第4章:17世紀の先駆者たち - エリザベト・オブ・ボヘミアとアン・コンウェイ
雨の降る日曜日の午後、永遠と花凛は退屈そうにリビングでごろごろしていました。そこへお姉ちゃんが、古びた本を手に現れました。
「おや、二人とも暇そうね。ちょうどいいわ。今日は17世紀の女性哲学者たちのお話をしましょうか」
永遠が顔を上げます。
「17世紀って……オランプ・ド・グージュの時代より前?」
お姉ちゃんはにっこりと笑います。
「よく覚えていたわね。そうよ、オランプより少し前の時代ね。今日紹介する二人の哲学者は、オランプとはまた違った形で哲学の世界に貢献したのよ」
花凛が興味深そうに体を起こします。
「へえ、どんな人たちなの?」
「エリザベト・オブ・ボヘミアとアン・コンウェイという二人よ。二人とも、当時の最先端の哲学に触れ、独自の思想を展開した人たちなの」
永遠が首をかしげます。
「でも、その時代って女性が哲学するのは難しかったんじゃないの?」
「鋭い指摘ね。確かに17世紀はまだまだ女性の社会進出が難しい時代だったわ。でも、そんな中でも、知的好奇心を持ち続け、哲学的探究を諦めなかった女性たちがいたの。それが、エリザベトとアンなのよ」
お姉ちゃんは本を開きながら、話を続けます。
「まずは、エリザベト・オブ・ボヘミアから話すわね。彼女は1618年に生まれた王女様だったの」
花凛が目を輝かせます。
「王女様!? まるで童話みたい」
お姉ちゃんはくすっと笑います。
「でも、彼女の人生は決して童話のようには運ばなかったのよ。エリザベトが2歳の時、彼女の父親はボヘミア王の座を追われてしまったの。家族と共に各地を転々とする逃亡生活が始まったわ」
永遠が真剣な表情で聞きます。
「大変だったんだね。でも、そんな中でどうやって哲学を学んだの?」
「そうね、確かに普通なら学問どころではないわよね。でも、エリザベトは並外れた知的好奇心の持ち主だったの。彼女は、逃亡生活の中でも、様々な言語や数学、哲学を学び続けたのよ」
花凛が感心した様子で言います。
「すごい! 私なら、そんな状況で勉強なんてできないかも」
「そうよね。でも、エリザベトにとって、学ぶことは生きる希望だったのかもしれないわ。そして、彼女の知的探究心は、やがて当時最高の哲学者と呼ばれた人物との出会いをもたらすことになるの」
永遠が興味深そうに聞きます。
「誰と出会ったの?」
「それはね、デカルトよ」
お姉ちゃんは、少し間を置いてから続けます。
「デカルトって名前、聞いたことある?」
永遠が手を挙げます。
「あ、僕知ってる! 『我思う、ゆえに我あり』って言った人でしょ?」
「その通り! よく知ってるわね。デカルトは近代哲学の父と呼ばれる大哲学者よ。そんな大物と、エリザベトは文通を始めたの」
花凛が驚いた表情を見せます。
「えっ、王女様が哲学者と文通? どうやって知り合ったの?」
お姉ちゃんは少し考えてから答えます。
「実はね、エリザベトがデカルトの著作を読んで、感銘を受けたのがきっかけなの。彼女は、デカルトの『省察』という本を読んで、疑問に思ったことを手紙に書いて送ったのよ」
永遠が感心した様子で言います。
「へえ、勇気があるんだね。でも、デカルトは返事をくれたの?」
「ええ、デカルトはエリザベトの鋭い質問に感心して、丁寧に返事を書いたの。そして、そこから二人の哲学的な対話が始まったのよ」
お姉ちゃんは、エリザベトとデカルトの文通の様子を生き生きと描写し始めます。
「二人のやり取りは、本当に興味深いものだったのよ。例えば、こんなやり取りがあったわ」
お姉ちゃんは、古い手紙の束を取り出したかのように、声色を変えて読み上げ始めます。
「エリザベト:『デカルト様、あなたの心身二元論には納得できない点があります。もし心と体が全く異なる実体だとすれば、どのようにして相互に影響し合うのでしょうか? 私が手を動かそうと思えば、実際に手が動きます。また、体が痛めば、心も苦しみを感じます。この直接的な相互作用をどのように説明されるのでしょうか?』」
