026

 敵兵が歩きだし、やがて駆け出すとベガルーニ様から「迎え撃て!」とようやく号令があった。

 流石に森を歩くには邪魔過ぎる長槍パイクを持って森を進んできた者はおらず、前に構えられているのは3mほどの普通の槍で、こちらの槍兵も同じ物を構えている。

 私にとって後数歩という所まで敵が来た所で、前に飛び出て指向性磁力魔法を使う。

 慌てて突き出された槍が磁力魔法に吸われて見当違いの方向に突き出され、突然止まった味方に、後列がぶつかって将棋倒しょうぎだおしとなって倒れていく。

 振るった斧で数本の槍を木の棒に変え、乱れた前列の敵を切り飛ばし、しばらく混乱を広げた後に、偉そうに馬に乗って指示を出している癖に殺せ!とか止めろ!しか言わないうるさい騎士に狙いを定める。

 盾を持った面倒な敵は、指向性磁力魔法で盾をそらしてから切りつけ、頭以外への攻撃は無視して突き進む。

 騎士が槍を突き出して来た時に磁力魔法を使って体勢を崩し、全力でぶつかって落馬させる。落下して無防備にさらされた首筋に斧を叩き込んで首を飛ばした。

 が、よく見たら落馬させる時に殴った胴鎧は、大きく切り裂かれてひどく出血していたのでもう死んでいたのかも知れない。

 騎士程度の魔力防御ならば貫通出来ることを知った私は、次の獲物を探して暴れだす。

 湧き出る知識で知った、長距離を走る時の短く2度吐いて大きく1度吸うという呼吸法をしていいたが、フルフェイスのヘルムの中で反響し、まるで笑っている様に聞こえて思わず本当に笑ってしまった。

 同じ様に数人の騎士を倒し、周囲を見るとベガルーニ様が大柄な強そうな騎士と槍を交えていた。助けに行くには遠いし、ゲルターク様も祖父も近くにいるので大丈夫だろうと思い、私はさらに騎士を倒しながら一番豪華な貴族の元へ進路を向ける。


 銀色の鎧に金の細工をほどこし、マントのすそえりにはファーが付き、色鮮やかな布が肩や腰から垂れ下がってこれでもかと男を飾っている。

 遠目から分かるほど太っているので武人では無さそうだが、間違いなく偉い奴だ。

 兵士達を切り裂きながら近付いていくと、焦ったのか突然味方のど真ん中で大きな火球を作り出した。

 徐々に膨らむ火球に敵兵も気がついたのか、私の周りに近付く者が徐々に減っていく、通りやすくなった進路を加速し、自分を包むように魔力を集める。

 巨大な火球が放たれると、私は腰につけているナイフを火球に投げつけて魔力を急いで水に変換する。


「「ユミル!」」


 背中から父と祖父の声がはっきりと聞こえた後、火球は大爆発を起こして、私の周りの水が簡単に吹き飛んでいく。

 肺が焼けないように息を止め、ジリジリと焼けていく肌の治療を行いつつ、早く範囲を抜けるために突き進む。

 全力の強化の上からも燃え続け、まとわりつく炎を斧を団扇うちわのようにして振り払い、範囲内から飛び出すと驚いた顔で敵兵達が歓迎してくれた。

 慌てて馬をひるがえして、逃げようとする貴族に全力で一撃を叩き込み、落馬した時に兜の外れた顔面に、2度3度と斧を叩き込む。

 完全に頭を潰した後、周囲を見回して呼吸を整えながら治療の続きをしていると、目を向けられた敵兵が次々と逃げ出し始めた。

 ドクドクと心臓がうるさくて、周りの音がよく聞こえないけど後ろから祖父の「おう…おい…ユミル!」という声が聞こえてきて、回らぬ頭で確かに再編されては面倒だ、と考えて敵兵を追って後ろから斬りつける。

 重い鎧で身を包んでいるからといって、魔力持ちの走る速度から逃げられるわけもない。一人、また一人と兵士が後ろから斬られていく。

 森へ入り、敵兵が見つけづらくなってもそれは変わらなかったが、しばらくすると背を向けた一団に追いついた。

 何やらとても混乱しているようなので、ふと思いついて、敵を斬るのを止めて逃げる敵が多い方に混ざり込み一緒に走る事にした。

 よく見ると、奇襲してきた兵と比べて数は圧倒的に少ない。100よりは多いが500はいない、精々300人といったところだろう。


「お前達何があった!何故逃げている!報告しろ!」


 そう言って振り返り、止まったのは立派なマントに敵国の紋章が大きく刺繍され、馬鎧に包まれた騎馬に乗った若者だった。


「報告します!」


 私はそう言って近付くと、ひざって早口にまくし立てる。


「敵兵に恐ろしく強い者が居り部隊が半壊!伯爵様も討ち死にいたしました!騎士達も大半が死亡!残った者達は殿しんがりつとめております!」


 言った爵位は適当だ、格好と魔力量でそれっぽいのを言ってみた。バレたらまずいかもしれないと、今更になって後悔こうかいし始める。


「なんだと!千人長ともあろうものがいて情けない、総員撤退するぞ!お前は逃げた部隊を出来るだけ再編しながら来い!」


 話を聞くために態々こちらに近づいてくれた若者が、方向転換するために背を向ける。


「はて?この様な者見かけた覚えがありましたか?」


 呑気のんきな事に今更そんな事を言い出す騎士がいたが、私はすでに動き出している。一足で飛びかかり、斧を若者の胴体に引っ掛けて馬から引きずり落とす。

 マントの襟を掴んで首に斧を当てて「追ってくれば殺す!」と叫んで全力で走り出す。


「攻撃するな!助けよ!」


 無茶なことを言う若者を引きずってひたすら逃げる。追うか逡巡しゅんじゅんする姿を騎士達が見せたが、斧が当たった頬から血が流れた事で動きを止めた。

 上位貴族なら身体強化したら私の攻撃など防げそうなものなのに、こいつ魔力が無いのか?と人質として役に立たないかも知れないと、心配になったがそれにしては騎士達の様子がおかしい。


「ひぃ!血が!お前達なんとかしろ!」


 うるさいのでえりを強く引けば、首がしまったのか気絶して静かになったので抱え直して加速する。騎士達は全く追って来ない、こいつ本当に何者だ?

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