになり、ふらついたところで、着ている服も変わっているのを目にして、正直なところ趣味が悪いと気落ちしたアリスに、あの中性的な声が「気にしない事です。ましてや、知っても分からない事なら、尚更です。」


繋がってる!と思ったアリスは、ここは何?いや、これを終わらせて!と言いかけたが、それは発話にならなかった。繋がってるなら、今じゃなくても、後でどうにかなるのに違いない、と思い直し、今までただ聞いて、言われた事を鵜呑みにして来た自分とは違うやり方を、今はしてみようという気持ちが勝った。


何か時計型のインプラントみたいな感触がある髪飾りを指先で探りながら、それでも気に入らない服を、ここで脱ぎ捨てるような恥ずかしい事は絶対にしないという、奇妙な正気に包まれながら、アリスは姿勢を立て直すと、上りの二段目に右足を乗せて、そのまま勢いよく駆け上がり始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る