第5章:啓蒙時代の先駆者 - メアリー・ウルストンクラフト

 秋の肌寒い土曜日の午後、永遠と花凛はリビングで勉強をしていました。そこへお姉ちゃんが、古びた本を手に現れました。


「おや、二人とも勉強熱心ね。でも、ちょっと休憩しない? 今日は啓蒙時代の女性思想家、メアリー・ウルストンクラフトについてお話ししようと思うの」


 永遠が顔を上げます。


「啓蒙時代って、フランス革命の頃だよね?」


 お姉ちゃんはにっこりと笑います。


「そう、よく覚えていたわね。メアリー・ウルストンクラフトは1759年に生まれて1797年に亡くなった、イギリスの思想家よ。フランス革命の時代を生きた人物なの」


 花凛が興味深そうに体を起こします。


「へえ、オランプ・ド・グージュと同じ時代の人なんだ」


「鋭い観察ね、花凛。実は、メアリーとオランプには共通点が多いのよ。二人とも女性の権利のために戦った先駆者たちだったわ」


 永遠が首をかしげます。


「でも、イギリスとフランスって違う国だよね。どんなふうに影響し合ったの?」


 お姉ちゃんは少し考えてから答えます。


「その質問に答える前に、メアリーの生い立ちについて話すわね。彼女は、決して恵まれた環境で育ったわけじゃなかったの」


 お姉ちゃんは本を開きながら、話を続けます。


「メアリーは、ロンドン近郊の裕福な家庭に生まれたけれど、彼女が幼い頃に家族の財産が急激に減ってしまったの。そして、父親はアルコール中毒で、母親を虐待していたのよ」


 花凛が驚いた表情を見せます。


「えっ、そんなひどい環境だったの?」


「そうなの。メアリーは、幼い頃から母親を父親の暴力から守ろうとしていたそうよ。この経験が、後の彼女のフェミニズム思想の原点になったと言われているわ」


 永遠が真剣な表情で聞きます。


「じゃあ、メアリーはどうやって思想家になったの?」


「メアリーは、正式な教育をほとんど受けられなかったの。でも、彼女は独学で知識を得ていったのよ。彼女の知的好奇心は人一倍強かったのね」


 お姉ちゃんは、メアリーの若い頃の肖像画を見せながら続けます。


「メアリーは、まず教師として働き始めたの。そして、その後家庭教師の仕事もしたわ。この経験が、彼女の教育思想形成に大きな影響を与えたのよ」


 花凛が感心した様子で言います。


「へえ、自分の経験から学んでいったんだね」


「そうよ。メアリーは、自分の経験を通して、当時の女子教育の問題点を痛感していったの。そして、その思いを『女性の権利の擁護』という本にまとめたのよ」


 永遠が興味深そうに聞きます。


「どんな内容だったの?」


 お姉ちゃんは少し考えてから答えます。


「メアリーは、当時の女子教育が表面的で、女性の知性を軽視していることを厳しく批判したの。彼女は、女性も男性と同じように理性的な存在であり、同等の教育を受ける権利があると主張したのよ」


 お姉ちゃんは、メアリー・ウルストンクラフトの肖像画が描かれた古い本を開きながら、真剣な表情で話し始めました。


「メアリーが生きていた18世紀末のイギリスでは、女子教育はとても限られたものだったの。多くの女の子たちは、せいぜい読み書きと簡単な算数、それに裁縫や礼儀作法を学ぶ程度だったわ」


 永遠と花凛は、驚いた表情でお姉ちゃんの言葉に聞き入ります。


「当時の社会では、女性は結婚して良き妻になることが最大の美徳とされていたの。だから、女子教育の目的も、『魅力的な妻』になるための準備が中心だったのよ」


 お姉ちゃんは、本のページをめくりながら続けます。


「例えば、ピアノを弾いたり、フランス語で会話したりすることは教えられても、それは表面的なもので、深い思考力や批判的思考を養うようなものではなかったの」


 花凛が首をかしげて尋ねます。


「でも、それじゃあ本当の意味での教育じゃないよね?」


「その通りよ!」


 お姉ちゃんは力強く頷きます。


「メアリーも全く同じことを考えたの。彼女は自身の著書『女性の権利の擁護』の中で、こう書いているわ」


 お姉ちゃんは本を手に取り、一節を朗読します。


「『女性たちは、理性を鍛えることなく、ただ従順で魅力的であることだけを教えられている。その結果、彼女たちは子供のような存在のままで、真の人格を持つことができないのだ』」


