020

 ゴードンさんに足元の鎧から作るように言ったら1週間ほどでそろった。もう作り出していたらしい。

 革細工師かわざいくしにも頼んでいたらしく、鉄板入てっぱんいりのブーツまで用意して貰い、取り付け方を教わった。

 鎧の重量を考えるとこれだけで5kg以上あるはずだけど、本当に転びづらくなるのだろうか?

 いつもより少しガニ股気味に歩き、ガチャガチャと音を立てて、足だけを銀色に光らせている姿は間違いなく変な奴だろう。

 動いた時に違和感が無いか試すために着たまま家に帰っているのだが、村の道を通るのは少し恥ずかしくなって来た。

 早く胴鎧が出来てくれることを願いつつ、出来るだけ静かに早足で家に帰った。


 まだ慣れない足裏のベルトを外し、少し思いついて火の魔法で鎧の表面が黄色くなるまであぶっていく。

 明るく輝く黄色に、なかなか良い色合いに出来たんじゃないかと満足する。


「どうよホリー、私の鎧、格好良かっこうよくない?」


「いいと思う!色も綺麗で可愛いし!」


「そうでしょー頑張って色付したんだ!」


 鎧が可愛いかは別にして、気を良くした私は汚れてもいない鎧を布で拭いていく。早く全身分出来るといいな。


 次の日から家で昼食を食べたら、早速鎧を付けて訓練に参加する。

 「何で足だけなんだ?」とか「変な色の鎧だな。」とか聞こえてきたけど、機嫌のいい私は睨み付けるだけで許してあげた。


「なんじゃユミル、全身鎧でも作るのか?」


「はい!重装歩兵ってのになる予定です。」


「なるほど突撃癖を直しておらんかったのはそれでか。」


 ビルザーク様はそう納得されて今日の訓練が始まる。

 鎧の調子はすごくいい。足を打たれても痛くないし、踏ん張りが効くようになった気がする。

 ただ、まだ転ばされることはあるし足を打たれた時の音がすごい。もしかしなくても威力が上がってるよね?


「鎧があるからよしとするのか悩むところだな。刃がついていれば斬られていたと見ることも出来るし、そこらの雑兵では魔力があろうが鎧を貫けぬ気もする。どうするべきかの。」


 確かにあの強さで叩かれているのだ、普通なら鎧が斬られるか砕かれてもおかしくない。少なくとも表面はへこんでいたかも知れないが、私の鎧は未だに歪みもなく鏡の様にツルリとしている。


