第三章 アンドロイドとの生活
この時代、アンドロイド工学も長足の進歩を遂げていた。ひと昔前に映画などで描かれていた個人用の家事アンドロイドもついに実用化された。
外見は人と似ている。人が使う機械や道具を操作するので、必然的にそうなった。違うのは表情である。ちなみに指は六本ある。
人間を含む動物というものは、顔面の複雑な表情筋が相互かつ複雑に協調して微妙な表情を表出する。人間同士のコミュニケーションにおいてとても重要な情報を提供するのが人の表情だ。
アンドロイドなどの機械に同じことをさせようとしても困難だった。それだけ生き物の身体というものは細部まで複雑にできている。
この家事用アンドロイドも、ほとんど顔の表情は作れない。わずかに口の部分だけが動くように作ってあるので動きはする。せいぜい眉を動かしたり、何かを注視する時は視点を固定したり。
表情の忠実な再現を目指していた会社、機関もあった。ヒトの表情のそのバリエーションの多さと再現の困難さにある時期から諦める研究者も出始めた。
諦めたというよりは、そもそもアンドロイドや人工知能というものには感情が存在しないので、表情というものも必要ない。
そこでヒト型ロボット、いわゆるアンドロイドの表情表出機能を省き、かわって国際的に共通なシグナルを表示するLEDユニットを取り付けた。人と会話していてこういう反応の場合、人であればおそらくそういう感情であろうとAIが分析判断し、その結果に基づいて割り当てられたカラーを発光する。人はそれを見て判断する。
心情と色の組み合わせを、AI搭載のアンドロイドの国際規格を管理する機構が規定して、各国の研究者もそれに基づいてセッティングする。
表情の再現性は最小限にして、ならば無駄に実現しない技術に時間ばかり取られないで、その分を他の技術に注力しようという風潮が大半だった。それでも表情の再現にこだわって研究を続けているメーカーもあった。
翌日の朝目覚めたショウジは、家事用アンドロイドを呼んで指示をした。
「あのさ、朝飯はいつもの作ってよ」
アンドロイドはすぐさまキッチンに行って全自動ミールメーカーの操作パネルをタッチし始めた。
自宅の一区画に数日分の食料を格納したところがあり、そことキッチンが輸送用の配管でつながれ、ミールメーカーなる自動調理機器が指示通りに食事を作る。食料の在庫が少なくなると、中央食品配送センターにオーダーすれば、地下に張り巡らされた配管を通って各家庭に配送される。
全自動ミールメーカーの性能も驚異的で、一流シェフの味・舌触りをAIが徹底的に解析して再現してくれる。店に直接足を運んでその場の雰囲気を楽しみたいなどという気さえ起こさなければ、かなり近い味を楽しめるという訳だ。
十分後、トレーを手にアンドロイドが朝食を運んできた。
「ありがと」
ショウジは自分がこういう声掛けをしても、アンドロイドは何も反応をしないと分かっている。それでも一応礼儀としていつもアンドロイドが何かをしてくれた時には礼を言っていた。
3Dホログラム・ディスプレイに映し出されたニュースを見ながら、ショウジは黙々と食事を口に運んだ。
(横浜市の人口の急増に伴い、神奈川県は県民の外出時の混雑緩和の為、従来の二群から三群に分けて……)
画面のアンドロイド・キャスターが無表情かつ淡々と人工合成音声を発している。
「横浜も人が増える一方だなぁ。あんなにごみごみしたトコ、なにがいいのかな……」
自分の住環境のことはさておいてショウジはひとりつぶやく。
政府機関のヤマナカレイコが言っていた一週間後がやってきた。
ショウジはすっかり忘れていた。リビングでのんびりと音楽を聴いていると来客を知らせる音が鳴った。
(そうか、今日だったか……)
ショウジはそう心の中でつぶやくと玄関に向かった。
「どうぞ、ロックは解除しました」
扉を開けてヤマナカが入ってきた。彼女のつけている香水の香りが彼の鼻腔をはなはだ刺激した。
「ごめんなさいね。またお時間を取らせてしまって」
彼女はそう言うと上がり込んだ。
「さてと、決心はついた?」
ショウジはしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「政府に協力します」
「そう、なら話は早いわ。これから一週間以内に荷物をまとめて、この部屋も引き払ってください」
「PA(パーソナル・アンドロイド)はどうしましょうか? 随分と長いこと、と言っても二年くらいですが付き合ってきて、かなり親しく会話もできるように学習もしてるし」
「そうですねぇ……」
ショウジは逡巡していた。
「いいわ。特別に帯同を許可するわ。ただし、機関の者が情報漏洩禁止措置を施してからね」
「というと……」
「あなたの専属PAは貴方に関する情報をかなり記憶してしまっている。これからこちらの組織で働いていただく以上、そのPAも機密事項の順守は徹底しなければならない。だから内部のAI基盤を少し改造して、組織の機密を守るようにしなくちゃならないのよ」
「そういうものですか。徹底してますね」
「あなたとの親密度に関しては、今までと何ら変わりなくそのままの設定にしておいてあげますから」
「それを聞いて安心しました。話し相手くらい居ないと。私、けっこう人見知りだから、私と一緒に入った人となかなか親しくならないかと心配で」
「それではのちほど」
それだけ言うとカタギリは立ち上がって退出した」
(それにしてもあの人、行動がてきばきというか、自分の用件を果たしたらすぐに次の行動に移るんだな)
ショウジは彼女のその極めて事務的で無駄のない行動に改めて感心した。
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