 永遠が真剣な表情で聞き入ります。


「メアリーは、この状況を厳しく批判したの。彼女は、女性も男性と同じように理性的な存在であり、深い思考力や判断力を養う教育を受ける権利があると主張したのよ」


 お姉ちゃんは、さらに詳しく説明します。


「メアリーは、女性が表面的な魅力だけを求められる存在ではなく、社会に貢献できる知的な存在になるべきだと考えたの。そのためには、哲学や科学、歴史などの幅広い分野の教育が必要だと訴えたのよ」


 花凛が目を輝かせて言います。


「すごい! 今では当たり前のことだけど、その時代に言うのは勇気がいったんだろうね」


「そうよ」


 お姉ちゃんは頷きます。


「メアリーの主張は、当時の社会通念を根本から覆すものだったわ。彼女は、女性が教育を受けることで、より良い妻や母親になれるだけでなく、社会全体にも貢献できると論じたの」


 永遠が少し考え込んでから言います。


「でも、そんなこと言って、批判されなかったの?」


「もちろん、激しい批判もあったわ」


 お姉ちゃんは答えます。


「でも、メアリーは決して諦めなかった。彼女は、自分の主張を論理的に、そして情熱的に訴え続けたの」


 お姉ちゃんは、メアリーの言葉をもう一度引用します。


「『女性が理性的な教育を受けることで、彼女たちは家庭内での自分の義務をより良く果たすことができるでしょう。そして、社会全体がより良くなるのです』」


 永遠と花凛は、深く感銘を受けた様子でお姉ちゃんの言葉に聞き入っています。メアリー・ウルストンクラフトの情熱的な主張が、時代を超えて二人の心に響いているようでした。


 永遠が感心した様子で言います。


「なるほど。女性の教育が社会全体を良くするって考えたんだね」


「そうよ。メアリーは、女性の権利を主張すると同時に、それが社会全体にとっても利益になると訴えたの。これは、とても戦略的な主張だったわ」


 お姉ちゃんは、少し表情を曇らせて続けます。


「でも、メアリーの人生は決して平坦ではなかったの。彼女は、自分の信念に従って生きようとして、多くの困難に直面したわ」


 花凛が心配そうに聞きます。


「どんな困難があったの?」


 お姉ちゃんは少し表情を曇らせ、深い溜め息をつきました。


「例えば、メアリーは結婚せずに子供を産んだの。これは当時の社会ではとても非難される行為だったわ」


 花凛が驚いた表情で尋ねます。


「えっ、そんなに大変だったの? 今じゃ普通じゃない?」


 お姉ちゃんは静かに頷きます。


「そうよ。18世紀末のイギリス社会では、結婚せずに子供を産むことは、女性にとって最大の恥とされていたの。メアリーは、アメリカ人の実業家ギルバート・イムレイとの関係で娘を授かったんだけど、イムレイは彼女と結婚しなかったの」


 永遠が眉をひそめます。


「ひどい人だね」


「そうね。でも、メアリーはその状況でも自分の信念を貫こうとしたの。彼女は、社会の偏見に負けずに娘を育てようとしたわ。でも、周囲からの批判は厳しかったわ」


 お姉ちゃんは一瞬言葉を詰まらせ、それから静かに続けました。


「そして、彼女は何度か自殺を試みるほど、深い絶望を味わったこともあったのよ」


 永遠と花凛は息を呑みます。


「一度は、ロンドンのプットニー橋から川に飛び込もうとしたこともあったの。幸い、通りがかった人に助けられたけれど……」


 花凛の目に涙が光ります。


「そんなに苦しんでいたなんて……」


 お姉ちゃんは優しく微笑みます。


「でも、メアリーは諦めなかったの。彼女は、自分の経験を通して、女性が直面する問題をより深く理解し、それを自分の思想に反映させていったのよ」


 永遠が真剣な表情で聞きます。


「どうやって立ち直ったの?」


「メアリーは、自分の苦しみを書くことで乗り越えようとしたの。彼女の小説『マライア』は、自身の経験に基づいて書かれたものよ。そして、彼女は自分の思想をより強く、より説得力のあるものにしていったのよ」


