089 ???視点

「神官長、ドムヤットのベギルドット前辺境伯様から緊急の知らせが届いております。」


「ありがとう、ここに置いて頂戴ちょうだいすぐに読ませていただくわ。」


 机の上で書いていた書類を脇に寄せ、封を解くと中には信じがたい内容が書かれていた。

 ナミルタニア国が国境を越えて侵入して来た挙げ句、先の戦争でも問題となった兜無しデュラハンを連れてエラメニア砦へと迫っていると書かれており確かに早急な対応が必要だろう。

 数十年前に戦場となったこの辺りも少し前までは不死者アンデッド達が夜に出現し、兜無しデュラハンなどの上位種を倒すために神殿騎士が集められたものですが、最近ではあまり見かけなくなり出てもゴーストやスケルトンのみなので、皆他の地へと帰ってしまいました。

 この神殿は国境から近く、前回のいくさの後には兜無しデュラハンに襲われて心を壊された人々が大勢送られてきました。

 彼らの姿からはとても嘘を言っている様に思えず、確かあの時はナミルタニアの神殿に質問状を送り、そんな物は存在しないと突っぱねられたのだったか。

 あまりにも簡素な返事に後ろめたい事でもあるのだろうと、魔の物に手を出したナミルタニアの神官達に天罰をと祈りを捧げたものだが、あちらの神殿で何かが起こったという話は聞こえて来ない。

 この話を信者達に話せばせっかく落ち着いた心を乱すことになってしまうが、エラメニア砦はここから1日もかからない程近い場所にある。

 戦いに負ければ周囲では接収せっしゅうという名の略奪りゃくだつが行われ、この街にもその魔の手は迫ってくるだろう。


「聖堂に神官と信者を出来るだけ集めなさい、緊急で話さなければいけないことがあります。」


「かしこまりました。すぐに行ってまいります。」


 扉の前で待機していた従者に指示を出し、急ぎの書類を片付ける。話す内容も考えなくてはいけないが書類仕事をしている暇など無くなってしまいそうなので先に片付けておかなければ。


 聖堂での話が終わると血の気の多い者達から戦争へ参加するという声が上がった。

 前回は戦場付近での治療行為を請負はしたが、今回はアンデッドを倒すと息巻いた過激な連中によって大勢が決まってしまった。

 せめてもの救いは兜無しデュラハンを恐れ震える者ばかりではなく、立ち上がり倒すことを誓った者達が思っていた以上に多かった事だろうか。

 彼らの信仰心の強さに感謝を送り、彼らの誓いが無駄にならぬように移動の準備を急がせた。


 しかし、ああ、何ということだろうか。たどり着いたエラメニア砦には辺境伯の軍はおらず、話を聞けばベギルドット様より遅延ちえん戦闘を命じられたと悲壮ひそうな顔で伝えられた。

 思い返せばベギルドット様の手紙にはこの砦が戦場になるとは書かれておらず、おそらくは逃げろという意味であの手紙を寄越して下さったのだろう。

 自分のミスにより信者達を危険に晒してしまう事になったが、この様な顔をしている人達を置いて自分達だけ逃げるなどということは出来ない。

 移動を望む信者を逃がし、砦の兵士達を励まし共に戦うことを心に決めた。


 ナミルタニアの兵士達が砦を囲み、攻城兵器が立てる大きな音の中で共に励まし合い、命がけで攻城兵器を破壊しに行くという勇者達に心ばかりの祝福を皆で送る。

 一度は鳴り止んだかに思えた騒音が再び鳴り出して、勇者達の死を皆が悟った時も私は諦めずに祈りを捧げ続けた。

 しかし、我々を守る唯一の壁は崩れ、その隙間から魔物が顔を覗かせた時、私は信者達を砦に連れて来てしまった後悔が神の導きだったことを知る。

 祈りの言葉を捧げながら作り出した火球は自身の力を越えて大きく成長し、撃ち出された火球が魔物に乗った全身鎧の騎士達を焼き尽くした。


兜無しデュラハンだ!また人間に化けていたんだ!」


「紫鎧だ!逃げろみんな殺されるぞ!」


「数が増えてるなんて聞いてないぞ!侯爵様の炎も効かないのにどうしろっていうんだ!」


 信者や兵士達の悲鳴が聞こえ、炎が晴れた場所から水の球がこちらへ飛んでくる。


「神官長様お下がりください!この場は我々が抑えます!」


 兜無しデュラハンとの間に神殿騎士達が立ちふさがり水球を受け止める。

 聞こえてきた信者達の悲鳴の内容を理解し、これが信者達を長年苦しめていた亡霊アンデッドの姿なのだと思いいたる。


「やはり現れたか紫鎧の亡霊め!聖なる光を浴びて浄化されるが良い!!」


 先ほど導きによって知った神聖術の極意の通りに魔力を集め、祈りの言葉と共に神に魔力を捧げて、この場に不死者アンデッドを浄化する神聖な領域を作り出す。

 温かな光がまばゆい程に強く輝き、不安や悲しみにあふれていた心を落ち着けてくれた。

 強い光が落ち着き目を開ければそこには見知らぬ金の兜が大きく映り込み、左肩から腰にかけて衝撃が走る。


「なぜ…魔の者が…光の中で生きて……」


 聖なる光のおかげだろうか、痛みは無く、死への恐怖も薄れ、ただ空を見上げるように落ちていった。

 そういえば、デュラハンとは元は精霊だったと昔聞いたことがあったかしら……



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デュラハン


 元々は水の精霊騎士であったが、その鎧の美しさに目をつけた欲深い人間によって兜を奪われ、取り返すために精霊王との誓いを破り、魔に落ちた。

 失った兜を探すために彷徨さまよい続けており、殺した相手の首を乗せていることがある。

 また、首の無い馬に乗っていて、馬車や戦車を曳いているなど複数の姿が確認されており、それほど大量に兜を盗まれた精霊がいるとは考えられないため。本体の精霊騎士の影なのではないかと考えられている。


 失ったとされている兜は未だに精霊の頃の美しい姿をしており、魅了された者が身につけると血の涙を流しながら彷徨い歩く事になるらしいが、発見されたとの報告は無く、精霊が見える者が減少した昨今では噂を聞くことも無くなった。

 その兜の姿は美しい白地に水が踊るような金の細工がされた姿をしているそうだ。

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