Azure Part 2 逃走


 王都の路地裏でフリオの周りを取り囲んでいた無数のGの中に、一匹だけ見慣れぬGがいた。

 色素がぬけた真っ白な身体は、黒い集団の中でひときわ目立っていた。

 白いG。

 白いGはフリオと同化しようとして、ぴょんぴょん飛びついてきたが、まったく同化できる気配はなかった。

 どうやらフリオとは異なる種類のGのようだ。

 指を差し出すと、白いヒゲをピクピクさせてピョンと飛び乗ってきた。 

 異世界に来て、初めて出会ったフリオに敵意をむけない生命いのち

 忌避感は全くない。

 こみ上げてくる愛おしさ。

 これもGになった影響か。


 そうだ、名前をつけてあげないと。

 フリオはあれこれ考えて、ふと上を見た。

 建物の隙間から、サファイアのように青く澄んだ空が見えた。

 よし。きまった。

「僕はフリオ、君は今日からソラだ。よろしくな、ソラ」

 ソラの体が一瞬光ったように見えたが、なにか変化したような感じはない。

 まあいいか。

 とにかく、今は生き延びることだけを考えよう。


【名前】五木フリオ

【職業】黒い悪魔

【能力】G´

【称号】二年B組の下級クラス民



 * * *



 王都を出て辺境の街ガーマエルガにたどりついたフリオたちは、街の飲食店で働きながら、残飯を分け合った。


 ソラはメスだった。ソラの産んだ子供たちはみな白いGだった。

 白いGは徐々に増えてゆき、やがてひとつの塊になろうと試みるようになった。

 最初はいびつな人型だったそれは、時間を追うごとに完全な人型へと変化していった。

 ある朝、路地裏の寝床で目覚めると、全身が真っ白な少女が、フリオを覗き込んでいた。

「ソラなのか?」

「うん、あたしはフリオが望んだから生まれた」

「そっか。まずは服を用意しないといけないな。裸のままだと目のやり場に困っちゃうよ」

「大丈夫。服は自分で用意する」

 そう言うと、ソラは身体の表面を白いワンピースに変化させた。

「どう?」

「すごくかわいいよ!」

 こうして、ソラも人間に擬態できるようになった。


【名前】ソラ

【職業】白い悪魔

【能力】G+

【称号】突然変異体


 擬態したフリオと擬態したソラが交わることで、二人の子供を作ることができた。

 そうして生まれたフリオとソラの子供たちは恐るべき早さで成長し増殖していった。生まれてすぐの幼生体が翌日には成体になっていた。

 二人の子供たちは、フリオの擬態能力と、ソラの特殊能力を受け継いでいた。


 フリオとソラが第一世代、二人の子供たちが第二世代、その子供たちが第三世代。

 世代を重ねる毎に突然変異体としての特殊能力が強くなっていった。


 * * *


 二年B組のクラスメートたちは魔王討伐に備えて訓練を続けていた。

「五木フリオが死んでから、うちらのクラスは絶好調だねー」

「下級クラス民の中でも五木は特にキモかったからな」

「ノブレスオブリージュってゆうの? 下々にまで気を使わなくてはいけないっていうのはホント疲れるわよねー」

「だよねー」

進東しんどうさんもよかったね」

「ええ、アレフリオと幼馴染っていうのは黒歴史、ううん、人生の汚点だった。やっと呪いから解放された気分よ。いなくなってほんとうにせいせいしたわ」

 五木フリオは死すべくして死んだ。それが二年B組の総意だった。

 唯一の友人、下級クラス民のトモローだけは、心の中で不満を訴えていたが、声に出して言うほどの度胸はなかった。

(みんな勝手なことばっかり言いやがって、フリオが何をしたっていうんだよ。ただチビで醜くて嫉妬深くて頭悪くて性格悪いってだけじゃねえかよ。キモイやつだったけど、死んでいい理由にはなんねえだろが)


「勇者のみなさん! 大変です!」

 魔術師のアニーフェが大慌てで勇者たちのいる部屋に飛び込んできた。

「辺境の街に黒い悪魔が大量に発生しました! すぐに出撃を!」

「アニーフェさん、落ち着いて。まず詳しい状況を説明して下さい」

 加瀬耕一に宥められて、アニーフェは現在の状況を説明した。

「辺境の街ガーマエルガの路地裏で、大量のGが発見されたそうです。そいつらは何者かによって統率されているみたいで、兵士も冒険者も駆除に手を焼いているようなのです。このままでは辺境の街が黒い悪魔に乗っ取られてしまいます。勇者の皆様、どうか力を貸してください!」

 加瀬耕一が拳を振り上げた。

「よし、みんな! 魔王討伐前の肩慣らしと行こうじゃないか! 黒い悪魔を一匹残らず駆逐してしまおう!」

「おおおおーーーーっ!!!!」


 加瀬たち勇者の活躍で、黒い悪魔は辺境の街から一掃された。


 * * *


 生き残った黒い悪魔は海を渡り、無人島に辿り着いた。


「さすがにここまでは追ってこないだろう」

 五木フリオは安堵のため息をついた。ここへ辿り着くまでに多くの同胞を失った。もうあんな思いは二度としたくない。

「絶海の孤島。人の手の届かない場所。ここなら僕たちの終の棲家にはちょうどいいかもしれない」

 ソラはフリオの手を握って言った。

「フリオのいる場所が、あたしのいる場所。ずっといっしょ」

「ありがとう、ソラ。君がいてほんとうによかった」

「子供をいっぱい作って、この島を楽園にしましょう」

「うん、そうだね」

 この島で、子供たちと一緒に平穏に暮らしていきたいと、フリオは強く願った。


 しかし、勇者たちの執拗さを、フリオたちは見誤っていた。


「みぃーつけた!」

 千里眼を持つ勇者が黒い悪魔の巣窟を発見した。

「無人島に隠れるなんて間抜けな奴らだぜ!」

「これで思う存分攻撃魔法が撃てるわ!」

 街の中ではどうしても威力を落とさねばならず、イライラしていたのだ。

「王様からの許可は取ってある。さあみんな、殲滅作戦開始だ!」

 加瀬耕一の号令のもと、勇者たちは飛び立った。


 無人島は勇者たちの総攻撃に遭い、黒い悪魔ごと跡形もなく消滅した。

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