092 ???視点

 ナミルタニア国の蛮族共ばんぞくどもが休戦条約を無視してエランコードに攻め入って来おった。

 昨年から砦の兵力を増員し、周辺国の食料価格も上がっていたのであからさまではあったが、今までナミルタニア国が攻めに回る事は無かった事が王都の若造達の油断につながっていた。

 続けて隣国のゼーレンガルク国まで国境を越えたと知らせが入り、さらに王都からの増援が全てゼーレンガルク国側の国境に回されると伝えられた事で、温厚な息子ですら早馬の使者を怒鳴りつけていた。

 ゼーレンガルクを先に倒し、返す刀でナミルタニアを滅ぼすなどとうそぶいていたが、国力としてはナミルタニア国よりゼーレンガルク国の方が上だからこそナミルタニアを攻めていたのだ。

 戦慣いくさなれしていない可能性もあるが、あの国にも魔物の領域があり海賊と戦い慣れている以上望みは薄いだろう。

 増援が来ない以上、辺境伯領周辺の兵力を集め対応しなければならないが、集めるにも時間がかかり前回負けたことで傭兵の報酬は値上がりすることになるのは頭が痛い。

 エランコード最大の傭兵団であったエランの大翼が分裂し、国中に散らばってしまったのも困り事だ。依頼をするにも呼びつけるにも手間も時間もかかる。すでに王都の連中に雇われている可能性も高いし砦を1つ諦めざるをえんか…

 周辺の貴族に領都ドムヤットに集まるよう早馬を飛ばし、国境沿いのエラメニア砦には出来るだけ時間を稼ぐようにと命じる。

 増援は出せんがあの辺りには戦場跡地のアンデッドを倒すために神官が多くいるはずだ、ナミルタニアが兜無しデュラハンの部隊で虐殺ぎゃくさつを行おうとしているとでも言って戦力を出させるか。

 前回の戦争でも暴れられて噂は広まっているはずだから、信心深い連中なら乗ってくるであろう。


 エラメニア砦が落ちたとの報告が入り、休息を取るようだとの知らせで一息つく事が出来た。が、何故か周辺の村や街からの避難民が領都へ集まり始めた。

 これから戦場になると言っても出ていかず、次の日には外に出ればアンデッドに殺されるなどという噂が広まっていた。

 大神官の神聖領域すら効かない兜無しデュラハンが、首のない馬に乗って指揮を取り大群で襲ってくるらしい。

 集まった平民共のせいで貴族達の部隊も街へは入れず。平原へ並べるしか無くなり、寡兵かへいにもかかわらず正面から敵とぶつかることになってしまった。

 徴兵ちょうへいも進めているが噂に怖気付おじけづいた難民ではろくに数が集まっていない。

 息子達と頭を突き合わせ、昔の兵法書を読み解くが兵力差をくつがえすのは並大抵の事ではない。せめて崖の1つでもあればよかったのだが、長年の開発で切り株1つ残さず麦畑にしてしまったので森すら無い。

 一か八かで中央を突破するか、横から本陣を突くか。どちらにしても天幕の下で座して待つ事は出来ないであろうな。


 話し合いの結果、斜行しゃこう戦術に決まり左翼に強力な兵を集め、右翼に弱兵を集める事によって敵の意識を右翼側へ向ける。その後、左翼側から本陣部隊による直接攻撃をすることになった。

 強兵として知られるエランコード国の兵士ならば同数いればこちらが勝つはず。敵は前衛部隊に多く振り分けるため兵数差はそれほど多くはなるまい。

 戦いが始まり予定通りに進んでいたが右翼の馬鹿共が騎兵の突破を許した様だ。弱兵とはいえあの数で中央突破されるとはたるんでいるとしか思えん。戦が終わったら鍛え直してやらねばならんな。

 よく見ればトカゲに乗った重装の騎士で、それぞれまだら模様の紫色をした鎧を着ていた。

 前回の戦では見ることは出来なかったが紫の鎧ということはあれがナミルタニアの兜無しデュラハン共か、確かに上の方が黄色で兜が無いように見えなくもないしトカゲには馬のような長い首も無い。

