第8話 襲撃

 サラサラと芝生が風になびき音を立て、雲一つない晴天の空には太陽がこの場にいる若き優秀な騎士の卵たちを見守っている。


 ここはミミール騎士学校の中央広場、周りを石の城壁が囲んでいるが、約300名の生徒が入っても広く感じるほど広大な広場だ。


 それもそのはず、ここでは騎士の卵たちが戦闘訓練をしたりするのだから、広くなくては城壁を破壊してしまう。


 そんな背景を持つ為、広場は他の学校よりも大きく作られているのだ。


 約200名の騎士の卵たちと約100名の医者の卵達の前にある、石レンガで作られた朝礼台にコツコツと歩く老人が一人。


 生徒達はその老人が何者か知っているのだろう。皆その姿を目にした瞬間にそもそも伸びていた背筋をさらに伸ばしている。


 老人が…、帝国最強と謳われた老騎士、ガウェイン・ガレスディアが朝礼台の真ん中に立った。


 その威風堂々とした姿は、慣れていないものには強烈なプレッシャーを感じるだろう。しかし、この場にいるのは世界で選りすぐりの騎士の卵たち…、聖騎士や特務騎士になろうとしている者たちだ、彼らはガウェインの顔から目を離さず、彼から発せられる言葉を待つ。


「よくぞ、ここに集まってくれた!!」


 ガウェインの口から言葉が放たれる。その瞬間。


 ピクッと集団の中、他のものより大きな男が体を震わせた。そして、その男、トーリンは外壁の方に顔を向ける。


(獣臭?)


 トーリンは警戒をあらわにした。そして、ガウェインもその異変に気付いたのか、顔色を変えて外壁を睨みだした。


「トーリン、どうしたんだ?」


 アリシアがいきなり外壁を睨むように見始めたトーリンと、ガウェインを見て、疑問を口に出した。


「お主も気づいたか…」

「どうやら、面倒なことになりそうです…」


 アキヒサとオニヅカもその異変に気づいたのだろう。壁を睨みつけている。


「…………」


 ミラーナは張り付いたような薄ら笑いを消し、真顔で壁を見ている。


「オニヅカ…、ワシの武器を取ってきてくれ」

「御意」


 アキヒサとオニヅカは短くそう言葉を交わし、オニヅカは身軽な動きで駆け出した。


「トーリン!」


 何も話さず、じっと壁を見つめるトーリンに、アリシアは強く語りかける。が、その時、アリシアもそれを感じ取った。


 体が、感じる、ゾワゾワとする感触。まるで、これから危機が訪れると予感しているように、身体の芯がざわめき出す。


 それを感じ取った瞬間、アリシアもまた、壁に目を向ける。


「お姉様?」


 レナは戦闘員ではない、その為、その危機感を感じることができないのだろう。


「キース、レナと校内に行ってくれ…、それと、私の武器と、トーリンの武器を持ってきてくれ」


 アリシアは壁から目を離さずにそう言った。


「俺のは重い、アリシアのを持ってきてからでいいぞ」


 トーリンが壁から目を離さずにそう言った。すると、その時、ガウェインが大きな声で広場にいる皆に話しかけた。


「戦えるものは武器を取ってこい!!戦えないものは校内に避難しろ!!」


 ガウェインがそう言った瞬間、彼が朝礼台からぶっ飛んで行った。


 ガウェインは逆側の外壁を破壊し、遥か遠くに飛ばされていく。


「…は?」


 最前列にいた生徒は何が起きたのか分からなかったのか、唖然とした顔をしている。


(…まじかよ)


 しかし、何が起きたのか理解できるものも確かにここにはいた。後ろで臨時教員になってしまったレナードは冷や汗を流す。他の教員達も目を見開いて冷や汗を流している。ガウェインの側近であるケイもまた信じられないと目を見開いている。