「ならばエミルの戦鎚で殴ってみますか?骨折くらいなら自分で治せるでしょう。」


 と、祖父がとんでもない事を言い出した。


「それが早いか。よし、ならばユミルよ全力で硬化こうかをかけて構えよ。」


 祖父から戦鎚を受け取って、素振りを始めるビルザーク様、誰か止めてくれないかと辺りを見回すが皆が目を逸らした。


「ほれ、早くせよ。命令違反で首を飛ばすぞ。」


「ひゃい!」


 慌てて半身に構えて全力全開で全身の硬化こうかをする。戦々恐々せんせんきょうきょうの思いで待っていると、ついにビルザーク様が此方こちらへ向かって動き出した。

 「ふん!」という掛け声と共に振られた戦鎚せんついは、私のすねの外側へと打ち付けられた。

 威力いりょくに負けない様に足を地面へと押し付け、吹き飛ばされない様に必死にこらえたけど足がすべり、勢い良く転ばされた。


「ほう、これでも何とも無いか。威力いりょくが足りなかったのかもしれん、ギーヴお前もやって見せよ。」


「承知いたしました。」


 緊張でドクドクと脈打つ心臓を抑えてゆっくりと立ち上がると、今度は戦鎚せんついが祖父に渡された。

 魔力はビルザーク様の方が多いだろうけど、祖父は日頃から両手剣を振り回す高身長のマッチョだ、どちらの威力が上かは分からない。

 見れば鎧には傷一つ付いていないように見えるけど、本当に心臓に悪い。


「次は普段の強さで強化して受けよ。常時全力で強化している訳ではないからな。」


「は、はい。」


 若干じゃっかん、腰が引けながらもきちんと構え、強化をする。普段よりは強化が強いかも知れないが、私はまだ死にたくは無い。そう、誤差ごさというやつだ。

 構えた祖父が少しを付けて勢い良くすねにまた打ち付ける。

 足を地面に抑え付ける力が足りなかったのか、祖父の力が強かったのか、先程より簡単に足が地面をすべっていく。

 咄嗟とっさに頭を打たないように腕でガードし、2度、3度転がって大の字になって空を見上げる。

 痛みはない、足も大丈夫だと思う。心臓が早鐘はやがねを打ち、緊張きんちょうが抜けて呼吸が激しくなる。


「何という丈夫さじゃ、よう《よく》こんなのと戦っておったなゲルターク。」


「お祖父様、訓練は一撃いい所に入ったら負けですから…」


 ビルザーク様のあきれ返った声とゲルターク様の同情のこもった声が聞こえてくる。


「大丈夫かユミル、見た目では足は全く問題無さそうだが。」


 心配そうに聞いてくる祖父に、ようやく落ち着いてきた私は「大丈夫です。」と答えて立ち上がる。


「おじいちゃん!いくら何でも助走までするのはひどいです!やりすぎだと思います!」


 走り出すのを見て驚かされた腹いせに祖父を怒鳴どなりつける。


「すまんの。戦場では突撃して来る敵が多い、あれくらいの攻撃でなければ安心出来んのだ。」


「そうじゃぞ、おかげで長槍パイク兵の突進すら平気で耐えられそうな事が分かったのだ。

 全力なら騎兵の突撃槍チャージランスすら耐えるのではないか?もしかしたら大型バリスタも耐えられるかも知れん。」


「うむ、これならば余程の相手が出てこない限り、捨て身で攻撃しても無傷だろう。後は体勢を崩されぬ様に、しっかり訓練すれば安心じゃわい。」


「確かに私も思っていた以上に防御力がある事を確認出来て安心出来ました。」


 一度立ち上がったものの、安心からか腰が抜けて再び座り込み。ふと見た脚甲に大きな歪みが出来ていることに気が付いた。流石の鎧も普段の強化程度では耐えきれなかったらしい。


「それにな、お前も悪いのだぞユミル。訓練の木の棒では怪我をしないからと、わしの攻撃を避けも受け流しもせずに力技でこらええおって。

 本来なら本物の武器を想定して急所に攻撃を受けぬ様に、鎧で受け流そうと痛みと身体で覚える物だというのに、鎧の無い太ももを狙われて身体強化で耐えようとする馬鹿が何処どこにおる。

 げ句の果てに全覆ぜんおおいの鎧なんぞ着て来よって、さらに悪化したではないか。」


 心当たりが有りすぎて耳が痛い。確かに私は鎧があっても無くても痛みを感じないので、わざわざ鎧で受けようとか考えたことが無い。

 受け流しなんて武器でするもので、精々せいぜい手甲てっこうで槍をはじくくらいしかやった事が無いんじゃないか?


「ユミル、お前はもう敵の攻撃など無視してひたすら斬りかかれ、その方が敵の意表いひょうも突けて良い結果になるだろう。」


「はい、分かりました!」


 私の元気な返事に、ビルザーク様がにがい顔をした後、他の人達の訓練を始める。

 私は祖父に手伝ってもらって訓練場のすみに行くと、脚甲を外して具合を確認する。

 足を締め付けるほどでは無いけど、戦鎚の形が分かるほど大きく歪んでいる。作ってもらったばかりだけれど流石に修理した方が良さそうだ。

 未だに心臓はドキドキしているけど、戦場では魔力があれば自分はどうやっても死なないという事が知れたことは大きい。

 あんな大振りな攻撃をわざわざ食らいたいとは思わないけれど、いざという時にはその選択が大きな助けになるだろう。

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