「デカルト:『エリザベト王女、鋭いご指摘ありがとうございます。確かに、これは難しい問題です。私の考えでは、心と体の相互作用は松果体という脳の一部で起こると考えています。しかし、正直なところ、その詳細なメカニズムについては、まだ十分な説明ができていません』」
お姉ちゃんは、二人の対話を再現しながら解説を加えます。
「エリザベトの質問は、デカルトの哲学の核心を突いていたの。デカルトは、心と体を全く異なる実体と考えていたけど、エリザベトは日常的な経験から、その考えに疑問を投げかけたのよ」
永遠が興味深そうに聞きます。
「デカルトは答えられなかったの?」
「完全には答えられなかったわ。でも、エリザベトの質問をきっかけに、デカルトも自分の理論を見直し始めたの。次のやり取りを見てみましょう」
「デカルト:『エリザベト王女、あなたのご質問について深く考えました。確かに、心と体の相互作用は単純に説明できるものではありません。しかし、私たちは日常的にその結合を経験しています。この経験自体が、心身の結合の証拠ではないでしょうか』」
「エリザベト:『デカルト様、その説明では不十分です。経験があるというだけでは、そのメカニズムを説明したことにはなりません。むしろ、心と体を完全に分離して考えること自体に無理があるのではないでしょうか?』」
お姉ちゃんは、二人のやり取りを解説します。
「エリザベトは、デカルトの回答に満足せず、さらに踏み込んだ質問をしたの。彼女は、心と体を完全に分離して考えることの限界を指摘したのよ」
花凛が感心した様子で言います。
「エリザベトって、すごく論理的なんだね」
「そうなの。彼女の質問は、単に疑問を投げかけるだけでなく、新たな思考の可能性を開くものだったのよ。次のやり取りを見てみましょう」
「デカルト:『エリザベト王女、あなたのご指摘は非常に重要です。確かに、心と体の完全な分離という考えには再考の余地があるかもしれません。しかし、それでも心の本質と体の本質は異なると私は考えています。ただ、両者の関係についてはより慎重に考察する必要があるでしょう』」
「エリザベト:『デカルト様、あなたの率直な回答に感謝します。私もまた、心と体の関係についてさらに深く考えていきたいと思います。この問題は、単に理論的なものではなく、私たちの実際の生活や幸福にも大きく関わる問題だと考えています』」
お姉ちゃんは、満足そうな表情で説明を続けます。
「このように、エリザベトとデカルトの対話は、お互いの考えを深め合うプロセスだったの。エリザベトの鋭い指摘によって、デカルトも自身の理論を見直し、発展させていった。そして、エリザベト自身も、この対話を通じて独自の哲学的視点を育んでいったのよ」
永遠と花凛は、真剣な表情でお姉ちゃんの話を聞いています。
「二人の対話からは、哲学することの本質が見えてくるわ。それは、『当たり前』だと思っていることに疑問を持ち、論理的に考え抜くこと。そして、他者との対話を通じて、自分の考えをさらに発展させていくこと。エリザベトとデカルトは、まさにそれを実践していたのよ」
お姉ちゃんは、最後にこう締めくくります。
「この対話から生まれた問いは、今でも哲学や科学の重要なテーマの一つよ。心と体の関係、意識の本質、そして人間とは何か。これらの問いは、現代の脳科学や人工知能の研究にもつながっているの。エリザベトの鋭い洞察が、何世紀も経った今でも私たちに影響を与え続けているってことね」
永遠と花凛は、エリザベトとデカルトの知的な対話に深く感銘を受けた様子で、お互いを見つめ合います。彼らの目には、哲学的思考の魅力と重要性への新たな理解が輝いているようでした。
花凛が感動したように言います。
「素敵! 二人はお互いを高め合う関係だったんだね」
「そうよ。特に、エリザベトが指摘した心身問題は、その後の哲学にとって大きなテーマになったの。彼女の洞察力が、哲学の発展に貢献したと言えるわ」
永遠が少し考え込んでから言います。
「でも、お姉ちゃん。エリザベトって、結局何を主張したの? デカルトの考えに反対だったの?」
お姉ちゃんは嬉しそうに頷きます。
「いい質問ね、永遠。エリザベトは、デカルトの考えを全面的に否定したわけじゃないの。むしろ、デカルトの哲学を深く理解した上で、その限界を指摘し、新たな視点を提示したのよ」
