拝啓 私の大切な人たちへ

正野 心

君に言いたいこと

 もしも

 僕の背中に大きな翼が生えたなら

 君の全身をすっぽり包んで

 負けず嫌いな君の泣き顔は

 他の誰にも見せずに

 悲しみのないどこかへ連れて行くのになぁ


 もしも

 僕の身体が鋼のように硬ければ

 僕はボディガードになれたのに

 どんな攻撃からも守られるように

 鍛錬も欠かさないよう

 君に安心して欲しいから


 もしも

 僕の目が千里眼だったら

 きっとすべてがお見通しで

 服の下のあざも

 ちょっとした表情の変化も

 決して見逃しやしないのに


 あいにく僕には丈夫な翼なんてない

 鋼のような身体も心も持っていないし

 千里眼も持っていない

 規格が違うだけで君と全く同じ身体



 君も知っている通り

 僕の背中は真っ平ら


 だから怪我した君をおんぶできるし

 誰かと肩を組むのも簡単


 翼がなくても

 涙は手で拭いてあげられるし

 泣いている君の目を見て

 どうしたの

 って聞いてあげられる


 君を連れて遠くへ行けなくても

 お喋りしながら足並みを揃えて

 一緒に歩く楽しみなら知っている


 やっぱり翼は要らないかも

 身体を抱き寄せたときに

 相手が楽に腕をまわせるように

 僕たちの背中はできているんだから

 




 君と同じく

 僕の身体も鋼のように硬くはないけれど


 さむがりな君を抱きしめて

 体温を分け合うことはできる


 すべての攻撃は防げなくても

 君の手を思い切り握っても傷つけないし

 君を抱き上げるほどの腕力はないけれど

 君が息苦しくなることもない


 君を抱きしめたとき

 ドクドクと波打つ心音を直に感じられるし

 僕の真ん中から流れ出す温かい血で

 誰かの命を救えるかも知れないから


 鋼の身体は羨ましいけれど

 僕は今の方が好きだなぁ




 君はどうかわからないけれど

 僕はとても目が悪い


 千里眼どころか黒板の文字だって曖昧だ

 めがねを忘れた日は最悪だよ


 僕は気が利かないから

 何か言いたげな君に気づかず

 ベラベラ喋っちゃうかも

 君を苛立たせるかも


 でもね

 不思議なことに


 目の良いクラスメイトは

 快くノートを貸してくれるし

 感情に疎い僕でも

 仲の良い友だちもたくさんいるんだ


 ほんと不思議だよね

 僕は何も支払ってないのにさ


 近視で困ったことは多いけれど

 誰かの好意に助けられたことも

 同じくらい多いんだ


 僕は君の傷を知らない

 君が辛いと思っているのも

 全く気付かないかも知れない


 でも君の話にはちゃんと耳を傾けるよ

 めんどくさいからって

 君の勇気を無視するなんて

 絶対にしない




 僕らは

 翼も鋼のような身体も千里眼も持ってない

 だから何者でもないし

 何者にでもなれるんだ


 翼がなくても電車で遠くまで行けるし

 鋼のような服は買えるかも知れない

 千里眼じゃないから誰かの粋な計らいも

 見えないふりをしておくよ


 自分じゃない誰かに助けられて

 顔も名前も知らない誰かのおかげで

 今を生きている

 僕らはみんな平等に

 その恩恵を受けている




 何も持たずに生まれてきたけれど

 僕らはどんどん賢くなれる

 

