037

 テントの外に出た後に、ベガルーニ様から心配の声をかけられたけど。奇襲しに行くよりは簡単だ、ということを伝えて納得してもらった。テントの中に居なかった父への説明はお任せしてしまおう。

 寝る前に治療で魔力を使い切ってぐっすりと眠った後、夜明け頃にパンと干し肉を食べながら最前線までやって来た。

 起きてから夜のうちに移動した方が良かったのではないか?と思い付きもしたけどやってしまったものは仕方が無い。

 部隊も返却したので本当に一人だ、父達が今どこにいるのかさえ分からない。そういえば母にはぐれるなと言われた気がする。

 だがこの場合は仕方がないと思うんだ。まさか別部隊として使われるとは思ってもいなかったのだから。


「本当に穴を開けるつもりか?まったく現れないから逃げたのかと思っていたぞ。」


「ですよね、さっき起きてから気が付きました。」


 同じく最前線で戦う騎士なのだろう、馬と一緒に座っていた男が話しかけてきてくれた。


随分ずいぶんと肝の座ったやつだ、まっお前が開いた穴は俺が広げてやるから安心して突っ込みな。」


「出来れば広げるだけじゃなくてそのままつらぬいて欲しいです。失敗だって判断されたら私の首が飛んじゃうんで。」


「そいつは俺の仕事じゃねぇ、大口叩いた自分をうらむんだな。」


「あのままじゃ死にそうだったんで、後悔はして無いんですけどねぇ。」


 ガラの悪そうな笑い方をしながらも、意外と優しそうなやからだ、酒場で酒でも飲んでいたほうが似合いそうだけど、この人多分貴族なんだよな。

 馬を持っている上に装飾の入った鎧を着ているので、実は騎士爵よりも上の人なのかもしれない。


「ああ、向こうも動き始めましたね。」


「全く、待ちくたびれちまったよ。よろしくな嬢ちゃん。」


「ユミルです、魔力が切れたら容赦無ようしゃなく後退するんで背中は任せましたよ、おじさん。」


「俺はまだ25だ!俺だってそんな長いこと戦えねぇよ!」


 と、返してくれはしたが名前は教えてくれないらしい。

 遠くから歩いて来る敵兵達に、身体を向けて干し肉を口に放り込んでから兜を被る。

 そう言えば、今日はあの前口上はやるんだろうか?ど真ん中だしここに居たら邪魔になるのかな、などと考えていたけれど。敵兵に留まる気配は無く、太鼓たいこの鳴る音と共に矢が降り始めた。

 矢に魔力を込めたまま撃つことが出来ないため、魔力持ちにとってはあられが降っているような物なのだけど、音はするので地味にうるさい。

 正確には魔道具化したら魔力の防御を貫くことも出来るのだが、こんな雨の様に降らせる場面では使われる事は無いだろう。

 今日は突撃するのではなく、盾と弓を構えてゆっくりと近付いてくるらしく。なんともじれったい。

 そのまま斧を傘のようにかざして待ち続けると、ようやく突撃の銅鑼どらが鳴り響いた。


 大盾を構えながら突き出してきた槍を磁力魔法で上に反らし、大盾を飛び越えると周囲を一度一掃する。

 まだまだ盾を持った敵兵は多いが、武器が槍なので横を向くのは難しい。横や後ろから襲える者はそのまま倒し、正面の大盾は磁力魔法で盾をらして入り込む。

 材料のほとんどが木材の大盾だが、補強には金属が使われているので、必死に構えた所で私には効果は無い。むしろ鎧に金属がほとんど使われていない事の方がやり辛いのだ。

 前へ進むだけでは無く、たまに弱い火球を遠くに飛ばしてやって、後ろから当てればそれだけで混乱が広がっていった。

 後ろを確認しつつ味方から離れ過ぎないように気を付けながら進めば、順調に杭が打ち込まれて行っているのが分かる。

 消耗戦がメインな為か、中々騎士や魔力持ちに出会えないけど、その分少ない魔力で前へ進めている。

 10列目くらいまで進んで来たら、流石に危機感を覚えたのか騎士や魔力持ちが寄って来た。もっとも人をかき分けて進んで来るので、一度に戦う事はあまり無く。問題は無い。

 20列目くらいまで進んでくると、大盾を持つ者はいなくなって剣を武器にしている兵士が多くなった。反撃は増えたけど、鎧は革鎧なので私の攻撃を耐えられる者はいない、魔力も無く片手剣で受け流しもせずに受ければ簡単に折れてしまう。

