093

 完全に日が沈み篝火かがりびかれる中、ようやく撤退の合図が鳴り響いて敵兵が逃げて行く。

 両側から挟まれた敵右翼は武器を捨てて降参し、味方の右翼や本陣も敵を追わずに引き上げる様だ。

 早朝から半日以上、戦っていない時間の方が多いけど皆疲れ果て、降参した連中の武器を取り上げるのすら面倒そうに行われていく。

 逃げてくれていたらこの作業もなく、今頃は座り込んで干し肉でもかじることができたんだろうけどね、見張りも必要になるし戦果とはいえあまり嬉しくはないのだろう。

 まだ仕事があるのは貴族も同じで、戦果と被害状況の確認もあるし、本隊同士の戦いがどうなったのか私も知りたい。


 貴族達が集まった天幕の中は血生臭い匂いが充満しており、赤く染まった包帯を巻いたままの怪我人が何人もいた。


「皆も早く休みたいであろうし始めるとしよう。まずは左翼から聞こうか、何やら随分活躍したと聞いたぞ。」


 以前の戦争でも従軍していた第一王子が仕切って先をうながす。

 すでに30歳を越えており、大きな瑕疵かしも無いのでそろそろ王位を継ぐのではないかと言われている。


「では私から。最初こそ敵の魔法によって混乱はありましたが、押し込み半包囲することに成功し、現在は3割ほどを捕虜としております。

 被害は1割ほどでしょうか?治せぬほどの重傷者は少ないですな。

 最初ですし、あまり長くなってもいけませんからな簡単ですがこんなところでしょう。」


 ずいぶん簡単に説明したものだけど、満面まんめんの笑みで他の指揮官達に視線を送り挑発をしている。


「次は私ですか、中央は序盤の混乱も無く想定通りに推移すいいいたしました。

 中盤からは敵右翼の混乱が伝わり、優位に対峙する事が出来ましたな。

 死傷者は2割ほど、重傷者もそれなりですな。」


 左翼指揮官の視線を鬱陶うっとうしそうにしながらも、淡々と報告をした中央の指揮官が右翼指揮官へと視線を飛ばす。


「う、右翼は敵に魔力持ちが多く、序盤に戦列を崩されたのが響き立て直す事に必死で、本隊へ敵を通してしまいました!申し訳御座いません!この償いは必ず致しますので!どうかご容赦下さい!」


 額から滝のように汗を流し、何度も謝罪している様子が同情を誘う。


「良い、敵の行動を考えれば強兵が集められていたのも事実だろう。

 何もなしとはいかんが悪くはせんから安心せよ。」


 王子が鬱陶うっとうしそうに手を振り、言質げんちあたえて落ち着かせるが。今度は涙を流して感謝の言葉を連呼し始めたのであまり効果は無かったかも知れない。


「それで、被害の方はどうなっている?」


「は、はい!被害は3割を越え、重傷者も多いため立て直しには時間がかかるかと…」


「であろうな、分かった。負傷者はゆっくりと休ませよ、治療薬も惜しむ必要は無い。どうせじきに来る後続部隊が持ってくるからな。」


「はっ!感謝致します!」


 戦いには勝ったからか妙に王子が優しいのが気になるけど、右翼の指揮官とは仲が良いのだろうか?

 追加で敵本体に襲われていたらどちらにしても抑えきれなかっただろうから責めるのも可愛そうだけど。


「さて、本隊に関してだがミルトナーム説明を頼む。」


「はっ!敵本隊とぶつかった後からになりますが、包囲により敵の強行突破を誘い、敵の主要人物を誘い出すことに成功しこれをビルザーク殿の手によって討つ事が出来ました!

 ナミルタニアの九十九つづら槍と噂に聞くエランコードの剛槍の戦いは手に汗握りましたな!殿下の護衛がなければもっと近くで見れたというのに!」


「はぁ、もう良い。その後は穴を埋め強行突破してきた連中を閉じ込めようとしたが幾人いくにんかに逃げられた。

 それゆえ剛槍の死と作戦失敗を知られて敵が撤退、こちらも追うことはせず今こうして集まっているというわけだ。」


 説明をしていた途中で興奮しだし、周囲の騎士達に同意を求める姿ではそうは思えないけど、ミルトナーム様はこれでも一応王国騎士団の団長をやっている方だ。

 ちなみに九十九つづら槍というのはビルザーク様の二つ名で、幾重いくえにも曲がる槍の軌道を布を織る事に見立て、九十九織つづらおりという織り方からもじって付けられたらしい。


「ですから私も前に出せと申し上げたではないですか。ヘムヤット辺境伯領といえば剛槍ベギルドット卿を筆頭に槍の名手がそろい、強兵として知られる領地、いかに王国騎士団とはいえ一騎士には手に余ることもありましょう。」


「それに関してはもう悪かったと言ったではないか、自分も失策であったから貴様に言われた通り右翼も責めん。

 話を続けるが、その後、斥候の話では何故か敵は街へ入らず兵士を再編して王都方面へと向かったらしい。

 それから街の代表を名乗る者から話し合いの要請が来た、街の中には兵士はおらず大量の難民であふれているから攻めるのは待ってくれとな。話し合いの結果によれば門を開くと言ってきたがどう思う?」


「それに関してですが、殿下の行なったあれのせいではありませんか?」


 騎士団長の叱責しっせきわずらわしそうに振り払い、殿下が無理話を進める。てっきり明日はまた投石機のお守りかと思ったけど、どうやらそうはならないかも知れない。


「あれとはなんだ?難民が領都に集まる策など記憶にないが。」


「ほれあれです、エラメニア砦の兵士が言っていた荒唐無稽こうとうむけいな話を使った農民共の追い出し作戦ですよ。」


「ああ、あったな。だがあれは噂話で怖がらせて村から追い出す程度の話だっただろう、何故その農民達が戦場となる領都に集まるのだ?」


「分かりませんが広めさせた間諜かんちょうの独断でしょうか?神官の神聖術すら効かぬ不死者アンデッドが襲ってくるという噂を流しましたので、大神殿にでも行こうとしたのでは?」


「ふむ、面白がって広めてみたが、やりすぎると後世で不死者アンデッドを使って神を冒涜ぼうとくしたなどと書かれかねんな。」


「後世どころか前回の戦の時に兜無しデュラハンについての質問状が来ていたそうです。異端審問いたんしんもんにかけられても知りませんぞ。」


「審問など神前で嘘をつかねばいいだけだ、問題にもならん。

 しかし、ただの噂をそこまで恐れるとは、紫鎧の話は思った以上に広まっているのかも知れんな。」


「調べさせますか?」


「いや、どうせもう使わん手だ、放っておけ。」


 周りを放置して2人で話を進められていたけど、なんだか聞き捨てならない単語を聞いた気がする。

 なに?紫鎧が兜無しデュラハンで?神聖魔法が効かなくて?村を襲ってるの?

 そういえば大槍の人にも兜無しデュラハンや魔物呼ばわりされていたし、もしかして砦で受けた光の魔法って私をはらおうとしてたって事?

 そしてそれを国主導で広めようとしたら、すでに広まりすぎてて過剰に反応されたって風に聞こえたんだけど!?

 おかしいとは思ってはいたんだよ、前回とは違って明らかに敵兵が逃げ腰になるんだもの!

 ナミルタニアでも紫鎧とは呼ばれていたけど、それは活躍した有名人くらいのものだった。まさか魔物だと思われていたなんて知らなかったよ。

 そして変な尾ひれを付けた挙げ句に放置ときた。後で絶対に鎧をみがく事を心に決め、会議の行く末を複雑な気持ちで聞くことになった。

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