054
またバタバタとドレスに着替えて、
「オーキンドラフ様、昨日は渡しそびれてしまったのですが。こちらをお受け取り下さい。」
食堂の準備が出来るまで応接室に通された私は、使用人を通して持ってきた小箱を渡してもらう。
「こちらは?開けてもよろしいですかな?」
「ええ、どうぞご覧になって下さい。」
オーキンドラフ様は装飾も無い小箱を開き、中から小さなリングを取り出す。
「青い、指輪ですかな?無地ではありますが綺麗な色です。そしてとても軽い。」
「はい、私の鎧にも使っている金属で作った指輪です。熱を加えると変色してしまうので注意は必要ですが、とても綺麗なので指輪にしてみました。」
そう言って自分の指に付けている紫色の指輪を見せる。最初は黄色にしたんだけれど金の偽物みたいになったので紫と青の指輪を作ったんだ。
完全に一色で染めるのは無理だったけど、手の甲から見える部分は頑張って一色にした。
「おお、これは良いですな。実に鮮やかで見栄えが良い。」
「サイズが合わなければ魔力で調整致しますから申し付け下さい。」
ゴードンさんの精密な魔力操作を見習って沢山練習したんだ。
大きく動かすのは無理だけど指輪の調整くらいなら問題は無い。
「サイズは大丈夫ですな。薬指に丁度良いようです。」
念の為、サイズを私の親指より太めに作ったのだけど、薬指で丁度良かったらしい。
「もしや、イースリーネ婦人やノルニーナ嬢の髪飾り等も同じ金属の物でしょうか?」
「ええ、わたくしの櫛も同じ物ですわ。納得の行く色を出すのは本当に苦労致しましたわ。」
「素晴らしい色合いです。実に美しい。」
イースリーネ様の髪飾り、ノルニーナ様のブレスレットも作ったのだけど色付は自分でしてもらったんだ。
最初は好きな色を聞くために目の前でやったんだけど、面白そうだからと自分でやると言いだした。模様を付けようとして色々と試そうとするので、
「お待たせ致しました。食堂の支度が整いましてございます。」
準男爵家の使用人が食事の用意が終わった事を伝えに来て。全員で食堂へと移動する。
「ステーキとスープ共に先日と同じ料理ではあるが、よく煮込み食感は全くの別物になっている。この料理本来の味を
そう言って食べ始めたオーキンドラフ様に続いて私も肉にナイフを入れる。
前日の噛むのにも苦労するほどの硬さが嘘の様な柔らかな弾力になり、切断面からは液体が
噛み締めればぷつりと千切れ、溢れ出したワインの香りのする肉汁が口の端から垂れそうになる。
濃いと感じた昨日の塩加減も、肉汁と一緒に飲み込めばワインの渋みでさっぱりとして、スープなど無くてもいくらでも食べられるのでは?と
食材は変わらないのに全く違う味わいになった料理に、
スープはワインが肉に吸われたせいだろうか?渋みが少し減っていて野菜と一緒にすくった細切れの肉が、プチプチと潰れてこちらも違った味わいを見せてくれた。
魔力量はかなり減っているけど、料理としてはこちらの方が断然完成されていると思う。
「いや、素晴らしい料理ですな。以前頂いた時よりも味が上がっています。」
「ええ、本当に。よい料理人をお持ちですわ。」
「ありがとうございます、伝えれば料理人達も喜ぶでしょう。」
ベガルーニ様夫婦が一皿食べた所で手を止めて、料理を褒めるとオーキンドラフ様も手を止めて返事をする。
私はまったく食べる事を止められないのだけど、お二人もこういう料理を食べ慣れていたのだろうか?
村では食べれないだろうから、王都で食べていたんだろうけど羨ましい限りだ。私も付いて行きたかったけれど、ゲルターク様もノルニーナ様も従者は他に居たからお留守番だったんだよね。
付いて行っても私が口にする事なんて出来なかったかも知れないけど、本当に羨ましい。
「私は王都は初めてなのですが、王都では魔力のある食材を食べる機会は多いのですか?」
ひと心地ついた私がそう質問をすると、オーキンドラフ様が答えてくれる。
「多いといえば多いが、無いといえば無いな。王都近郊で倒せる魔力持ちの魔物といえば下水道に住み着いた魔物なのだが、それでも良ければ毎日でも食べる事は可能だろう。
トカゲやネズミ、虫が嫌なのであれば、周辺の村などから数日かけて運ばれて来る高額な物を買うしか無い。
パーティでは正体を無くす訳にはいかないから出てくる事はないが、今日の様な
「私達の様な騎士爵だと土産でもらうか、食事に呼ばれた時くらいだな。父上がよく貰ってくるから食べる機会は多かったが、買ってまでして何度も食べるのは騎士爵家には無理だ。」
「準男爵家とて変わらんよ、魔法師団に入っているから買ってでも食べはするが。自分の領から送られてきた物か、魔力の抜けた物を買うのが精一杯だな。トカゲやネズミもさほど魔力は多くないしな。」
私は社交パーティのたびにこんな美味しい物が食べられるのだと思ったのだけれど、早々に否定されてしまった。
「ではこの領に嫁げるというのは、とても幸せな事なのですね。」
「うむ、魔法師団の予算ゆえ、いつも私と同じ物をというのは難しいが。王都に居ても週に1、2日は魔力持ちの料理が出る事は保証しよう。
それに美味いだけでいいのなら、魔力が無くとも王都には旨い料理が沢山ありますよ。」
「まぁ、羨ましい。わたくしもそのような殿方を探してみようかしら?」
「それは助かりますな。実は魔力持ちの魔物が多い領地は危険な場所ゆえに、戦えぬご婦人には人気がなくてね。
本当に候補に上げて下さるのなら私からも紹介致しましょう。ノルニーナ嬢は魔力も準男爵級だと聞いていますし、欲しがる男爵家もいらっしゃる事でしょう。」
「まぁ!それは是非お願いいたしますわ!ノルニーナも13になったので今年から相手を探そうと思っていたのです。男爵家の方とご
「わたくしからもお願いいたしますわ。小物ですが魔物を魔法で倒すくらいの訓練はしておりますもの、
美味しい料理について聞きたかったのだけど、イースリーネ様達が先に結婚相手の方へ食いついてしまった。
「むむ、私も年頃の者がいるか聞かねばなりませんので、今年の社交界で良い相手が居なければということでよろしいですかな?もちろん見つかり次第連絡は差し上げますが。」
「ええ、構いません。今年は騎士爵が増えますでしょう?急がないとおかしな所に嫁がせられるかも知れませんもの。オーキンドラフ様の手腕に期待しておりますわ。」
そう言って笑うイースリーネ様を見て、オーキンドラフ様が困ったような顔を浮かべる。
言質を取られてしまったのが悪いのだけど、相手探しにかなり苦労していたそうだし、まさか乗り気になるとは思わなかったのかも知れない。
食事が終わって部屋に戻る途中。ノルニーナ様が「これでユミルが昇爵しても気楽に話せるわね。」と小声で話しかけてきた。
私もノルニーナ様達に様とか卿とか付けられると、背筋が痒くなるのでそうなる事が出来ればとても嬉しい。
笑顔で頷いて返し、クスリと笑って自分の部屋に入るノルニーナ様を見送って、私も自分の部屋へ向った。
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