「どんな視点?」と花凛が聞きます。
「さっきも言ったけど、エリザベトは、心と体を完全に分離して考えることはできないと主張したの。私たちの日常経験では、心と体は密接に結びついているでしょう? 例えば、悲しいと涙が出たり、怖いと動悸が激しくなったり」
永遠と花凛は頷きます。
「そう、エリザベトはそういった日常の経験を重視したの。彼女は、心と体の関係をもっと複雑で密接なものとして捉えるべきだと考えたのよ」
お姉ちゃんは続けます。
「さらに、エリザベトは哲学の実践的な側面も重視したわ。彼女は、哲学が現実の生活や道徳的な問題にどう応用できるかについても、デカルトと議論を交わしたの」
花凛が興味深そうに聞きます。
「へえ、哲学って実生活に役立つんだ」
お姉ちゃんは、エリザベトとデカルトのやり取りをより具体的に説明するために、本棚から別の古い本を取り出しました。
「二人のやり取りを、もう少し詳しく見てみましょう」
お姉ちゃんは本を開き、エリザベトの手紙の一部を朗読し始めます。
「『デカルト様、あなたの哲学は深遠で素晴らしいものです。しかし、私には一つ疑問があります。日々の生活の中で、どうすれば幸せに生きられるのでしょうか? 理論だけでなく、実践的な指針を示していただけないでしょうか』」
永遠が興味深そうに聞きます。
「へえ、エリザベトって、すごく現実的な質問をしたんだね」
「そうなのよ。エリザベトは、哲学が実生活にどう役立つかを常に考えていたの。彼女の質問に答えるため、デカルトは『情念論』という本を書いたのよ」
お姉ちゃんは、デカルトの返信の一部を読み上げます。
「『尊敬するエリザベト王女様、幸福な生活を送るためには、情念を適切にコントロールすることが重要です。喜び、悲しみ、怒りなどの感情は、私たちの幸福に大きな影響を与えます。これらを理性によって制御し、適度に楽しむことが、幸福への鍵となるでしょう』」
花凛が首をかしげます。
「でも、それだけじゃ足りないって言ったんだよね?」
「その通りよ。エリザベトは、デカルトの回答にまだ満足できませんでした。彼女は再び手紙を書いたの」
お姉ちゃんは、エリザベトの次の手紙を読み上げます。
「『デカルト様、あなたの『情念論』は確かに興味深いものです。しかし、私が求めているのは、もっと具体的な指針です。例えば、深い悲しみに襲われたとき、どのように対処すべきでしょうか? また、日々の些細な不満をどのように克服すればよいのでしょうか?』」
永遠が感心した様子で言います。
「エリザベトって、本当に深く考えていたんだね」
「そうなのよ。彼女は、哲学を単なる知的な遊びではなく、実際の人生の指針として捉えていたの。そして、デカルトもそんなエリザベトの真剣さに応えようと努力したのよ」
お姉ちゃんは、デカルトの返信を読み上げます。
「『エリザベト王女様、あなたの洞察に深く感銘を受けました。確かに、理論だけでは不十分です。具体的な方法としては、まず自分の感情を客観的に観察することから始めてはいかがでしょうか。悲しみを感じたら、その原因を冷静に分析し、自分にできることは何かを考えてみてください。また、日々の瞑想や散歩などの習慣も、心の安定に役立つでしょう』」
花凛が目を輝かせて言います。
「へえ、デカルトってこんなアドバイスもしてたんだ」
「そうなのよ。でも、エリザベトはさらに踏み込んだ質問を続けたの」
お姉ちゃんは、エリザベトの最後の手紙を読み上げます。
「『デカルト様、あなたのアドバイスは確かに有益です。しかし、私たちは常に理性的でいられるわけではありません。時に感情に流されてしまうこともあります。そんなとき、どうすれば自分を取り戻せるのでしょうか? また、他者との関係性の中で生きる私たちは、時に自分の幸福と他者の幸福の間で葛藤することもあります。この問題についても、あなたの見解をお聞かせください』」
永遠と花凛は、エリザベトの深い洞察に感心した様子です。
お姉ちゃんは本を閉じ、二人を見つめます。