 お姉ちゃんは二人を見つめ、静かに語りかけます。


「メアリーの人生は決して平坦ではなかった。でも、彼女の苦しみや挫折が、逆に彼女の思想をより深く、より強いものにしたの。時には人生の暗い部分も、私たちを成長させる大切な経験になるのよ」


 お姉ちゃんは優しく微笑みます。


「彼女は、自分の経験を通して、女性が直面する問題をより深く理解し、それを自分の思想に反映させていったのよ」


 花凛が真剣な表情で聞きます。


「メアリーは、他の哲学者たちとも交流があったの?」


「良い質問ね。メアリーは、当時の知識人たちと積極的に交流していたわ。特に、アメリカ独立宣言の起草者の一人であるトマス・ペインとの交流は有名よ」


 永遠が興味深そうに尋ねます。


「アメリカ独立にも関わっていたの?」


「直接は関わっていないけど、メアリーはアメリカ独立やフランス革命といった当時の革命的な動きに大きな関心を持っていたの。彼女は、これらの政治的変革と女性の権利獲得運動を結びつけて考えていたのよ」


 お姉ちゃんは、メアリーとフランス革命の関係について詳しく説明します。


「メアリーは1792年にパリに渡り、フランス革命の様子を直接見聞きしたの。そして、その経験を『フランス革命の起源と、その社会に対する影響についての見解』という本にまとめたわ」


 花凛が感心した様子で言います。


「へえ、メアリーは歴史家でもあったんだね」


「そうね。メアリーは、単に女性の権利を主張しただけでなく、社会全体の変革を求めていたの。彼女にとって、女性の解放は社会全体の進歩の一部だったのよ」


 永遠が少し考え込んでから言います。


「でも、お姉ちゃん。メアリーの考え方って、ヒルデガルトやアスパシアとは全然違うよね」


 お姉ちゃんは嬉しそうに頷きます。


「よく気づいたわ、永遠。メアリーの思想は、それまでの女性哲学者たちとは大きく異なる点があるの。例えば、ヒルデガルトが神秘主義的な世界観を持っていたのに対して、メアリーは徹底的に理性と教育の力を信じていたわ」


 花凛が興味深そうに聞きます。


「アスパシアとは?」


「アスパシアは、古代ギリシャの男性中心社会の中で、知性と弁論の力で影響力を持った人物だったわよね? 一方、メアリーは、社会制度そのものを変えることで女性の地位向上を目指したの。時代が違うから、アプローチも違ったのね」


 永遠が感心した様子で言います。


「そっか、時代によって女性哲学者の考え方も変わっていくんだね」


「その通りよ。でも、共通点もあるの。例えば、オランプ・ド・グージュとメアリーは、同時代に生きて、似たような主張をしていたわ。二人とも、女性の権利を人権の一部として捉え、社会変革を求めたのよ」


 お姉ちゃんは、メアリーの晩年について話し始めます。


「メアリーは、1797年に娘メアリー(後の『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリー)を出産した直後に亡くなったの。彼女の人生は短かったけれど、その影響力は計り知れないものがあったわ」


 花凛が少し悲しそうな表情を見せます。


「若くして亡くなってしまったんだね……。娘のメアリー・シェリーはお母さんのことをどう思っていたのかしら?」


 お姉ちゃんは少し考え込んでから、静かに話し始めました。


「メアリー・シェリーと彼女の母、メアリー・ウルストンクラフトの関係は、とても複雑で興味深いものなのよ」


永遠が首をかしげます。


「でも、メアリー・シェリーは母親が亡くなった時、まだ赤ちゃんだったんでしょ?」


 お姉ちゃんは頷きます。


「その通り。メアリー・シェリーを生んで、わずか11日後にメアリー・ウルストンクラフトは産褥熱で死んでしまったの。だから、直接の思い出はないわ。でも、母親の存在は彼女の人生に大きな影響を与えたのよ」


