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 子爵邸の裏手の門から外壁を出て、しばらく山を登ると採石場まで辿り着く。

 直角に削られた明らかに人手が入った岩壁が見え、白っぽい岩塊の近くには、風景に合わない茶色い球体が転がっているのが遠目に見えた。


「ここから先は大きな音を立てると、ゴーレムが襲って来ますから注意してください。

 足が遅いので逃げるのは簡単ですし、この辺りまで逃げて来たら興味を無くすようなので、魔力や体力が切れたらここまで戻れば安全に休憩ができます。」


 先導してくれた兵士の案内に従い、目印だと思われる看板の前で待機する。

 まずは動きを確認するために兵士達が戦っている様子を見せてもらう事になっている。


「それでは戦闘を開始させていただきます、参戦のタイミングはお任せしますが魔法を撃つ場合は声掛けをお願い致します。

 音に反応してゴーレムの注意を引き寄せてしまうので、横からの攻撃にご注意ください。乱入して来る魔物は兵士団にお任せいただいて大丈夫です。」


 そう言って兵士達を引き連れて採石場に入って行くと、魔力持ち達が一斉に火球を作り上げて球体へと放った。

 火球を受けた大きな球体が揺れ、炎が晴れると球体から手足が生えてきて4本の足でゆっくりと立ち上がって兵士達に向かっていく。

 地面につきそうな程の長い手を前に伸ばし、兵士を掴もうとしているのだろうけどあまりにも遅すぎる。

 子供が目隠し鬼をした方がまだ早く動くだろう。腕の位置にさえ注意していれば確かに岩を殴るのと変わらないと言った兵士の言葉も頷ける。

 音に反応したのか採石場のあちこちから6体のゴーレムが現れ、兵士が四人一組でゴーレムを足止めしている、槌で殴っているけどその音で他のゴーレムが寄ってくるので、だんだん7体の距離が近くなってきた。


「動きが遅いとは聞いていましたけど本当に遅いですね。防御力もグラウンドタートルよりありそうです。」


「うむ、魔力量も無駄に多くて防御力もあるものだから、今回連れてきた兵士は全員魔力持ちの兵だが、100人が交代で戦っても1日2体倒すのが精一杯なのだ。

 傭兵が多かった時は出現しだい倒させていたが、戦争で領を空けた隙にあの様に溜まってしまってな。減らしてはいるものの兵士の休息も必要で新しく出現もするので再開の目処が立っておらん。」


 今回私達がここに連れて来た兵士は20人で魔力持ちは私を含めても10人ほどだ。残りは屋敷で荷物を守っているし、この程度の増援じゃそれほど違いが出るとも思えないのだけど。

 というか魔力持ちを100人も雇えるとか流石は子爵領だね、村の魔力持ちを20人にするのにもかなりのお金がかかったというのに羨ましい限りだ。


「ではそろそろ戦ってみましょうか。あの様子だと攻撃を受けることは無さそうですし。」


「私は流石に遠距離から魔法を撃たせてもらうが、油断して掴まれるようなことがないようにな。」


「私も魔法で戦わせてもらうが、遅くともあの腕に掴まれると鉄の鎧も握りつぶしてしまうそうだからな。徐々にゴーレム共が近付いてきている、後ろの警戒を忘れんようにするが良い。」


 普段は訓練にしか使っていない戦鎚を構えゴーレムに近付いていくと、オーキンドラフ様と子爵の魔法攻撃が始まり。私も上段からの振り下ろしをゴーレムの脚に打ち込む。

 小さい欠片が飛び、表面に入ったひびがすぐに治っていく。

 一際大きな音が鳴ったせいかゴーレムの注意がこちらに向いたようで、振り向いて伸ばしてきた腕に追撃を入れていく。

 殴られた腕が動くせいで上手く衝撃が伝わっていない気がする。これは腕を無視して脚を殴りに行ったほうが良さそうだ。

 音で他のゴーレムも寄ってくるから、多少動きながら攻撃をした方が安全かも知れない。

 ひびが入っても治ってしまうため、徐々に減っている魔力量で弱っているのは分かるものの。殴る感触が変わらないために自分の攻撃が効いているのかが実感出来ない。

 グラウンドタートルの場合は、傷をつければ治らないので出血などで動きが鈍くなったりするんだけど、こいつの元から遅い動きは何も変わらない。

 さっさと勝負をつけるために後ろ脚に張り付いて速度を上げて殴り続けていると、ついに後ろ脚を砕くことが出来た。しかし次の瞬間には新しい脚が生えてきて見た目が元通りになってしまったので、一度呼吸を整えるために交代してもらい様子を見る事にした。魔力が無くなるまでもう少しといったところだろうか。