「このようなやり取りを通じて、エリザベトとデカルトは互いの思想を深めていったのよ。エリザベトの鋭い質問は、デカルトの哲学をより実践的で人間的なものへと導いたと言えるわ」
永遠が感心した様子で言います。
「すごいな。エリザベトの質問が、デカルトの哲学を変えたってことだよね」
「その通りよ。そして、このやり取りは、哲学が単なる抽象的な思考ではなく、私たちの日常生活に深く関わるものだということを示しているのよ」
花凛が少し考え込んでから言います。
「私も、エリザベトみたいに、自分の疑問を大切にして、深く考えてみたいな」
お姉ちゃんは嬉しそうに頷きます。
「それこそが、哲学する心の始まりよ。さあ、みんなでエリザベトのように、日常生活の中の『なぜ?』を大切にしていきましょう」
永遠が感心した様子で言います。
「エリザベトって、すごく現実的な人だったんだね」
「そうね。彼女は王族としての義務と、哲学者としての探究心の間で葛藤していたの。だからこそ、哲学が現実の問題にどう答えられるかに関心があったのよ」
お姉ちゃんは少し表情を曇らせます。
「でも、エリザベトの人生は決して平坦ではなかったわ。彼女は政治的な混乱の中で、何度も危機に直面したの。そんな中でも、彼女は哲学的な探究を諦めなかった。それどころか、逆境が彼女の思索を深めたとも言えるわ」
お姉ちゃんは少し間を置いてから、話を続けます。
「さて、ここで少し考えてみましょう。エリザベトの生き方から、私たちが学べることは何だと思う?」
永遠と花凛は、しばらく考え込みます。
「僕は、どんな状況でも学び続けることの大切さだと思う」と永遠が言います。
「私は、自分の疑問を大切にして、それを追求する勇気かな」と花凛が答えます。
お姉ちゃんは満足そうに頷きます。
「素晴らしい気づきね。エリザベトの生涯は、まさにその二つを体現していたわ。そして、もう一つ大切なことがあるの。それは、自分の考えを他者と共有し、対話を通じて深めていくことよ」
永遠と花凛は、真剣な表情でお姉ちゃんの言葉に聞き入ります。
「さて、ここで少し実践してみましょう。エリザベトのように、自分の疑問を大切に育ててみるの。今、あなたたちが『なぜだろう?』と思っていることは何かしら? それを言葉にして、みんなで考えてみましょう」
永遠と花凛は、少し考えてから、それぞれの疑問を口にし始めます。三人は、エリザベトとデカルトのように、互いの意見を尊重しながら、活発な対話を始めました。
お姉ちゃんは、二人の成長を感じながら、次の哲学者の話へと移ります。
「さて、次はアン・コンウェイという哲学者のお話をするわ。彼女もまた、17世紀を代表する女性思想家なの」
永遠が興味深そうに聞きます。
「アン・コンウェイって、エリザベトと同じ時代の人なの?」
「そうよ。アンは1631年に生まれて、1679年に亡くなったの。エリザベトより少し若い世代ね」
花凛が首をかしげます。
「エリザベトは王女様だったけど、アンはどんな人だったの?」
お姉ちゃんは少し考えてから答えます。
「アンは、イギリスの裕福な家庭に生まれたの。でも、彼女の人生は決して平坦ではなかったわ。幼い頃から激しい頭痛に悩まされていたの」
永遠が驚いた表情を見せます。
「え、病気だったの? でも、どうやって哲学を学んだの?」
「そこがアンのすごいところなの。彼女は、激しい頭痛にもかかわらず、独学で哲学や科学を学んだのよ。特に、当時最先端だった『自然哲学』、今で言う自然科学ね、そういった分野に深い関心を持っていたの」
花凛が感心した様子で言います。
「すごい! 病気を乗り越えて勉強するなんて、私には無理かも」
お姉ちゃんは優しく微笑みます。
「そうね、確かに大変なことだったと思うわ。でも、アンにとって、学ぶことは苦痛を忘れさせてくれる喜びだったのかもしれないわ。彼女は、自分の病気の経験を通して、心と体の関係について深く考えるようになったの」
永遠が興味深そうに聞きます。
「心と体の関係か……エリザベトも同じようなことを考えてたよね?」
「鋭い観察ね、永遠。確かに、アンとエリザベトは似たようなテーマに興味を持っていたわ。でも、アンのアプローチは少し違っていたの」