 かといって避けようとしても、周りは人だらけではどうしようもない、集団戦は盾くらいは持ったほうがいいと思うよ本当に。

 たまに大柄な兵士が両手剣などで襲って来る。負けはしないだろうけど、鍔迫つばぜり合いで力比べなどしていたら、私が死んでしまうので魔法で武器をらしてさっさと退場してもらう。上段からの振り下ろしばかりなのでらすのも簡単だ。

 まれに明らかに雰囲気の違う者にも出会った。おそらくは有名な傭兵ようへいとかなのだろう、その時は周りの兵士も場所を開けて戦いやすくしてくれる。

 魔力を持ち、技もたくみなのだろうけど、撃ち込んだ全周囲磁力魔法と私の間にはさまれば、武器を動かす速度に精細せいさいさは無く、磁力に吸われるがままに突進して来る私の体当たりを避けられるはずがない。やっぱりこの魔法は強いと思う。


 しかし流石に魔力は半分を切っているし、影の部屋の維持のためにも1割りは残しておきたい所だ。そろそろ撤退を考えないといけないな、などと考えていると前方の頭上に突然火球が現れた。

 これは私と同じく、魔力球を形成してから火球に変換するやり方だ、どうやらまた味方ごと吹き飛ばしに来たらしい。

 咄嗟とっさに倒した敵兵が持っていた剣を特大火球に投げつけ、水球を自分の前に作り始める。前回は自分を囲って出したけど、爆風であっさりと吹き飛んでしまってあまり意味が無かったからね。

 少しでも影響範囲えいきょうはんいから抜けるために、横の敵兵を切り裂いて進み、背後から襲ってとにかく距離を移動する事を優先する。

 ちらりと見れば火球はこちらに向かって来る、まだ制御下にあったのだろう、投げた剣では爆発しなかったらしい。

 加速して近づいてくる特大火球から逃げているうちに、どうやら大盾を持った敵兵の列まで戻ってきた様だ。私と同じく逃げまどう兵士から大盾を奪って影に隠れ、水球を出現させると爆風から逃れるためにしゃがみ込む。

 に当たって爆発した特大火球によって、生まれた爆風を水球と大盾で受け流し、魔力を追加で流し込むことで制御下の水球を維持する。

 恐らく熱湯になっているだろう水球を、嫌がらせに火球が飛んできた方向へと撃ち出して。爆風で倒れた兵士達を踏みつけて、敵陣を抜けるためにひたすら斬り付けて進む。

 魔力は心もとないけど、大盾を持っているということは後10列も無いということだ、火傷がかなり痛んでも魔力に治している余裕は無い。


「ナミルタニア国の騎士ユミルだ!今から味方陣地に飛び込むから道を開けてくれ!」


 敵の最前列に辿り着くと、周囲を倒しながら味方に向かって叫び、出来る限り周囲の敵を倒してから味方の元へと飛び込んだ。

 ぶつかってしまった味方の兵士が、ビクッっと身体を震わせたので私の鎧はまだ焼けていたのかも知れない。ごめん、なけなしの魔力で身体を薄く水で包むと大量の水蒸気が上がった。

 追い打ちをする事になった味方に謝罪して、奥へ奥へと進んでいく、一応怪我人を通すために幅はあるけど、斧をかついで悠々ゆうゆうと歩くにはちょっと狭い。

 部隊と部隊の間の広めの通路まで辿り着いた私は、限界が来て身体強化を解いた。これ以上は影の部屋の中身をぶちまける事になってしまう。

 身体に疲れがのしかかり、更に鎧と斧の重みが押しつぶして来る。

 火傷の痛みと肌が引きる感覚があり、今気がついたが鼓膜こまくが破れている気がする。

 座り込んで治療に専念したくなってくるが、一応本陣に報告に戻らなければいけないので、足を引きずるようにしてゆっくりと歩みを進めて行った。そういえばおっさん生きてるかなぁ。

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