 言葉を介してものを作って

 芸術に触れて自己を知り

 自然を慈しみながら

 先人は賢くなってきたんだろう


 賢い人たちのおかげで

 今や誰でも検索できるようになった


 誰でも賢くなれるから

 賢くなって誰かを助ける人も

 賢くなって誰かを傷つける人も増えた


 様々な情報を手に入れ

 いとも容易くそれを消費する

 発信にはなんの制限もなく

 そこにあるのは見えない倫理観だけ




 僕らは

 知らないうちに賢くなった気でいて

 正義という名の

 形のない暴力を振るいながら

 今を生きている


 様々な価値観に触れるけれど

 受け入れるのはごく少数

 自分に都合の良いものだけ


 僕らはみんな自己主張をしたがっている

 自分の正義で誰かを攻撃し続けている

 そんなことにも気付けないで

 誰かを説教したいあまりに

 遠くの国の戦争にまで首を突っ込む


 僕を含めてそんな人ばかりだ


 でも

 僕らは人間であって超能力者じゃない

 全てを受容するのは不可能だ


 そんな言い訳をしないと

 誰かを攻撃する口実が見つからないから

 自分が正しいと思い込みたいから

 せわしなく指を躍らせて

 馬鹿みたいに声を張り上げる




 僕らは話し合わなければならない

 殴り合うよりずっとずっと難しいけれど

 自分と違う何かや力のない誰かを

 そういうものだと決めつけるより

 時間も労力もかかるけれど


 すべて無駄だって投げ出したくなっても

 結局それを解決できなかったとしても

 それでも僕たちは協力しなくちゃならない

 諦めずに考え続けて

 その痕跡を遺していくんだ


 だって僕らはそういうふうに出来ている



 僕らは

 特別なものは持っていないけれど

 共通の言葉を持っている

 僕はそんな言葉で君に聞きたい


 君の調子はどうだい

 元気かなぁ心配しているよ

 ありがとうもごめんも全部

 今のうちに伝えなきゃ



 僕らは

 毎日些細な嘘をついている

 唯一持っている共通の言語で

 最も美しいこの言葉で


 今だってそうさ

 僕が使う言葉に傷つく人や

「誰か」や「君」や「平等」なんて言葉に

 当てはまらない人がいることに目を瞑って

 僕は今を生きている


 だから僕は

 今の僕に出来ることを

 精いっぱいすることにした


 今の僕にできるのは

 隅で縮こまっている君に話しかけること

 大して役に立たないかも知れないけれど

 手助けできたら嬉しいなぁ



 君の心が

 涙の海に飲み込まれそうになっていても

 もしくは

 君自身を燃やしてしまうほどの

 熱を帯びていても

 刺々しい言葉を吐き出してしまうほど

 荒れていても


 海が穏やかになるまで君のそばにいるよ

 僕も泳げないから救命チョッキは必須

 でも

 小さな船なら作ってあげられるかも

 君の体が流されないように

 僕の手で引っ張ってあげられるかも


 君の心が燃えていても僕は平気だよ

 どれだけ辛くても

 君は理由もなく

 他人を攻撃するほどの奴じゃないと

 僕は知っているから


 君と全く同じ悩みは持っていないけれど

 共感は出来るかも

 もしかしたら君を笑わせられるかも

 君に似た誰かを紹介してあげられるかも


 だから

 たとえそこが

 野獣が潜むアマゾンでも

 皮膚が干からびるほどの砂漠でも

 とても前に進めないほど風が強い雪国でも


 僕は怖がりながらも君に近づいて

 色んな君を抱きしめる

 君が優しいことを知っているから


 君が僕にしてくれたように

 僕もまた君に返したい


 どんな君とでも部活に行きたい

 カフェでノートを開いてお喋りしたい

 変な味のお菓子を買って馬鹿騒ぎしたい

 遅くまで文化祭の準備をして

 夕暮れに染まっていく電車に乗って

 君と長く居たいから

 わざと帰り道で遠回りしてるんだよ


 ただ君の隣に居たいだけ



 そしてあわよくば

 僕らが誰かからもらったこの思いを

 誰かに伝え続けたら

「誰か」や「君」の数が増えていけば

 救えなかった誰かを救えるかもしれない


 僕はそうなって欲しいと祈っている


 知らないことは素直に認めて

 答えのない問題に頭を悩ませて

 笑ったり泣いたりしながら

 僕らは今日も生きていく

 



 そう

 これは僕らのためのうた

 君のためのうたなんだ


 

 

 敬具




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓 私の大切な人たちへ 正野 心 @shin_47

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画