お姉ちゃんは、本の頁をめくりながら続けます。
「アンは、デカルトの二元論に反対して、独自の一元論的な哲学を展開したのよ。彼女は、すべての存在が根本的には同じ本質を持っていると考えたの」
花凛が不思議そうな表情で聞きます。
「一元論? すべての存在が同じ本質? それってどういうこと?」
お姉ちゃんは少し考えてから、身の回りのものを指さしながら説明を始めます。
「例えばね、この椅子や机、私たちの体、そして私たちの思考。アンの考えでは、これらはすべて同じ基本的な『実体』からできているの。物質と精神の間に本質的な違いはないと彼女は考えたのよ」
永遠が驚いた様子で言います。
「えっ、でも椅子と人間の思考が同じだなんて、変じゃない?」
お姉ちゃんはクスッと笑います。
「確かに、一見するとそう思えるわね。でも、アンの考えはもっと深いのよ。彼女は、すべての存在が『生きている』と考えたの。椅子だって、微小なレベルでは常に変化しているでしょう? そして、人間の思考も、脳という物質的な基盤があってこそ存在するものよね」
花凛が目を輝かせます。
「なるほど! つまり、物質と精神は連続しているってこと?」
「その通り! よく理解できたわ、花凛。アンは、物質と精神の間に明確な境界線を引くことはできないと考えたの。すべては連続的につながっていて、お互いに影響し合っているというわけよ」
永遠が少し考え込んでから言います。
「でも、お姉ちゃん。それって、当時としては結構過激な考え方だったんじゃないの?」
お姉ちゃんは頷きます。
「確かに、アンの考えは当時の主流派の哲学とは大きく異なっていたわ。特に、教会の教えとは衝突する部分があったの」
花凛が心配そうに聞きます。
「じゃあ、アンは迫害されたの?」
「幸い、アンは直接的な迫害は受けなかったわ。でも、彼女の思想が広く受け入れられるまでには長い時間がかかったの。実は、アンの主著『古代および現代の哲学についての原理』は、彼女の死後まで出版されなかったのよ」
永遠が驚いた表情を見せます。
「え? じゃあ、生きている間は誰にも理解されなかったってこと?」
お姉ちゃんは少し悲しげな表情を浮かべます。
「完全にそうとは言えないわ。アンには理解者もいたの。例えば、ケンブリッジ・プラトニストの一人、ヘンリー・モアという哲学者とは親密な交流があったわ。モアは、アンの才能を高く評価していたのよ」
花凛が興味深そうに聞きます。
「ケンブリッジ・プラトニストって何?」
「良い質問ね。ケンブリッジ・プラトニストは、17世紀のイギリスで活躍した哲学者たちのグループよ。彼らは、合理主義と信仰の調和を目指していたの。アンの思想は、このグループの影響を強く受けているわ」
お姉ちゃんは続けて説明します。
「アンとヘンリー・モアの関係は、とても興味深いものだったのよ。モアはアンの家庭教師的な役割を果たしていて、二人は頻繁に哲学的な議論を交わしていたの」
永遠が興味深そうに尋ねます。
「どんな議論をしていたの?」
「例えば、魂の本質や、物質と精神の関係についてよ。モアは当初、デカルト的な二元論を支持していたんだけど、アンとの対話を通じて、その考えを少しずつ変えていったんだ」
花凛が驚いた様子で言います。
「へえ、先生の方が生徒から学んだってこと?」
お姉ちゃんは頷きます。
「そう、まさにそのとおり。アンとモアは互いに影響し合う関係だったのよ。例えば、こんなやり取りがあったと言われているわ」
お姉ちゃんは、架空の対話を再現するように話し始めます。
モア:「アン、君の言う『すべてのものが生きている』という考えは興味深いが、石ころが生きているというのは納得しがたいな」
アン:「でも、ヘンリー、石ころだって微視的に見れば常に変化しているわ。それに、石ころを構成する粒子は宇宙全体とつながっているのよ」
モア:「なるほど、その視点は面白いね。でも、そうなると神の位置づけはどうなるんだい?」
アン:「神はすべてのものの中に遍在していると考えるわ。だから、私たちも神の一部なのよ」
「このような対話を通じて、アンとモアは互いの思想を深めていったのよ」
お姉ちゃんは説明を続けます。
