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 客用の屋敷とは言ってもそこはさすがは子爵家だ、間違いなく準男爵家の屋敷よりも立派で、王様から戴いた男爵邸並の建物かもしれない。

 用意されていた食材も良い物ばかりで、高価な卵や牛乳まで用意されていたらしい。

 卵と牛乳を使うレシピがいくつか浮かんできたけど、さらに高価な砂糖を使うお菓子ばかりだし、難しそうなので作る気にならない。

 料理なんて肉を切るかミンチにするか焼くしかやったことが無いんだ。けど、1つだけ私でも出来そうな物があったから、午後は暇だし試してみたいな。

 もちろん卵も触れたことが無い、狩人が卵を採ってくる事があっても大した量ではないので、領主に献上したり自分達で食べてしまうので余程仲良かったり、代わりの食材を渡せる家じゃなければ食べられるものではなかった。

 ミルクも何種類か飲んだ事はあるものの、料理なんてミルクがゆしか食べたことが無かった。

 なので実際に作業するのは料理人に任せる。オーキンドラフ家の料理人は優秀だからね。今回は夫婦での旅なうえ、ヒェロナでは食事に期待できないからついて来ているんだ。

 さて、作業はとても単純だ。小鍋に少量の小麦粉と卵1個と蜂蜜をひと匙入れて、牛乳を少しづつ入れながら混ぜたら、火にかけてサラサラのスープがドロドロになって、気泡の穴が埋まらなくなるまでひたすら混ぜるだけらしい。

 これだけでカスタードクリームというのが出来るらしいから、私でも作れそうだし食べてみたくなったんだ。

 問題は材料が高すぎて1回で銀貨が飛びそうな事だろうか。安宿なら10泊、干し肉とパンなら20食は食べられそうな料理とか無駄使いがすぎる。

 まぁグラウンドタートルの料理はそれ以上の値段がつきそうだけど、お金を払ったことが無いのでいくらかは知らないんだ。胡椒もそうだけど少量で美味しくなる物ってなんであんなに高いんだろうね?

 少し牛乳が多すぎたのか、かなりの時間鍋をかき混ぜていた料理人が、変化があったと声をかけてきた。


「ユミル様、とろみが出てきましたがこれで良いのでしょうか?」


「そうそう、ヘラを抜いた時に角が立つくらいドロドロになるんだってさ。」


 変化が始まってしまえばあっという間で。心配していた材料の割合も問題無かったらしい。

 出来たクリームを少し冷まし、その間に焼いたパンの上に塗って食べてみる。


「すごい!甘くて美味しい!リフテット達も食べてみなよ。」


「あんなに簡単そうでしたのに、本当に美味しいです!」


「ここまで見た目が変わるとは驚きました。もう少し甘みがあっても良さそうですね、砂糖を使ってみた場合の味も試しておきたいですが、今回は無理そうです。

 しかしパンに塗ってこれならば、パイに入れても美味しそうですし使い道は色々ありそうですね。」


 私達がただ美味しいと言っている横で、料理人が自分の世界に入ってしまい、何やらブツブツと呟き続ける。

 試しに少量で作っただけなので、あっという間に食べ尽くしてしまって追加を頼みたかったんだけど、何やら忙しいようなので夕食の楽しみにしておこうかな。


 夕食にデザートとして出てきたカスタードを入れたパイは、蜂蜜を掛けてさらに美味しく、甘くなっていたけど。最後に出すには少し重く、食べ過ぎでしばらく動けなくなってしまった。


 翌日、オーキンドラフ様に連れられて宝石店にやって来た。宝飾店ではなく宝石店だ。

 まだドレスのデザインも決まっていないので、石だけ買っておいて使えそうなら加工するらしい。

 買ったのに使わないかも知れないなんてもったい無い!と言ったら、使わなそうなら部下に褒美で渡すので安めの宝石は無駄にならないらしい。

 確かに宝石は腐らないし換金もしやすくて、場所も取らないから便利だよね。装飾品に加工していなくても、宝石を見るのが好きって人も多いし。


「ユミルはどうやら黄色が好きなようだからシトリンをいくつか買っておこうか。それと何故だか鎧の色は紫だと広まっているようだから、紫は身につけた方が良いかも知れないな。」


 商談室の机の上に並べられた、貴族用の厳選げんせんされた水晶達は傷やくもりも無く、色ごとや大きさごとに箱に入れられて私の前に次々に置かれていった。


「あ、あまり大きな物よりは小さい物をいくつか使った首飾りなどが好きなので、この辺りの物が良いかと思います。」


 宝石に興味の無かった私でも知っている。宝石はくもりが無ければ大きければ大きいほど価値があるんだ。パーティでも5cmを超えるダイヤが使われた首飾りが国宝になっていると聞いた。国王の結婚式にしか使われないものらしい。

 あと、紫は特大火球で焼かれた結果なのでいい思い出では無いのだけど、今後私のイメージ紫で固定されるの?


「ならば相性の良い白と、他の色のドレスに合わせるためにローズクォーツも買っておくか。」


 オーキンドラフ様はそう言って小ぶり、と言っても貴族が使う物にしてはだけど。を次々と購入を決め、最後に二回り大きいアメジストを2つ購入した。

 価格は確かに宝石としては安いのだけど、それでも数が数なので金貨が20枚以上飛んでいった。このお金があれば兵士が20人近く雇えるのにな。

 今は戦争で死傷した兵士を補充するために徐々に相場が上がっているらしい。勝ったとはいえ被害は大きく、10年後までに再戦が予想されているため取り合いになっているそうだ。

 この宝石を加工するのにまた金貨数枚必要で、金や銀を使えば当然値段が上がっていく。もう自分で加工したら駄目かな?ビーズくらいなら魔力で操作して作れそうな気がするんだけど。金属の加工にも慣れたし宝石とはいえ石くらい何とかなると思うんだよね。

 そう思いついたので水晶のクズ石を銀貨数枚分購入した、無駄遣いになるかも知れないけどいきなり高い水晶で試すほど馬鹿ではない。出来るか確認するにしても装飾品を作るにしても練習は必要だろう。成功したらこのクズ石で従士達に何か作ってみようかな。


「クズ石など何に使うのだ?」


「暇つぶしにビーズでも作ってみようと思いまして。」


刺繍ししゅうに使うのではなく、作るというのは珍しいが。彫金が趣味という者もいないわけではないからな、訓練に明け暮れて護衛を潰すよりはよいのではないか?」


 宝石店を出ると、帽子屋や小物屋などを回って、それぞれで私が気に入った物をオーキンドラフ様が買ってくれたのだけど、これは私もお礼を考えなければいけないね。

 何か無いかと探してみたものの女性向けの物が多く、オーキンドラフ様に合いそうなものが見つからない。結局昼まで何も見つからず後日何か用意することにした。

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