第2話 死闘

あのワーグ退治から10年の月日がたった。俺も今では15歳。充分に大きくなった。


あれから10年間、俺はアイスグリズリーに恐怖して泣いたことを悔やんでいた。俺の中に目覚めた戦士の心がそれを許せなかったのだ。


だから、親父に、トールギスに頼み体を鍛えてもらった。その甲斐があって、体はすでにバキバキムキムキ、俺は15歳でまだまだ成長するだろうが、身長は180を超えており、ギデールさんの身長を越した。


それでもここ最近は北の魔物が南下しているらしく、未成年が一人で森に行くのは禁じられている。その為、狩りに行くには成人の同行が必要になったのだ。


俺は、父親や、ギデールさんがアーガルズに帰ってきている時はギデールさんにお願いして、森で狩りをしていた。


そんなある日、ギデールさんからこんな話を聞いたのだ。それは、ここアーガルズでも陽の光が暖かく感じる日がある季節、夏だった。


この雪国、アーガルズの雪が溶け、緑の草木が風に揺れている中、外に置かれた木製の長椅子に座ってくつろいでいると、ギデールさんが話しかけてきたのだ


「よっ!トーリン君、実は君に、話したい事があるんだ」

「ああ、ギデールさん、久しぶりですね……。俺に話したい事とは?」


俺がそう聞き直すと、隣いいかい?と言いながらギデールさんは長椅子の隣に座り、話しを始めた。


「実は、この数十年間の間で、魔物の南下、そして活発化が大陸で問題になっているんだ。」

「まあ、アーガルズでもドレイクやアイスワームが近隣を荒らしたとか聞きますしね」


アイスワーム、ドレイクに並び竜の末裔として知られる生きた大災害だ。この化け物はヴァルハ族の選りすぐりの戦士20名で挑んで討伐したらしい。


その中には俺の親父、トールギスもいた。親父は、戦斧のトールギスと呼ばれるほどの斧の使い手なのだ。


「まあね、でも、大陸は私たちみたいに皆強いわけじゃない、それどころか、大概の人々はワーグ一匹で村を、滅ぼされるほどの強さだ」

「…………」


正直ひ弱すぎでは?と思う。だって、俺5歳児の時に5匹倒したし……、まあ、日本人だった頃の感性が、そりゃあ滅ぼされるだろうよと言っている。だからここはノーコメントだ。


「だから、大陸側は兵士の教育に力を入れるそうだ」

「まあ、それはそうなりますよね」


人々が弱いなら強くする必要がある。当たり前の事だ


「そこで、我々アーガルズの人々と交流がある大陸のミスガル帝国は騎士学校の再編を始めたそうだ」

「……はい?」


何故それを俺に話したいのだろうか?


「そこで、留学生を世界各地から呼びたいそうだ。」

「留学生……」

「そう、そこで私にも誰かアーガルズの戦士の子供を留学させてくれないかと話が来てね」

「なるほど……、」


留学生、騎士学校………、うおー!!なんかファンタジーっぽい!!


「それにだ、騎士学校で優秀な成績を収めた生徒は聖騎士になれるらしい」

「聖騎士…ですか?」


聖騎士!!パラディン!?うおー!!!超ファンタジーじゃん、響きがまずかっこいい!!


「聖騎士はその特権で様々国で活動ができるらしい、トーリン君、君は昔から、私の冒険話や冒険譚が好きだったよね?聖騎士になれば、いろんなところ旅できるし、いろんなところにいる魔物と戦う事が出来るよ」


様々国で活動ができる……、いろんな魔物と戦える……、聖騎士、英雄っぽい。冒険も英雄的活躍もできる。それにそんな名誉な地位に就けば確実にモテる


「最高じゃないですか」


俺は最高な未来(多種多様な魔物と戦い、美少女とイチャコラして世界を観て回る自分の姿)を想像して口元が緩む。


「あ、でも、大陸の魔物なんて大抵、俺達ヴァルハ族の敵じゃないですよね?」


強力な魔物がいるとしても、数匹程度って聞いたし


「いいや、大陸にも凄まじい力をもった魔物は存在しているよ、でも本来数が少ないんだ。だけどね、近年の魔物南下、そして活発化から人類の生活圏へそれらの魔物の出没も増えてきていてね、それらも兼ねて、アーガルズのヴァルハ族を大陸に呼びたいらしいんだ」