「魔力切れでもないのに脚を砕くなんて久しぶりに見ました。噂通りの強さですね。」


 子爵領の兵士に話しかけられて休憩の暇つぶしに雑談をしてみると、どうやら子爵の兄2人がいた頃はよく見れた光景らしい。

 ロックゴーレムには遠距離からの魔法が効きにくいらしくて、武器で殴った方が効率よく魔力を減らせるのだけど、一度に殴れる人数が少ないためにどうしても時間がかかってしまうのだそうだ。

 子爵の話ではその兄2人は飽きたと言いだして野に下ったらしいけど、子爵級の魔力持ちがいなくなったらそりゃ大変だよね。どうせ護衛と世話のために従士もついて行ってるんだろうし大きな痛手だろう。

 水分と軽食を取った後でもう一度交代してもらい、一体を無事に討伐すると次のゴーレムを叩きに行く。

 目標は3体の討伐なんだけどこれはきついなぁ…すでに魔力切れになってる兵士もいるしオーキンドラフ様達の支援もあまり効果が見込めないとなると、私一人の頑張りではあまり戦果はあげられそうにない。

 なるほど、これは確かに心が折れるかも知れない。せめて手足を砕いて魔力切れの兵士でも叩ければ楽になるというのに、何故ああも簡単に生えてきてしまうのか。自分の力に自信がある人ほど無力感を感じてしまうのかも知れない。

 現に私は今、期待されてたけど私がいてもこれ何とも出来ないぞ?と思っていてちょっとヘコんでいるからね。


 空が赤くなった頃になんとか3体目を倒したけど、2体目を倒してすぐに私も魔力切れ。休憩していた兵士達が戻ってきたけどすぐにまた魔力切れとなり、結局最後は魔力無しでゴーレムを殴っていた。

 魔力が無ければ鎧は重いし、武器は痛む。明日は鎧無しで武器にだけ魔力を流して戦ってみようかな…


 翌日、採石場に辿り着くと、4体まで減らしたロックゴーレムが5体になっていた。

 また3体を倒し、身体強化を使わずに武器だけに魔力を流す戦闘法の有効性を伝えて、明日は1体少ないことに喜んだ。

 さらに翌日、3体のロックゴーレムが転がっているのを見て気分が沈む。かかる日数は変わらないというのに何故こうもやる気を削いでくるのか。

 最大でも10体くらいまでしか出現しないらしいけど、週に2、3体しか新しく出現しないと聞いていたのに毎日現れるというのはどれだけ運が悪いのか…

 掃討が終わった祝の晩餐で爵位を子供に譲ったら、兵士団長にならないか打診されたけど、申し訳ないけどアレと何年も戦う気には私もなれないかな……魔力切れでぐったりしていた兵士達が、狼達の乱入に嬉々として対応しに行った姿が忘れられないよ。


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ロックゴーレム


 直径2~3mほどの球体から長い2本の手と4本の脚を持つ姿をしている。

 動きは非常に遅いが力は強く、頑丈さはドラゴンにも匹敵すると言われている。再生能力も高く、炎と風の魔法に耐性があるため倒すことは非常に困難である。


 石が多い環境を好み、鉱山などに突然出現するため鉱夫からは嫌われており討伐依頼がよく出される。

 人の出入りがない環境で極稀ごくまれに金属を多く含む個体が確認されており、魔力量も増えているため傭兵からも嫌厭けんえんされている。

 弱点としては球体の何処かにある小さなコアを破壊することなのだが、見た目が小石と変わらないことと、内部に大きな衝撃を与える事が難しいためにあまり知られていない。

 むしろ土属性の魔法が効きにくいという誤解が広まっており、討伐の難易度が上がっている。

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