永遠が感心した様子で言います。
「へえ、アンってすごく独創的な考えを持っていたんだね」
「そうなのよ。そして、その独創性はのちの哲学者たちにも影響を与えることになるの。特に、ライプニッツとの関係は興味深いわ」
花凛が首をかしげます。
「ライプニッツ? アンと会ったことがあるの?」
お姉ちゃんは首を横に振ります。
「直接会ったという記録はないの。でも、ライプニッツはアンの著作を読んでいた可能性が高いのよ。彼の単子論という考え方は、アンの思想と多くの共通点があるの」
永遠が興味深そうに聞きます。
「どんな共通点があるの?」
「例えば、すべてのものに生命があるという考え方や、宇宙の調和を重視する点なんかがそうね。ライプニッツは後にこう書いています」
お姉ちゃんは、ライプニッツの言葉を引用します。
「『私は以前、魂は物質から完全に分離されていると考えていた。しかし、新しい体系を深く考察した結果、すべての単子、つまり単純な実体には、ある種の有機的な身体が伴っていることを認めざるを得なくなった』」
「この考え方は、アンの思想とよく似ているのよ」とお姉ちゃんは付け加えます。
花凛が驚いた表情で言います。
「じゃあ、ライプニッツはアンから影響を受けたってこと?」
「可能性は高いわね。でも、残念ながらライプニッツはアンの名前を明確には挙げていないの。当時の女性哲学者の扱いを考えると、公には認めづらかったのかもしれないわ」
永遠が少し悲しそうな表情を見せます。
「それって、不公平じゃない?」
お姉ちゃんは少し表情を曇らせ、深い溜め息をつきました。
「そうね、この点についてはもう少し詳しく話す必要があるわ」
お姉ちゃんは本棚から別の古い本を取り出し、ページをめくりながら続けます。
「当時の学問界では、女性の貢献はしばしば無視されたり、軽視されたりしていたの。ライプニッツのような著名な哲学者でさえ、女性の思想家から影響を受けたことを公に認めるのは難しかったのよ」
永遠が眉をひそめます。
「やっぱりそれって、すごく不公平だよね」
お姉ちゃんは頷きます。
「その通りよ。例えば、ライプニッツの書簡や著作を見てみると、アンの思想と驚くほど似た表現が出てくるの。でも、彼はアンの名前を直接挙げることは避けているわ」
花凛が興味深そうに聞きます。
「具体的にどんなところが似てるの?」
「良い質問ね。例えば、ライプニッツはこう書いているわ」
お姉ちゃんは本を開き、一節を読み上げます。
「『すべての実体は、ある種の知覚と欲求を持っている。そして、これらの実体は互いに調和しながら、宇宙全体を構成している』」
「この考え方は、アンの『すべてのものが生きていて、互いにつながっている』という思想にとても近いのよ」
永遠が驚いた表情で言います。
「へえ、そっくりだね」
お姉ちゃんは続けます。
「でも、ライプニッツがこの考えを発表したとき、彼はその源泉としてアンの名前を挙げなかったの。代わりに、古代ギリシャの哲学者たちや、同時代の男性哲学者たちの名前を挙げているわ」
花凛が悲しそうな表情を見せます。
「それって、アンにとってすごく悔しいことだったんじゃないの?」
お姉ちゃんは優しく微笑みます。
「そうかもしれないわね。でも、アンは自分の思想が認められることよりも、真理を追求することの方を大切にしていたと言われているわ。彼女にとっては、自分の考えが広まることの方が重要だったのかもしれないの」
永遠が真剣な表情で聞きます。
「じゃあ、アンの貢献はずっと忘れられたままだったの?」
「幸い、そうではないのよ」とお姉ちゃんは答えます。
「20世紀になって、哲学史家たちがアンの著作を再発見し、その重要性を認識し始めたの。今では、アンは17世紀を代表する思想家の一人として評価されているわ」
花凛が目を輝かせて言います。
「よかった! アンの努力が報われたんだね」
お姉ちゃんは頷きます。
「そうね。これは私たちに大切なことを教えてくれているわ。真理の追求には時に長い時間がかかるかもしれない。でも、真摯に考え続けることが、いつかは認められる日が来るってことよ」
永遠が決意を込めた表情で言います。