「なるほど……、その話、受けたいです」

「トーリン君ならそう言ってくれると思っていたよ!」

「ですが……、行く前にやり残した事がありましてね…」

「?やり残した事かい」


そう、ここを出ていく前にどうしても殺らなくてはいけないことがある。





✦✦✦





俺は今、族長(御年108歳)のところに来ている。


はっきり言おう、この人がこの村で一番年をとってるなんて言われなければ気付かないし、言われても信じれる人はなかなかいないだろう。


まるで大きな丸太のような腕、大地のような大胸筋、白髪になってしまっているが、髪は燃え盛るように逆だっている。髭も生やしてあり、その真っ白な髭は口全体を覆い、まるで北欧神話に出てくる戦神のような風貌だ


目の前の偉丈夫がゆっくりと口を開く


「ほう……、アイスグリズリーに一人で挑みたいか……。」

「はい、あれは私のトラウマです」

「………恐怖を壊したいと…?何故今なのだ?」

「先程、ギデールさんから大陸へ行かないかという話があり……、」

「なるほどのう……、ここでの悔いをなくさねば新天地には赴けぬと……」

「はい、」

「………アイスグリズリーは大人でも簡単に倒せるものは少ない………、お前の親父だって、18を超えてから倒しておる……。

それでも、やるというのだな?」

「はい!!」

「うむ、ならばもう何も言うまい………、ギデール、ついて行ってやりなさい。アイスグリズリー相手に戦うのならば死に体となった戦士を運ぶものが必要だろう」

「御意」


ギデールさんは静かに頭を下げて返事をした。


「戦士トーリンよ、貴様は先に門まで行っていろ……、ワシはギデールと話がある。………先走ってはならぬぞ」


族長はギデールさんだけ残るように言い残し、俺を追い出した。


……何の話をするのだろうか?









「グフッフッフッフ……、15でアイスグリズリーに挑んだ者など、最近では貴様ぐらいではないか?ギデールよ」

「ええ、トーリンは5つの時にワーグを5匹討伐しております。若いうちに雪辱を果たすと思っていたのですが……、もし、これでアイスグリズリーを一人で討伐してしまったら、私や族長を除くヴァルハ族最小年討伐記録ですよ」

「そうじゃな…、楽しみじゃ」


石レンガの家の中で、暖炉の炎で暖まる二人の戦士は、若き戦士への期待で満ち溢れているのであった。






✦✦✦





フサッフサッとアーガルズでは短い時期しか生えない雑草の中に足を踏み入れる。そのたびに小気味よい音が鳴る。アーガルズ南方の森から北へ進み、中腹を目指して歩みを進める。南方の森でも最近はアイスグリズリーなどのヴァルハ族にとっても危険度の高い魔物が現れるようになった為、運が良ければ(本来は悪いのだが、)ここいらで遭遇できるかもしれない。


ギデールさんは一応後ろについてきているようだが、本当に命の危険だと判断しない限り、出てくるつもりはないらしい。


しかし、本当に気配を感じない……、ギデールさんの戦士としての技量に舌を巻きつつ、俺はアイスグリズリーを探してより森の深いところへ足を踏み入れるのであった。







うーん、随分と歩き回ったがおかしいな…、アイスグリズリーどころかワーグ一匹見かけない……。どうしたのだろうか


極寒の地域とはいえ今は夏、歩き回れば汗をかく、汗で頭が蒸れた為に、ヴァイキングの持つ兜のような角つきの兜を脱ぎ、頭をかく。


喉も渇いてきたし、ここいらで一旦休憩でも取るか…、そう思い、腰にぶら下げていた羊の胃袋でできた水筒に手を伸ばし、ゴクゴクと水を飲む。……ん?


鼻孔に刺すのは、嫌な鉄の匂い。これは戦士ならば良く見知った匂いだろう。


━━血の匂いだ


俺はそう判断して、水筒をしまい、いつでも戦斧を抜けるように背中に手を伸ばす。俺は体が大きくなるごとに親父から戦斧を貰っていたのだ。まあ、それらは全部親父のお下がりなのだが……、


こっちの方だな…、トーリンはそう当たりをつけて、血の匂いのする方へ歩き出した



歩き出してから数分たった頃だろうか……、血の匂いに混じり、獣特有の匂いが複数鼻を刺す。


この匂い…、一匹だけではないな……、複数いる時点でワーグだろうと当たりをつけるが、アイスグリズリーである可能性もあるため、さらに匂いのする方へ足を伸ばす。


すると木々の間から獣の息遣いが聞こえて来た……、


━━あれはっ!?