 花凛が興味深そうに聞きます。


「どんな影響があったの?」


「まず、メアリー・シェリーは母親の著作を通して、彼女のことを知っていったの。特に『女性の権利の擁護』は、若いメアリーに大きな影響を与えたわ」


 お姉ちゃんは続けます。


「メアリー・シェリーは、母親を尊敬し、彼女の思想を誇りに思っていたわ。でも同時に、社会から非難された母親の生き方に複雑な感情も抱いていたのよ」


 永遠が真剣な表情で聞きます。


「複雑な感情って?」


「そうね。メアリー・シェリーは、母親の先進的な思想と勇気を尊敬していた一方で、その生き方がもたらした苦難や社会的な批判に苦悩していたの。彼女自身も、若くして『フランケンシュタイン』を書いて有名になったけど、母親と同じように社会からの批判に直面することもあったわ」


 花凛が感動したように言います。


「でも、お母さんの思想を受け継いだんだね」


 お姉ちゃんはにっこりと笑います。


「そうよ。メアリー・シェリーは、母親の思想を自分なりに解釈し、文学作品を通して表現したの。『フランケンシュタイン』には、科学技術の進歩と人間性の関係など、母親が関心を持っていたテーマが反映されているわ」


「そして、メアリー・シェリーは母親の伝記も書いているのよ。そこには、母親への深い愛情と尊敬の念が表れているわ。でも同時に、母親の人生の苦しい部分にも触れていて、とても率直で勇気のある記述になっているの」


 永遠が感心した様子で言います。


「母親のことをちゃんと理解しようとしたんだね」


「そうね。メアリー・シェリーにとって、母親は憧れであり、挑戦でもあったのよ。彼女は母親の思想を受け継ぎながらも、自分自身の道を切り開こうとしたの」


 お姉ちゃんは最後にこう締めくくります。


「メアリー・シェリーと彼女の母親の関係は、私たちに多くのことを教えてくれるわ。親の影響を受け継ぎながらも、自分自身の個性を築いていくこと。そして、過去の苦難を乗り越えて、新しい価値を生み出していくこと。これらは、今を生きる私たちにとっても大切なメッセージだと思うの」


 永遠と花凛は、深く考え込む様子を見せます。母と娘の複雑な関係が、二人の心に新たな思索の種を蒔いたようでした。


 お姉ちゃんは続けます。


「メアリーの思想は、彼女の死後も多くの人々に影響を与え続けたの。例えば、19世紀のフェミニズム運動は、メアリーの思想を基盤にしていると言われているわ」


 永遠が真剣な表情で聞きます。


「じゃあ、メアリーの思想は今でも大切なの?」


 お姉ちゃんは優しく微笑みます。


「もちろんよ。メアリーが訴えた『教育の平等』『女性の経済的自立』『政治参加の権利』といった主張は、今でも世界中で重要な課題となっているわ。彼女の思想は、現代のジェンダー平等の議論にも大きな影響を与えているのよ」


 花凛が感動したように言います。


「すごい! メアリーの生きた時代から200年以上経っても、まだ彼女の思想が生きているんだね」


「その通りよ。これが哲学の力なの。時代を超えて、人々の考え方や社会のあり方に影響を与え続けるのよ」


 お姉ちゃんは、最後にこう締めくくります。


「メアリー・ウルストンクラフトの人生と思想から、私たちが学べることはたくさんあるわ。自分の信念を貫く勇気、社会の不正に立ち向かう情熱、そして教育の力を信じる心。これらは、今を生きる私たちにとっても、とても大切なものよ」


 永遠と花凛は、深く考え込む様子を見せます。


 お姉ちゃんは、二人の反応を見て微笑みます。


「さて、ここで少し実践的な問いを投げかけてみましょう。メアリーが今の時代に生きていたら、どんな問題に注目し、どんな主張をすると思う?」


 永遠と花凛は、しばらく考え込んでから、それぞれの意見を述べ始めます。お姉ちゃんは、二人の答えに対して丁寧にコメントを加えながら、さらに深い議論へと導いていきます。


 しばらくディスカッションを続けた後、お姉ちゃんは最後のまとめに入ります。


「メアリー・ウルストンクラフトの物語からは、多くのことを学べるわ。彼女は、困難な環境にも負けず、自分の信念を貫き、社会に大きな影響を与えた。そして、その思想は時代を超えて、現代の私たちにも影響を与え続けているのよ」