 その他にもそれに気づいた生徒達はいた。トーリン、アリシア、アキヒサ、ミラーナ、そしてドワーフの少年とエルフの少女だった。


 彼ら彼女らは皆冷や汗をかいている。トーリンでさえ、緊張を覚えているのだ。


 そう、彼らは見たのだ、超高速でガウェインに近づき、二本の剣でガウェインを吹っ飛ばした男の姿を


 そして、その男がゆっくりと朝礼台の上で歩く。先程までガウェインが立っていた位置にまで来てゆっくりと口を開いた。


「クハッ、揃いも揃って間抜け面だな」


 その男は暗い金髪の髪を方まで伸ばしており、髪と同じ色の髭を口全体に生やしている。その風貌はまさに獅子。


 体格は2メーターほどの大きさで、身体は鍛え込まれているのか服の上からでも分かるほどに筋肉が出っ張っている。


 そして、彼の手には二本のウルフソードが握られていた。


「貴様!!」


 いち早く衝撃から復帰したのはケイだった。腰に差していた剣を素早く抜き放ち、目の前の不届き者に斬りかかる。


 その構えは極東の剣技の抜刀術と呼ばれる物に酷似していた。


 その速度は凄まじく、手がぶれて見えなくなるほどの速度だった。


が、


「フン…」


 男は軽く鼻息を鳴らし、それを片手の剣で受け止める。キインッと甲高い金属がぶつかり合う音が広場に響く。


「なっ!?」


 その次の瞬間、ケイは生徒達側にぶっ飛ばされていく。男は凄まじい速さで蹴りを入れたのだ。


 ケイは血を吐きながら飛ばされて行った為、生徒たちに吐血が降りかかる。


 ケイはそのまま一回転して地面に剣を突き立てるようにして衝撃を殺し、再び男を睨む。


(一瞬意識が飛んだ…、アイツ只者ではない)


「何者だ!!貴様!!」


 そのケイの叫び声にようやく衝撃から戻ったのか、生徒達が動き出す。


「医学系の子たちを避難させるんだ!!」


 誰かがそう叫ぶ、しかし、あの男はそうはさせない。


 スゥ〜と息を吸う音が聞こえてきた。奴が今から何をするのか気づいたのはトーリンだけだった。


「皆!!耳を塞げ!!!」


 トーリンはできる限り大きな声でそう叫ぶが、遅かった。


「ウオオオオオオオッ!!!」


 その男が叫んだ瞬間、木々が、大地が、大気が揺れた。それと同時に凄まじい殺気と闘気が放たれる。


 その殺気はビリビリと肌を差し、痛みを感じるほどだ。


「あ、あ…、あ」


 レナはその殺気に当てられて息をすることすら忘れて固まってしまった。そして、そのまま足に力が入らなくなり、へたり込んでしまった。いやそれだけではない、医学系の生徒は皆立つことすら出来ずにいる。


 騎士の卵たちも、その猛烈な殺気に動きを止めてしまった。


「ヘヘッ…誰だ、つったか?俺はヴァルハ族のラグナル…、まあ、今は自己紹介している暇はねぇな」


 金髪の男は満足そうにそう言う。そして、次の瞬間外壁から凄まじい破裂音が鳴り、外壁が爆発したかのように破壊された。


 轟音と共に現れたのは…、魔物だった。いや、魔物達の大群である。


 先頭にはまるで小さな山のように巨大な魔物が居た。岩のようにゴツゴツとした皮膚、大木のような牙。逆だった毛は気が立っていることを容易に想像できる。


「なんだ…、あれは」


 それは、キースがこぼした言葉だった。その魔物の見た目はイノシシだった。その魔物はファングボアと呼ばれる魔物で、大きくても肩の高さで3メートル程、この地方では割とよく出る魔物だ。


 しかし、この魔物はその常識を遥かに超えた大きさだった。肩の高さで15メートル程だろう。まさに歩く山。そして、その山が目を血走らせてこちらを見ているのだ。


 しかし、魔物はそれだけではない。フガッフガッと獣の鼻息と共に、黒いオオカミの魔物、ブラックウルフが広場にいる人間に駆け寄ってくる。そのブラックウルフその全てが目を血走らせている。


