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 今日は子爵様との話し合いということで、事前に向こうから伝えられた予定は昼前に顔合わせをして軽く話した後、昼食を食べてから話し合いという感じらしい。

 格好を整える時間などを考えると中々の長丁場になりそうだ。


「ようこそいらっしゃいました。素敵な贈り物頂いたようでありがとうございます。」


「ロックドップ子爵、本日はお招きして頂きありがとうございます。」


「パーティでもご挨拶させて頂きましたがユミルと申します。またお会いできて光栄です。」


「またお会いできて嬉しいですわ。さあこちらへどうぞ、丁度遠方の茶葉が届いたので是非お試しになって下さいませ。」


 玄関で迎えてくれたせ気味の男性と、細身な婦人に案内されて応接室へと向かう。

 席について出されたお茶は赤く透き通った色をしていて、とても良い香りがただよってくる。

 普段飲んでいる香草のお茶や麦を煮出した麦湯とは違い、独特の甘い香りがする。これが噂に聞く紅茶という物だろうか。

 王都で招待されたパーティや晩餐はお酒ばかりだったから、話は聞いたことがあるけど飲んだことは無いんだよね。


「この紅茶というものはうちの領の水に合うようでな、魔法で作った水ではなく井戸水や山で汲んで来た水の方が美味しく感じるという変わった茶なので好んで取り寄せているのだよ。

 王都の水ではここまでの味にはならんから、この領地までわざわざ飲みに来る友人もいるくらいなのだ。」


「慣れないと渋みが気になる方もいらっしゃるので、お好みで蜂蜜やジャムを入れてお飲み下さいませ。」


 口元に近づけて香りを楽しんだ後に一口飲んでみると、確かに渋みはあるものの甘みもあり、普段飲んでいるスッキリとする香草のものとは違う味合いがある。


「確かに以前王都で飲んだ事のある物よりも渋みがなく甘みが強いですな、これは良い物を飲ませていただきました。」


「恥ずかしながら紅茶は初めて飲んだのですが甘くて美味しいですね。特に香りがとてもいいです。」


「おや、初めて飲んだ物がこれでは次に飲む時は大変ですな。この茶は淹れ方にコツが必要でしてな、上級貴族の使用人ですら上手く淹れられる者は少ないのです。

 酷い者などただ濃く出せば良いと思っていて、苦くてとても飲めたものではない物を出してきますからな。」


 以前飲んだ物がまさにそれだったのか、オーキンドラフ様が横目に見ても分かるほどに顔をしかめた。


「気に入って頂けたようで嬉しいですわ。是非こちらのジャムも試してみてくださいね、私は柑橘類のジャムを入れて飲むのが好きなんですの。」


 そういってスプーンに山盛りのジャムを取って紅茶に溶かす夫人の真似をして、少なめにジャムを取って溶かして飲んでみる。ジャムの材料は砂糖だからね、さすがに山盛り取るほど肝は座っていない。


「ああ、渋みが消えて甘みの中に香草のお茶の様なサッパリ感が広がりますね。私もこの飲み方の方が好みです。」


 好みが合ったおかげか夫人と仲良くなることができ、そのまま昼食の席でも談笑して楽しく過ごす。食事も魔力持ちの肉は使われていなかったものの、正統に美味しい料理を提供されてとても満足できた。


「実は少し困ったことが起きていてな。」


 昼食後に少し休憩を取った後、もう一度応接室に集まって契約の話を始めるとロックドップ子爵がそう切り出した。


「価格はそちらの提案にもある通り、以前の取引と同じ額で良いのだが最初の納期に関しては少し遅れる事になるだろう。」


「困ったこととはそれほど解決にかかる問題なのですか?」


 こちらにも受け入れの準備や作業者の手配があるため、そこまで急いだ期日を設定した訳では無い。それでも遅れるとなると大口の取引と被ったとかだろうか。


「石切り場にはたびたびロックゴーレムが出現するのは知っているだろうが、今までそれの討伐を任せていた傭兵団が戦争で貴族になってしまったのだ。

 団の殆どの傭兵も団長について行ってしまってろくなのが残らんかった。兵士にも討伐をさせているのだが安全を確保するどころか現状維持が限界でな。傭兵か兵士が雇えるまでは石を採るのが難しいのだ。」


 ロックゴーレムは魔力を蓄えた石が魔物化する。のではなく。石が大量にある場所に突然現れる謎の魔物のことだ。

 偶然出現するところを目撃した者によれば、空中に突然土球が現れて手足が生えて来たと思ったら襲いかかってきたという話で。魔物は生殖によってのみ増えるのではないということを知らしめるきっかけになった魔物だ。

 魔力を持ってはいるものの、食べることは出来ず倒すとただの石材になるので金にもならず人気が無い。たまに石の中から金属や宝石が出て来ることもあるけど、微量なためにわざわざ割る物好きもいない。


「オーキンドラフ殿もユミル殿も勇ましい武勇を持つ騎士として名を馳せている方々だ、出来れば討伐に協力して頂けないだろうか。倒しきりさえすれば今いる兵士でも維持は出来るはずなのだ。」


 実はこの領の兵士団はあまり強くないらしい、訓練をせず兵士が弱いわけではなくて、ある程度強くなると領地から出て行ってしまうのが原因らしい。

 王国騎士団にはこの領地出身の者が多くおり、貴族に召されるくらい活躍する者も多くいるくらい教育はきちんとされているけど領地には残らないのだそうだ。

 というのもこのロックゴーレムが力は強いけど動きが遅く、無駄に硬いので魔力が無くなるまでひたすら殴るだけで、戦っても岩を殴ってるのと変わらなくて楽しくないらしい。

 周辺の領地の事を教えてもらう時に出身者の兵士に話を聞いたのだけど、それはもう盛大に愚痴ぐちを言われた。

 グラウンドタートルも似たようなものじゃないか?と口を挟んだけど。素早い動きの首!薙ぎ払われる尻尾!重量を使った体当たり!全然違います!あいつは殴ることも出来ずに握りつぶそうとしてくるだけなんですよ!それも遅いし!と、力説された。


「さほど多くの兵士は連れてきていないが、石が採れないのはこちらも困る。まずは試しに一当てしてみようと思うがどうする。」


 オーキンドラフ様が私に確認を取って来るけど断る理由もない。動きが遅すぎて10歳の子供でも安全に倒せるらしいからね。時間はかかるけど。


「とりあえず戦ってみましょう。聞いたところによると倒せないということは無いようなので一度見てみたいです。」


「おお!流石は紫の騎士。噂に違わぬ勇敢さですな!私などは鍛えてもまったく筋肉がつかなかったので騎士は諦めたのですが、今回ばかりは私も張り切らせて頂きましょう!」


 明日、現地に向かう事になり。英気を養うためにと夕食にも招待され、夕食までの間色々と話しをしたけどこの人案外苦労人らしい。まさかロックゴーレムに飽きたからといって貴族を辞める人間が2人もいるなんて…兵士も言っていたが戦っても楽しくないとはどれほどなんだろう。

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