そこには巨大な灰色の塊が比喩表現ではなくまさしく血の湖に沈んでおり、その近くに別の巨大な塊がうずくまっていた。


その巨大な塊からはグッチャリ、グッチャリと血と肉を咀嚼するような気味の悪い音が鳴っている。それと同時にフガフガと獣の荒い鼻息が聞こえ、その正体が興奮気味であることがよく分かる。


そして、その血の湖に沈んだ巨大な灰色の塊、アイスグリズリーを咀嚼していた化け物がこちらに気づいたのか、血に濡れた顔をこちらに向ける。


真っ赤に血走った瞳はこちらを見るだけで射殺すかのように悍ましい殺気を放ち、その生え揃った牙は並のアイスグリズリーとは比べ物にならないほど凶悪である。


しかし、その姿はアイスグリズリーそのもの…、だが、体毛は様々な獣の血で真っ赤に染まり体中にはいくつもの傷がついている。その姿は、地獄から来た魔獣と呼べるほど恐ろしいものだった。その姿は、戦いを至上とする狂人達でも恐怖するものだろう。


「あ、アイスグリズリー…、なのか?」


俺は混乱していた…、ここ数年森に入って様々な魔物と戦い、同い年の戦士やギデールさんなどと一緒にアイスグリズリーだって狩ったことがある。だが、あそこにいる、異常な熊の化け物をみたことがなかった。


だがしかし、その巨大な熊の魔物という存在は、アーガルズではアイスグリズリーくらいしかいない。アイスグリズリーよりも大きい熊の魔物など聞いたこともないのだ。


ということは、あれは凶暴なアイスグリズリー…、もしくは突然変異した個体と言うことだろう。それに、ギデールさんが動かないってことは、俺が戦っても大丈夫って事だろう。


俺はそう判断して戦斧を握り、すぅーっと空気を満パンに肺に入れる。夏とはいえアーガルズは極寒の地、空気は冷たいものだ。それらが体を冷やすが……、


「ウオオオオオオオオオオオ!!!」


その空気を一気に殺意とともに解き放つ。その瞬間に冷えた肝も、引いていった血の気も一気に沸騰する。


ウォークライ


ヴァルハ族の戦士達が使う呼吸法である。準備運動なしに体の体温を高め、身体能力を万全にする技だ。そして、その叫び声は本来、相手に恐怖心を与え、動きを鈍くする効果もあるのだが……、


グアアアアアアアァァァァアアア!!!


血濡れのアイスグリズリーにはその効果は無かったようだ。食事を邪魔された挙げ句、強烈な殺気をぶつけられて、その怒りは頂点に達した。その叫び声は大気を木々を内臓を揺るがした。怒り狂った化け物は、小さな人間をグチャグチャにする為に全速力で突進する。


だがしかし、そこにいる人間はヴァルハ族の戦士


戦士もまた、化け物アイスグリズリーに巨大な戦斧を掲げて全力疾走する。


それは、一人の戦士と異常な化け物との殺し合いが始まる合図であった。





✦✦✦




目を見開き、大きく、鋭すぎる爪が目の前を通り過ぎるのを見る。極限の集中力がその動きを一瞬スローモーションに映す。アイスグリズリーがワーグなんかと比べることができないほどの速度で腕を振り下ろす。


それをギリギリで躱し、あいた脇腹に戦斧を叩きつける。俺の後ろではまるで爆発が起きたかのような衝撃と音が鳴り響く。粉々になった石や土が俺にぶつかるが知ったことではない。


「っ!?」


その斬りつけた感触はまるで岩だった。いや、肉による弾性がある分こっちの方がたちが悪いだろう。しかし、2〜3センチの分厚い皮を突き破り、筋肉を叩き斬れた。叩きつけるように斬った為に血が肉が飛び散る


グアアアと怒りに喉奥を鳴らしながらアイスグリズリーは脇腹にいる俺に向かって噛みつこうとしてきた。俺はそれを咄嗟に避けるが、アイスグリズリーはそれを目視する。野生の信じられない反射速度で軌道を修正し、ヤツの生暖かい息と共に牙が俺の肩をかする


「ぐっ…!!」


少しかすっただけでも皮膚が斬り裂かれ、血が噴き出す。なんて鋭さだ……、そして、この出血量の多さはウォークライの副作用だ。血液の循環が普段の倍以上良くなるため出血の速度も速くなる。


ヴァルハ族の死闘は短時間だ。とは言っても、戦いながら血肉を喰らえば長時間の戦闘もできるのだが…、喰ったものを直ぐに血に変える事ができるヴァルハ族は消化力も最強なのだ。


ヤツが俺を噛み殺そうとした結果、高い位置にあった頭が丁度いい位置に降りてきた。俺はヤツのアゴに向かって戦斧で斬り上げる。


脚から腰に、腰から腕に力を瞬間的に流し、思いっきり斬り上げる。


ガツン!