 そして、その後ろには下衆な笑い声を上げる緑色の人型、ゴブリンと呼ばれる魔物と、大柄で力士のような体型をしている豚鼻の魔物、オークが武器を担いで歩いている。


 オークとゴブリンは広場で腰を抜かしている医学系の生徒、固まってしまっている騎士の生徒、その女子生徒を見るやいなや舌を出して気色の悪い笑みを浮かべている。


 さらに、その後ろには巨大な1つ目の人型、サイクロプスが三頭もいる。奴らは巨大な棍棒を肩に担ぎ、ギョロギョロとこちらを見ている。


「あ、あ、ああ…、」


 医学系の生徒は目の前に魔物、そして朝礼台に次元の違う化け物が居るこという事実に恐怖で体を震わせている。


 だからだろう、走り寄ってくるブラックウルフに目をつけられるのは。


「あ…」


 医学系の生徒女子生徒の一人が、悲鳴にもならない声を漏らした。目の前に真っ黒な口が、まるで地獄の入口のように牙の生えそろえた口が、迫ってきている。


 咄嗟にできたことは手で顔を覆い目を瞑る事だった。あとは、痛みが来るのを待つだけ、しかし、痛みが、彼女を襲うことはなかった。



 キャウンッと声にならない犬の悲鳴と共に、風圧が彼女を襲った。目を恐る恐る開けると、そこには拳を振り上げた姿勢の大男がいたのだ。


 赤い三つ編みの髪は、太陽に反射しまるで燃えているように見える。


 服の上からでも分かる、大きな筋肉、そして、こちらに、向けている大きな背中は、全てを背負っていけそうなほど大きく、そして安心感のあるものだった。


 大男…、トーリンはチラッと後ろを振り向き、「大丈夫か?」と声を掛ける。


 彼女はコクッと首を縦にふる。その様子に少しトーリンは微笑んだ。彼女は顔が熱を帯びていくのを感じた。


 トーリンはその様子を見て大丈夫そうだと判断し、前を向いて声を張り上げる。


「死にたくなければ動け!!!」


 トーリンのその声に、生徒達は弾かれたように動き出した。恐怖で腰を抜かしてしまっている医学系の生徒達とは違い、聖騎士や特務騎士を目指す彼らは流石と言うべきか、医学系の生徒達を抱え校舎に走り出した。


 トーリンの後ろにいた少女も他の騎士生徒に抱えられて校舎に避難させられていた。


 キースもその声に反応して、腰が抜けて動けなくなったレナを抱えて走り出した。


「トーリンさん!!アリシア様!!必ず武器を持ってきますからね!!」


 キースはそう言い残し走っていく。他の騎士生徒達もそれにならって急いで走っていく。


 きっと彼らは医学系の生徒を校舎に避難させたら、武器を持って魔物と戦うつもりだろう。


(ならば、俺のやるべきことは)


 トーリンら目の前で今だ不動の大きなファングボアを見る。


(あの魔物を倒すことと、)


 そして次は朝礼台で楽しそうに笑っている大男を見る


(あの男をどうにかする事だ)


 そう考えている時、スッと後ろに駆け寄った人物がいた。ケイだ。


「トーリンさん、魔物の方を任せてもよろしいでしょうか?」


 ケイはトーリンにそう尋ねた。トーリンはすぐに質問をする。


「あの男は?」

「私とレナード、教員達で、ガウェイン様が戻ってくるまで時間を稼ぎます。」

「分かった、それで行こう。」

「ご理解いただきありがとう御座います」


 ケイはそう感謝の言葉を伝えた瞬間、ケイの立っていた地面が弾け飛んだ。


 ケイが高速で男の方に飛んでいったのだろう。


(あちらはレナードとケイ、教員達に任せるか、ならば俺は)


 トーリンは目の前の魔物共を睨見つける。


(こちらに集中しよう)


 トーリンはゆっくりと肺に空気を入れていく。ポカポカとした陽気な空気はこんな時でなければリラックスさせてくれるものだろう。


 芝と獣臭、そして先程殴り殺したブラックウルフの血の香りが鼻を刺す。


 やはり、鉄臭い血の匂いはいい。闘気が漲るからな。


 肺に空気が満パンになった


「ウオオオオオオッ!!!」


 トーリンは肺に溜めた空気と共に闘志を殺意を一気に解放した。血の匂いが、自身を廻る血が、身体の奥の闘争本能を刺激する。


 血がグツグツと煮えてしまいそうだ。血が、肉が、沸騰する!!


