場面.2「ようこそアリス」

広い展示室の先には次々と続く狭い部屋があり、それぞれテーマを絞った展示があったが、アリスはそのどれにも惹かれず、やがて殺風景で迷路のような廊下を独りで彷徨っているような気持ちになっていた。


あちこち歩いてきた感じからすると、ここはそもそも資料館として建てられたわけじゃないな、と思いながら引き返そうかと見ると、先に本が雑然と積まれたT字路の廊下があり、その手前に「準備室」の立て看板とチェーンがある事に気が付いた。


そこで立ち止まり周りを見ると、右側の壁にレンズ付きのコンソリアンらしき端末があった。


セキュリティーかな、と思ったアリスは直ぐに引き返そうと体をひねりかけたが、その装置の奇妙な装飾に目が止まり「何これ?」と、殆ど無自覚に発話した。


すると装置からだと思える音声がインプラントを通して聞こえ、アリスが装置の中央にあるレンズらしき部分を覗き込むと「こんにちは、アリス。」というコンソリアンの声が、何か時間がズレたように意識に上ってきた。


「ごめんなさい。でも私、この先へは行かないわ。」


レンズの奥で何かが動いたように見える。


「いいえ、アリス。あなたなら、この先へ行くことが出来ます。」


思いも寄らない返答に目を大きく見開きながら、アリスは次の言葉を探したが諦めて、最初にしたように体をひねって立ち去ろうとした。


「行かないで下さい。アリス。」


それを無視して、もと来た方へと歩き始めたアリスにコンソリアンは話を続けたが、それでも無視して、コツコツと靴音だけが響く静かな廊下を、そのまま進むつもりでいたアリスのインプラントに、またしても以外な言葉が聞こえてきた。


「あなたに探して欲しいものがあります。それはあなたなら、きっと出来ることです。行かないで下さい。アリス。」


しつこいと思ったアリスは、足早にコンソリアンの前に戻り、再びレンズを覗き込みながら、早口に言った。


「あなた間違ってる。私はここのスタッフじゃないから、この先の資料の山から何かを探し出すなんて出来ないわ。」


無言のコンソリアンに向かって続けて言った。


「もう一度、認証してみてみて。私の目、見えてるでしょ。いまリンクしてるIDは、ただここを見に来た部外者のもの。スタッフじゃないわ。」


「再認証します。もっと近づいて下さい。」


なんて旧式なコンソリアンなのとアリスは思った。そんなに近づかなくても虹彩は読み取れるのに、でもハッキリさせないと、と思いアリスは左目をレンズに近づけた。


レンズの奥で何かが動き「シャッターだっけ?どれだけ旧式なの」と、思わずアリスが口にすると、「いいえ、これはメカニカル・シャッターではありません。」と聞こえたかと思うと、レンズが数回激しく発光し、アリスは咄嗟に両目を強く閉じた。


「なんでフラッシュ?」と言いかけたのと同時に、「はい。フラッシュはひらめきです。場面が暗転する合図です。」


すると全身が怠くなり体から力が抜けて、アリスは慌てて跪いたが、そのままとんでもない勢いで落下していく感覚に包まれて、怖くて目を開けることが出来なくなった。


だが音もなく風もない完全な無感覚が、逆にアリスの意識に鮮明さを取り戻させたところで、またあの中性的な声が聞こえてきた。


「ありがとう。そして、ようこそアリス。」


つづく

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