岩を殴ったかのような大きな音と共に、アイスグリズリーのアゴの肉と皮が血と共に砕け散る。アイスグリズリーの噛みつこうとした首の力の慣性に、俺の斬り上げの力が組み合わさり、骨が見えるほど切り傷は深くなる。


頭はアイスグリズリーの体が浮くほどにかち上がる。これは反射的にアイスグリズリーが力を逃がす為に体を浮かせた事にも原因はあるだろう。


地面にボダボダボタと大量のどす黒い血が流れる。


だが、ギロリと赤く血走った目が俺を睨みつける。その瞬間ゾクリと背筋が凍った。


奴はそのままの勢いで2本足で立ち、鋭い爪を持つ前足で、横から殴りかかってきた。


その前足は風圧を感じる暇も無いほどの速度で振り抜かれた。


ガヅンッ!!!


咄嗟に戦斧を盾にしたが、その衝撃は凄まじいものだった。


「うぐッ!!!?」


一瞬で意識が飛びそうになり、肺の中の空気が暴れ出す。その次に感じたのは凄まじい速度でふっ飛ばされる浮遊感だった。


意識がまた飛びそうになるも、回転しながらぶっ飛ばされる俺は木々にぶつかり、それらをへし折りながら飛んでいく。その衝撃で飛びそうな意識が覚醒する。


数百メートルぶっ飛ばされたところで、ぎっちりと握られた戦斧を地面に突き刺して勢いを止める。


ガリガリガリと地面を削り、数十メートルの切断線を地面に作り俺は静止した。


「かふッ…、」


内臓にダメージがいったらしい。口から血が流れる。しかし、ぎっと、飛ばされた方を睨みつける。闘争心はまだ失われていないのだ。


するとドドドドドドと地面を激しく揺さぶる音が鳴り響き、フガフガと荒い大きな鼻息が聞こえて来た。


ヤツが凄まじい速度でこちらに走ってきているのだ。その目はやはり血走り、凶悪な牙を生やした口はこちらを噛み殺したそうに開かれている。


それを見た俺は、心臓が止まりそうになるほどの恐怖心と……、血肉が沸騰して蒸発しそうになるほどの戦いの昂りを感じた。


「ウオオオオオオオオ!!!!」


俺は再び吠えた。


ヤツが突進してくるのをギリギリまで待って、俺はすんでの所で上へ跳躍した。ヤツはそのまま木々をなぎ倒していくが、俺はそんなヤツの背中にしがみつく。


ヤツの背中はまるで小さな血染めの草原だった。しかし、生えているのは特別硬い体毛だ。


ヤツは俺が背中に乗っている事に気づいたのか振り落とそうと暴れ出すが、左手でぎっちりと体毛を握りしめている為、振り落とされない。右手には得物の戦斧をしっかりと握りしめている。


俺はヤツが、俺を振り落とそうと暴れている間に靴を脱ぎ、裸足になる。


何故、いきなり裸足になったのかって?それはな……、


俺は裸足になった足の指でヤツの体毛を掴み、体を固定させる。俺はこれをする為に、靴を脱いだのだ。


俺は両手が使えるようになったので暴れるアイスグリズリーの背中めがけて思いっきり戦斧を叩きつける。


グアアアアアアア!!?


何度も、何度も、何度も


そのたびに血が、肉が、皮が飛び散る。


その痛みに耐え兼ねたヤツは転がるようにして暴れまわった。俺はそれによって背中から突き飛ばされる。


だが、ヤツは痛みのあまり俺の居場所を確認せずに未だに転げ回っている。だから、


俺は高速でヤツの顔に近づき、戦斧を振り下ろす。狙いは鼻だ


熊は鼻に沢山の神経が通っているそうだ。つまり、ヤツの弱点というわけだ。


グアアアアアアアァァァァ!!!?


ヤツは再び痛みに慟哭を上げる。これでヤツの五感のひとつ、嗅覚を潰した。


しかし、ヤツはこの程度では止まらなかった、斬られた鼻で俺を突き飛ばし、流れる血で目潰しをしてきたのだ。


━━不味い!?


そう思った時には、遅かった


ガウウ!!と生暖かい息が左半身に感じたかと思うと、グチャリ、ベキ、ボキと、肉と骨が砕かれる音がした。


「ぐああああああああ!!!?」


そう、俺は左半身を噛みつかれたのだ。


俺は歯を食いしばり、右手の戦斧を振り上げる。まだ、完全に体を噛み砕かれていない!!