 永遠が感心した様子で言います。


「僕も、メアリーみたいに、社会の問題にしっかり目を向けて、自分の考えを持ちたいな」


 花凛も頷きます。


「私も。それに、メアリーみたいに、自分の経験から学んで、それを社会に活かせるようになりたい」


 お姉ちゃんは、二人の成長を感じながら、嬉しそうに微笑みます。


「素晴らしいわ。哲学は、単に過去の偉人の考えを学ぶだけじゃないの。それを自分の人生に活かし、新しい思想を生み出していくこと。それこそが、真の哲学する心よ」


 お姉ちゃんは本を閉じ、立ち上がります。


「さあ、今日の学びを踏まえて、これからの一週間、自分の周りの『当たり前』に疑問を持ち、深く考えてみましょう。特に、ジェンダーの問題について、日常生活の中でどのような課題があるか、観察してみてね。来週、その結果を聞かせてくれるかしら?」


 永遠と花凛は、少し緊張しながらも期待に胸を膨らませて頷きます。


「はい!」


 お姉ちゃんは満足そうに微笑み、続けます。


「そうそう、メアリーの話をしていて思い出したんだけど、同じ時代にもう一人重要な女性思想家がいたのよ。エミリー・デュ・シャトレという人なんだけど、知ってる?」


 永遠と花凛は首を横に振ります。


「エミリー・デュ・シャトレは、1706年にフランスの貴族階級に生まれた女性なの。メアリーとは少し違って、彼女は幼い頃から優れた教育を受けることができたのよ」


 花凛が興味深そうに聞きます。


「へえ、でも当時の女の子が教育を受けるのって珍しかったんじゃないの?」


 お姉ちゃんは頷きます。


「その通り。エミリーの父親が、娘の才能を認めて特別に教育を受けさせたのよ。彼女は特に数学と物理学に興味を持ったの」


 永遠が驚いた表情で言います。


「女の子が数学や物理を学ぶなんて、すごく珍しかったんだろうね」


「そうなのよ。エミリーは、当時の社会規範と闘いながら、自分の知的好奇心を追求し続けたの。彼女は後に、ニュートンの『プリンキピア』をフランス語に翻訳して注釈を加えたり、独自の物理学の研究を行ったりしたわ」


 花凛が目を輝かせて言います。


「すごい! 科学者だったんだね」


 お姉ちゃんは目を輝かせ、少し身を乗り出して話し始めました。


「特にエミリーとヴォルテールの関係は、とても興味深いものだったのよ」


 永遠が首をかしげます。


「ヴォルテールって、確か有名な哲学者だよね?」


「その通り!」


 お姉ちゃんは嬉しそうに頷きます。


「ヴォルテールは啓蒙時代を代表する思想家で、社会批判や宗教批判で知られているわ」


 花凛が興味深そうに聞きます。


「エミリーとヴォルテールは、どうやって知り合ったの?」


「二人は1733年に出会ったの。エミリーは既婚者だったけど、当時の貴族社会では、そういった関係は珍しくなかったわ。でも、二人の関係は単なる恋愛以上のものだったのよ」


 お姉ちゃんは続けます。


「エミリーとヴォルテールは、お互いの知性に強く惹かれ合ったの。二人は一緒に科学実験をしたり、哲学的な議論を交わしたりしていたわ」


 永遠が驚いた表情で言います。


「へえ、まるで研究パートナーみたいだね」


「そうなのよ。例えば、二人は一緒にニュートンの著作を研究していたの。エミリーは数学に強かったから、ヴォルテールの理解を助けることもあったわ」


 花凛が目を輝かせて聞きます。


「女性の方が数学ができたんだ!」


 お姉ちゃんはにっこりと笑います。


「そうよ。エミリーは、女性も男性と同じように、いや時にはそれ以上に科学的な才能を発揮できることを、身をもって示したのよ」


「二人は共同で『ニュートン哲学の基礎』という本も出版したわ。この本は、フランスにニュートンの理論を広める上で大きな役割を果たしたの」


 永遠が感心した様子で言います。


「すごいな。二人で協力して科学を広めたんだね」


「そうよ。エミリーは、ヴォルテールの文才と自分の科学的知識を組み合わせることで、より多くの人々に科学を伝えることができたの」


 お姉ちゃんは少し表情を引き締めて続けます。


「でも、当時の社会では、エミリーのような女性の存在は例外的だったわ。多くの人々は、女性が科学や哲学を学ぶことに懐疑的だったの」


 花凛が真剣な表情で聞きます。


「どうやってその偏見と戦ったの?」


「エミリーは、自分の才能を隠すことなく、堂々と知的活動を続けたのよ。彼女は自宅にラボを作って実験をしたり、サロンで哲学的な議論を主催したりしたわ。そうすることで、周りの人々に女性の知的能力を示したの」