 その開放した殺意と闘志に当てられたゴブリンやオークが少し怯んだ。しかし、普通ならありえないことが起こったのだ。


 ブラックウルフの血走った目は先程殺意を飛ばしたトーリンに釘付けになり、怒りで我を忘れたと言わんばかり突撃してきたのだ。


「こいつらっ!?」


 その様子に、トーリンはとある魔物を思い出す。この大陸に来る前に挑んだ強敵。


 血濡れのアイスグリズリーの事を


 そして、動き出したのはブラックウルフだけではない、先ほどのウォークライに怒りを覚えたのは小山のようなファングボアもそうだ。


 ブヒィィィイイイッ!!!


 ファングボアはイノシシや豚特有の鳴き声を上げてこちらに突進をしてきた。


「ぬおおおおッ!!」


 トーリンは噛みついてくるブラックウルフを無視してファングボアの突進を真正面から受け止める。


 ドコンッとおおよそ肉と肉がぶつかり合った音とは思えない轟音を鳴らしトーリンとファングボアはぶつかり合う。


 その衝撃波でトーリンに噛みついたブラックウルフ達は吹っ飛んでいく。


「ぐうっ……」


 しかし、この体格差、トーリンはガリガリと地面を削り後ろに押されていく。


 ミシミシと背骨が嫌な音を立てるがそんな事は無視だ。このままファングボアを突進させれば校舎に突っ込んでいってしまう。そうなれば医学系の生徒や今戦う準備をしている、学友達が危険だ。


「あああああ!!!!」


 腰の、足の、腕の、背中の筋肉の繊維がブチブチと言っている。だが、負けるわけにはいかない。


 その時、ファングボアの立っている地面が、ファングボアを下から殴り上げるように隆起した。


ブヒィィィ!!?


 ファングボアもこれは予想外だったようで、驚きの声を上げる。


「これは…、」


 トーリンもまた、驚きの声を上げる。それに答える者がいた。


「これは僕の魔法だよ、あれを倒すんでしょ?助太刀するよ」


 そこには、地面に手を付けている小柄な、しかし体躯のいい男がいた。あれは、アキヒサとトーリンが殴り合っている時にニコニコして見ていたドワーフだ。


「お前は…」

「僕はラムグッド、名前の由来は…ってそんな暇はないねッ!」


 ラムグッドは自己紹介をするや否や、襲ってくるブラックウルフを空中で作り出した石の礫で木っ端微塵にした。


「それは…、精霊か」

「御名答、精霊のノームだよ」


 ラムグッドがそう言うと、ラムグッドの周りに石のような見た目の小人達がフワフワと現れた、3人ほどだろうか。


 こちらを見るなりノーム達は手を振ってくれた。こんな非常時でなければ、触れ合いたいと思うほどに愛らしい見た目である。


「僕とノームもあれを倒すのを手伝うよ」

「他の魔物は」

「多分、大丈夫、あの魔族の子と、羽の子、そして金髪の子が抑えてくれるよ、エルフの子もそろそろ来そうだし」


 ラムグッドは巨大なファングボアから目を離さずに、そう言った。


 トーリンはチラリと周りを見渡した。アリシアは光の魔法を足に纏わせて魔物を蹴り飛ばし、アキヒサはそのヴァルハ族並の筋力を活かし、次々と魔物を殴り飛ばしている。


 ミラーナは20メートル程上空に浮いていた。あれは魔族の魔法だ。彼らは普通の人類よりも精霊に近く、魔法の扱いに長けているのだ。


 ミラーナは四本の手をまるで水晶で占いをする占い師のようにこねくり回し、手と手の間に火球を作っている。


 そして、ある程度の大きさになった瞬間、その火球からまるでマシンガンのように連続して火の槍が魔物達に襲いかかった。


 この様子なら、他の魔物は任せても大丈夫そうだな。トーリンはそう考え口を開く。


「そうか、分かった、奴を倒すぞ」


 トーリンは再び拳を固め、ラムグッドはノームに「力を貸してくれ」と囁き構えを取る。


 それが、ファングボア対トーリン&ラムグッドの始まりであった。



       ❖❖❖あとがき❖❖❖


■ラムグッド

ドワーフの男、身長は160センチにも満たないが、体格のいい身体をしている。髪は黄色で顔立ちはドワーフとは思えない可愛らしい顔立ちをしている。性格は陽気で気まま、そんな性質の為ノーム達に気に入られている。


楽しんでいただければ幸いです。



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