俺はヤツの左目めがけて戦斧を振り下ろした。


ギャアアアア


ヤツは短い悲鳴を上げながら噛む力を緩めた。俺はその隙に口から逃げ出した。


これでヤツの左目の視力を奪った……、だが、俺もすでにボロボロだ。そろそろ決着をつけなくては…。


今ヤツは左目の視力と嗅覚がない。ならば




俺はヤツの左側に向かって走った。ヤツは目をやられた痛みで俺の位置を把握しきれてないみたいだ。だからこそ、この技が使える。


俺は、まだ親父と比べると力が強くない。いや、平均的な年の近いヴァルハ族の筋力は上回っているが…、特出して強い訳では無い。


そして、ギデールさんみたいに凄いスピードを出せるわけでもない。


俺は、ギデールさんと親父の中間的な感じのスペックだ。


良く言えばバランス型、悪く言えば器用貧乏。


だから、あんな化け物相手にこの技を出せるところまでこぎつけるのに時間がかかった。


俺はジャンプし、ヤツの左側で一番硬そうな木に足をつける。そして、その瞬間、俺の足をつけていた木は何かに撃ち抜かれたかのように弾け飛んだ。


俺は、超高速でヤツに向って飛んでいったんだ。


これは、あの時、俺が初めてワーグと戦った時に、ギデールさんがやっていた技だ。


ギデールさんほどのスピードはでないが、ギデールさんよりもあるパワーでゴリ押しするのだ。


「うおおおおおおお!!!」


俺は勢いのまま、ヤツの首筋に戦斧を当てる。ギチギチと皮と肉が耐える音がするが、さらに力を込めて振り抜く。ヤツに噛まれたことであいたテニスボール大の噛み傷から血が噴き出すがそんな事知ったこっちゃない。さらに力を込める。


すると次の瞬間


ザッグン


肉が、骨が斬れたとは思えない轟音と共に、ヤツの首がすっ飛んで行く。


ヤツの体は、首を無くしたせいで制御を失い、力なく倒れる。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


俺はそのままの勢いで倒れ込み、地面にズリズリと擦れるのだが、気にしない。


俺は、疲労と出血により、ぼやける視界の中で、動かなくなったヤツの体を見て、自分が何をしたのか、実感した。


俺は、俺はやったんだ!


戦いの緊張が取れて頬が緩む。俺はふらふらと立ち上がり、そして。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」


勝利の雄叫びを上げるのであった。





しかし、




「危ない!!」


ギデールさんの声が聞こえ、ギデールさんが俺を掴んで一緒に横に倒れ込む。


「……は?」


そこで、俺は信じられないものを見た。ギラギラと殺意に満ちた血走った赤い目で俺を睨みつける、生首のアイスグリズリーがいたのだ。


大きな口を開けて俺を道連れに噛み殺そうとしたらしい。


間一髪の所でギデールさんが俺を倒してくれたおかげで、噛まれずに済んだ。


ヤツは、潰れていない右目で俺を睨みつけ、噛み殺せなかった事を恨めしそうに、カチ、カチと歯を鳴らしているのだった。


「な、何なんだ…、こいつは…、」


その様子にギデールさんも戦慄しているようだった。ヤツはそこから数秒後、カチカチと歯を鳴らす音がゆっくりと消え、強張っていた口が、だらりと力を失った。


今度こそ、これで死んだのだ。しかし、その生気を無くした瞳は、今尚俺を睨みつけている。


俺は、獣の…、いや、化け物の恐ろしい執念を知り、戦慄したのだった。


これが、俺の初めての死闘の記憶である。



       ❖❖❖あとがき❖❖


・ウォークライ

ゲームならば、自身へのバフがけと相手へのデバフをかけるスキルと言ったところ。デメリットが被ダメージが増えることと、弱い味方にもデバフがかかることだ。(戦士の殺意に当てられ弱い味方は恐怖する。逆に同格、それに近しい者は触発されてバフがかかる。)


・アイスグリズリー

アーガルズ中腹の森の中に生息している雑食の魔物。大きさは肩までの高さで小さくても3メートルを越し、立ち上がったら6メートル以上になる。

アイスグリズリーを一人で狩れたら一人前のヴァルハ族の戦士と言えるだろう。


・血濡れのアイスグリズリー

今回の敵。凶暴な特殊個体。返り血により真っ赤に染まった体毛を持つ。ゲームならば、エンドコンテンツで出てくる強いボスである。序盤で戦っていい敵じゃない

通常のアイスグリズリーより一回り大きい


楽しんでいただければ幸いです。

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