「僕も、アンみたいに自分の考えを大切にしながら、真理を追求していきたいな」
花凛も同意します。
「私も! そして、他の人の貢献もちゃんと認めていけるような人になりたい」
お姉ちゃんは二人を誇らしげに見つめます。
「素晴らしいわ。アンの物語から、あなたたちがそんなことを学んでくれて、本当に嬉しいわ。これからも、歴史に埋もれた偉大な思想家たちのことを学び続けていきましょうね」
永遠と花凛は、アンの生涯と思想から多くのことを学んだようです。お姉ちゃんは、二人の成長を感じながら、次の話題へと移っていきました。
永遠が少し考え込んでから言います。
「へえ、アンって、いろんな影響を受けながら独自の思想を作り上げたんだね」
「その通りよ。アンは、古代ギリシャの哲学から当時の最新の科学理論まで、幅広い知識を吸収して、それらを独自の視点で再構成したのよ。そして、そこから生まれたのが彼女の『生きた物質』の哲学なの」
お姉ちゃんは、少し間を置いてから続けます。
「アンの哲学には、現代にも通じる面白い側面があるの。例えば、彼女の考えは現代の環境倫理学にも影響を与えているわ」
花凛が不思議そうに聞きます。
「環境倫理学? どういうこと?」
「アンの『すべてのものが生きている』という考えは、自然環境に対する私たちの態度にも影響を与えるのよ。もし、椅子や机、そして地球そのものが『生きている』と考えたら、私たちはそれらをもっと大切に扱うようになるでしょう?」
永遠と花凛は、深く考え込む様子を見せます。
お姉ちゃんは、二人の反応を見て微笑みます。
「さて、ここで少し実践的な問いを投げかけてみましょう。アンの『すべてのものが生きている』という考えを、日常生活に当てはめるとしたら、何が変わると思う?」
永遠と花凛は、しばらく考え込んでから、それぞれの意見を述べ始めます。お姉ちゃんは、二人の答えに対して丁寧にコメントを加えながら、さらに深い議論へと導いていきます。
しばらくディスカッションを続けた後、お姉ちゃんは最後のまとめに入ります。
「エリザベト・オブ・ボヘミアとアン・コンウェイ、二人の17世紀の女性哲学者たちの物語からは、多くのことを学べるわ。彼女たちは、それぞれ異なる境遇にありながらも、知的好奇心と探究心を失わず、独自の哲学を築き上げた。そして、その思想は時代を超えて、現代の私たちにも影響を与え続けているのよ」
永遠が感心した様子で言います。
「すごいな。僕たちも、エリザベトやアンみたいに、自分の考えを大切にしながら、いろんなことを学び続けたいな」
花凛も頷きます。
「うん。それに、二人とも逆境を乗り越えて頑張ったんだよね。私も、困難があっても諦めずに前を向いていきたい」
お姉ちゃんは、二人の成長を感じながら、嬉しそうに微笑みます。
「素晴らしいわ。哲学は、単に過去の偉人の考えを学ぶだけじゃないの。それを自分の人生に活かし、新しい思想を生み出していくこと。それこそが、真の哲学する心よ」
お姉ちゃんは本を閉じ、立ち上がります。
「さあ、今日の学びを踏まえて、これからの一週間、自分の周りの『当たり前』に疑問を持ち、深く考えてみましょう。来週、その結果を聞かせてくれるかしら?」
永遠と花凛は、少し緊張しながらも期待に胸を膨らませて頷きます。
「はい!」
こうして、17世紀の女性哲学者たちとの出会いは、永遠と花凛の心に新たな思考の種を蒔いたのでした。
### さらに調べてみよう
1. デカルトの心身二元論について詳しく調べ、現代の脳科学の知見と比較してみましょう。
2. アン・コンウェイの一元論的な考え方と、現代の物理学における物質観を比較研究してみましょう。
3. 17世紀の女性の教育事情について調べ、エリザベトやアンがいかに特異な存在だったかを考えてみましょう。
4. ケンブリッジ・プラトニストの思想と、当時の科学革命との関係について調査してみましょう。
5. エリザベトとアンの思想が、その後の哲学や科学にどのような影響を与えたか、具体的に調べてみましょう。
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