 つまり領都に平民共が集まり籠城戦ろうじょうせんができなくなったのは、彼奴等きゃつらがあちこちで暴れまわったせいということだろう。

 矢の雨を受けながらも本陣の護衛部隊に走り寄り、調子に乗ったのか魔法の射程まで入り込み特大火球に驚いて逃げ出した。

 愛馬に乗って騎馬隊と共に逃げた兜無しデュラハン共の背を追えば、生意気にもトカゲから降りて迎え撃つ構えのようだ。

 トカゲを前に出し、後ろに隠れているのが気になるがまぁ馬防柵ばぼうさくのようなものだろう。高さもないし飛び越えて、勢いの乗った槍の一突きで鎧の薄い鉄板ごと貫いてくれるわ。

 しかし突然走り出したトカゲ達に馬が驚いて減速してしまい、すれ違おうとした騎兵の目の前でトカゲがいきなり横に回転を始めた。足を払われて転んだ馬やトカゲにぶつかり次々に騎兵が転倒していく。


「前進!転んでる連中にも止めを刺せ!」


「仲間をやらせるな!トカゲなど無視して良い!」


 敵指揮官のくぐもった声を聞き、止まってしまった馬に蹴りを入れて敵指揮官へ向けて走り出す。

 倒れた騎兵の間を抜けて馬上から槍を食らわせてやろうとすれば、先に相手の魔法で愛馬を失う。


「やってくれたな兜無しデュラハン共!魔物風情ふぜいが調子に乗るでないわ!」


 倒れゆく愛馬の上から飛び上がり、攻撃してみたものの槍をかわすのが妙に上手い。

 牽制けんせいは無視し、大振りな攻撃はきちんと対応するその姿は槍と戦い慣れている所作しょさだ。

 ナミルタニアの死に損ないから手ほどきを受けたといったところか。あの爺から受けた傷を思い出し、槍を持つ手に力が入る。


鱗鎧トカゲアミット隊撤退!乗り手を回収しろ!」


 撤退などさせるわけがない!効果のない牽制けんせいを捨て、すべてを必殺の一撃として相手の手足を狙う。首が狙えれば一撃なのだが空っぽでは意味が無いのが口惜しい。

 相手も攻めあぐねているようで、防いでばかりいてらちが明かない。


「うぉ!?」


 突然体が下に引っ張られ、背中から巨大な物に押しつぶされる。

 起き上がる事が出来ずもがいていると左腕に激痛が走り、手首から先の感覚が失われた。


「アミゴー!撤退!撤退!振り返るな、全員乗ってるぞ!」


突如背中が軽くなり、トカゲの足で踏まれ、痛みが走る左腕を見ると手首から先が無くなっていた。


「おのれ馬鹿にしおってからに!首を盗らなかったことを後悔するが良い!」


 馬鹿にするかの様に尻を振って逃げていくトカゲと兜無しデュラハンを罵倒し、多少でもさを晴らす。


「ベギルドット様止血を致します!」


「頼む。」


 左腕をひもできつく縛り、手首をよく洗って傷口をくっつけて魔法で治療を行えばまた動くこともあるだろうが、今回の戦に間に合うことは無いであろうな。

 それにしても身体強化の上から一撃で切断するとは、あの輝きはやはりミスリルのものであったか。

 アンデッドに神の銀ミスリルを持たせるとはまさに神をも恐れぬ所業よな。ナミルタニアがそこまで追い詰められていたとは知らなかったが、追い詰めた原因の一端としては神の裁きに巻き込まれぬよう祈るばかりだ。

