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 砦に入ると、すでに戻っていた部隊の怪我人で溢れていた、重症者と捕虜の騎士を砦の兵士に預け、自分の部隊の怪我人の治療を始める。

 流石に私のために怪我をした人間を放ったらかしにして、他の部隊の軽傷者の治療に行くわけにはいかないからね。

 色々と実験をした結果、患部かんぶを魔力でおおって回復魔法をほどこすのではなく、棒状にした魔力を傷に挿し込んで回復魔法を使う方が、消費が少なく治りが早いことが分かった。

 差し込む時に違和感があるのか、痛がりはするけど治しているのだから我慢してもらおう。これだけで魔力の消費と治療時間が半分ほどになるのだから多少の犠牲ぎせいは仕方が無い。

 腹を刺されて内臓がやられている者は、消費が多過ぎるので魔法薬で治してもらう。死にはしないのでゆっくり自然治癒してもらおう。

 最後に暴れた騎士のせいで思ったより怪我人が多い、森の奥でも浅い所でも、好きな場所を通って逃げていればよかっただろうに、無駄に暴れたせいで被害が広がってしまったじゃないか。

 今更湧いてくる怒りに魔力操作が雑になり、魔力も残り少なくなってきたので建物の外へ出ると、もう砦に入らないのではないか?というくらい、戻って来た部隊が増えていた。

 流石に問題が出て来そうに思えたので、食料を受け取って、私の部隊で治療の終わった者達は外壁の外に出すことにした。

 治療の終わっていない重症者と死者合わせて40名ほど、戦った敵の数を考えれば少ないと言えるし、軽傷者を合わせれば7割り以上に被害があったので大損害とも言える。

 私が追撃で居なくなった後に、よく逃げ出さなかったなと関心する。部隊をまとめていた魔力持ちの従士はとても優秀なのだろう。


 日が落ち始めると両陣営が兵を引き、本陣へ集まるようにとの伝令があった。

 今回は第一王子も積極的に会議に参加する様で、議長は辺境伯様のままだけど度々たびたび案を口にされている。


「正直分が悪いとしか言いようがありません。幸い立地的な問題で痛み分けの形にはなっていますが、敵兵の数が15万を越えたとの報告がありました。

 対してこちらは10万ちょっと、さらなる援軍は要請しましたがどこまで増やせるかは不明です。このまま痛み分けを続ければ、先にこちらが音を上げることになるでしょう。」


「ならば奇襲を行うか?だが敵も分かりやすい森など警戒しているだろう。こちらより本陣の守りも厚い。」


「ええ、千や二千を送り込んでも意味がありません。送るなら万を超える部隊を用意しなければいけないでしょう。」


 人数差は分かっていた事だけど、どうも分が悪いらしい。強兵と名高いエランコード国の兵と同等の被害なのは喜ばしいことだけど、兵力差1.5倍はいかんともしがたい。


「奇襲といえば、寡兵かへいで千人長の首を2日続けて持ってきた者がいただろう?そのものに敵本陣を襲わせるのはどうだ?」


「ユミルですか?確かに優秀な騎士ではありますが、一人でどうこう出来る問題ではありますまい。

 それに従士上がりの騎士一人では本陣に詰める上位貴族で魔力切れを起こして王族にまで辿り着けんでしょう。」


「なるほど、それもそうだな。奇襲部隊には入れるにしても1万必要なのは変わらんか。」


 突然自分の名前が上がったのに驚いたが、暗殺者じゃないのだから無茶は言わないで欲しい。私が倒しているのは2度とも100に満たない数の兵士だ、敵が逃げてくれるから帰って来れているのであって、数千の敵兵を突破して帰って来れる様な魔力は持っていない。

 王族なんて狙ったら絶対に逃がしてくれないじゃないか、王族と違って特大火球を受けても平気な顔をする人外ではないのだから止めて欲しい。


「発言よろしいでしょうか!」


 死地に追いやられるならばと、思いつきを伝えて助かる道を切り開く事にした。


「む?ユミルか。先程名前が上がった者から意見があるようですが、いかがなさいますか王子。」


「良かろう、丁度煮詰まっていた所だ、打開策があるなら言わせてみよ。」


「はっユミル、申してみよ。」


 そのやり取りを聞いて、今更、王族へ直接意見することになる事に気がついて冷や汗が出る。


「はい!私は雑兵ならば100でも200でも倒してみせますし、騎士ならば10でも20でも倒せます。ですが上級貴族の方々を何人も倒すのは荷が重いと考えます!

 馬にも乗れず、重い鎧では奇襲部隊の突撃に付いていけるとも思いません、私を配置するならば最前線の中央にしていただきたいです。必ず杭を撃ち込む穴を開けてみせます!」


 普通なら危険な場所ではあるが、私にとってはいつもの場所だ、それにすぐ後ろに味方が居るため、魔力が少なくなったら戻ればいい。分厚い味方の陣に守られるため、長距離を逃げる必要も無くて移動距離も短くてすむ。

 私だけが生き残る事を考えれば、奇襲部隊として長距離を走るよりは可能性は高いだろう。


「ああ、そういえば女の身で重装備をしている変わり者であったな。確かにその装備で敵本陣まで走っては、それだけで魔力が無くなりかねんか。」


「良いのではないか?中央で起こす混乱に乗じれば、奇襲部隊もやりやすくなろう。だが大言壮語たいげんそうごしたのだ、もし穴が開かなければ生き残ったとしても命は無いと思え。」


「はい!ありがとうございます!」


 よかった、これで生き残る道が用意できた。まだビルザーク様の様な達人に出会えば倒される可能性もあるけれど、敵本陣のど真ん中で魔力切れになるよりは大分マシだろう。

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