 皆愛馬を失い、みじめに本陣に戻れば青ざめた顔で息子に出迎えられた。罵倒の1つも覚悟していたのだが、この子はやはり優しすぎたな。

 撤退を進言する息子を怒鳴りつけて作戦を続行させ。右翼が崩れるのが早いため本隊の移動を早めことにした。

 中級治療薬を飲んだことで腕はくっついた様だが動きは悪く痛みが走る。やはりすぐには無理か。


 左翼は狙い通り敵右翼を押さえつけてくれ、本隊は大きく回り込んで前衛部隊の裏へと入り込む。

 これだけ大きな部隊が動いて気が付かぬはずもなく、敵も本隊で迎え撃つつもりで出て来るようだ。

 お互い中央を厚くし敵陣の突破を目指すように見せているが果たしてどう出てくるか。

 正面からぶつかり合った兵達が横一列になり、敵は人数差を生かして包みこんでくる。

 ならばこちらは一点突破をさせてもらおう。馬を失い再編した騎馬部隊ではあるが馬がなくともこの者たちは強い、2度も無様ぶざまさらせぬと奮起ふんきしており出番を待ちわびていた。

 バレぬように共に歩兵として、貴族の魔法による支援を受けて一気に道を作り上げる。

 たとえ片腕に力が入らぬとて、この突きが止まることはない。たとえ片腕だろうとこの狙いが外れることもない。一突きで一人を倒し、味方と共に進んでいけば。顔など数十年前に1度しか見たことがないというのに、忘れられぬ宿敵しゅくてきの顔がそこにあった。


「死に損ないめまだ生きていたか!墓の心配はいらん、ここで死ぬが良い!」


「若造め叱りつけてやったのに反省が足りん様だの!老いぼれは貴様もそう変わらんだろうが!」


 奴の前に立ちふさがる邪魔者を掃除していると、わざわざこちらに寄ってきて槍を向けてくる。


「雑兵では物足りん!老いて槍が持てん、などと言い出すなよ!」


「そちらこそ左腕はどうした?片腕ではその槍はちと重いのではないか?」


「なに、毒蛇に噛まれただけだ、じきに動く。」


 首をかしげた老兵に挨拶代わりに一突きし、痛みなど気にせずに左腕も使って連撃を食らわせる。

 まるでそよ風でも受けたかのように軽々と受け流し、おまけでもつけるかの様にこちらに攻撃を入れてくる。

 まったく気に入らん!反撃させぬための連撃に軽々と反撃して来おってからに!弟子達には効いた技が1つも効かんではないか!

 だが滝のように汗を流しているのを見るに相手も必死に見える。同じ様に汗を流し、同じ様に呼吸を乱しているのならば隙がある。

 息でも止めていたのか大きく息を吸い込んだのを見て、その首を目掛けて人生で最高の一撃を放つ。奴の槍はまだ動いておらず上がった上体を横に動かせば体勢が崩れるはずだ。

 槍は引きが命、当然崩れた相手も逃がすことはない。しかし、何故だか一瞬、槍が奴の首から、外へと、移動した。

 当たらなかった槍とすれ違うようにして、前へ出た老兵の槍が、こちらの胸をつらぬいた。

 槍がひねられ、あふれ出た血が口からこぼれ落ちる。


「今のは魔法か…?兜無しデュラハンも似たような事をしてきたな…やはりお前が手ほどきをしておったか…」


兜無しデュラハン?ああ、毒蛇とはアレのことであったか。其方そのほうも運が無いな。」


 死合いを続けようと思い体を動かせば、肩を刺され右腕が動かなくなる。

 周囲を見て味方の様子を確認すると、老兵によく似た壮年の男が槍で弟子達を蹴散けちらしていた。どうやら教え子の勝負も私の負けらしい。

 声も出せず羨ましそうな目を向けていると、それを読み取った老兵が話しかけてくる。


「ああ、あれは駄目だすぐに槍から逃げ出しおる。今日も剣なんぞ持っておるから殿下に命じてもらって槍を持たせたくらいだ。

 才能はあったが心根が向いておらんな。むしろアレの方が槍には向いておったのだが、奴も子供のくせに槍に向いていないなどと言いだして早々に捨ておった。

 あの硬さと速さと力があれば、今のお主のようには死なぬ槍兵に育っておったろうに。ほんに弟子というのはままならんものだな。」


 肩から槍が引き抜かれ、力の入らぬ体はそのまま地面へと倒れ、血の泡を吐きながら最後の一言を老兵へと告げる。


「あれは……人であったか……」


「む?ああ、アレは人の子だ。」

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