お姉ちゃんは微笑みながら締めくくります。「エミリーの生き方そのものが、最も強力なメッセージだったのよ。彼女は、性別に関係なく、才能と情熱があれば誰でも科学や哲学を探求できることを、身をもって証明したの」


 永遠と花凛は、エミリーの勇気と先見性に深く感銘を受けた様子でした。二人の目には、新たな可能性への希望が輝いているようでした。


 お姉ちゃんはここで少し躊躇するような表情を見せましたが、深呼吸をして話を続けます。


「エミリー・デュ・シャトレの人生には、実はあまり知られていない側面もあるのよ。その一つが、彼女とギャンブルの関係なの」


 永遠が驚いた表情で尋ねます。


「ギャンブル? 科学者がギャンブルをしていたの?」


 お姉ちゃんは頷きます。


「そう。エミリーは数学の才能を活かして、カードゲームで大金を稼ぐこともあったのよ」


 花凛が興味深そうに聞きます。


「でも、それって良くないことじゃないの?」


「その通りね。実は、エミリーはギャンブルで大きな借金を作ってしまったこともあったの。彼女の夫は、その借金を払うために領地を売らなければならないほどだったわ」


 永遠が首をかしげます。


「なんで、そんなことをしたんだろう?」


 お姉ちゃんは少し悲しげな表情で続けます。


「エミリーの時代、貴族の女性たちにとって、ギャンブルは数少ない娯楽の一つだったの。でも、エミリーの場合は単なる娯楽を超えていたわ。彼女は数学的な才能を駆使して、確率を計算し、勝利を重ねていったの」


 花凛が驚いた様子で言います。


「数学を使ってギャンブルを? すごいけど、危険だよね」


「その通り。エミリーのギャンブルへの傾倒は、彼女の複雑な性格の一面を表しているわ。彼女は知的好奇心が強く、常に新しい挑戦を求めていた。でも同時に、社会的な制約に苦しんでいたのよ」


 お姉ちゃんは続けます。


「ギャンブルは、エミリーにとって知的な挑戦であると同時に、社会の規範から逃れる手段でもあったの。でも、それが彼女を危険な状況に追い込むこともあったわ」


 永遠が真剣な表情で聞きます。


「エミリーは、そのギャンブル依存症から抜け出せたの?」


「完全には抜け出せなかったかもしれないわ。でも、エミリーは最終的に科学研究に打ち込むことで、ギャンブルへの執着を和らげていったと言われているわ」


 お姉ちゃんは少し考え込んでから付け加えます。


「エミリーの例は、私たちに大切なことを教えてくれるわ。どんなに才能があっても、それを間違った方向に使えば危険なことになる。でも同時に、その才能を正しい方向に向ければ、素晴らしい成果を生み出せるということよ」


 花凛が感心した様子で言います。


「エミリーは最後には科学の道を選んだんだね」


「そうよ。エミリーの人生は決して完璧ではなかったけど、彼女は最終的に自分の才能を科学の発展のために使ったの。それが、今日まで彼女が尊敬される理由の一つなのよ」


 お姉ちゃんは最後にこう締めくくります。


「人生には様々な誘惑があるわ。でも、自分の才能を本当に価値あるものに使うことが大切。エミリーの例から、私たちはそのことを学べるんじゃないかしら」


 永遠と花凛は、エミリーの複雑な人生に思いを馳せる様子でした。彼女の苦悩と成功の物語が、二人の心に新たな気づきをもたらしたようです。


 永遠が少し考え込んでから言います。


「そういえばエミリーとメアリーって、同じ時代に生きていたんだよね。二人は知り合いだったの?」


 お姉ちゃんは首を横に振ります。


「残念ながら、二人が直接会ったという記録はないわ。エミリーはメアリーが生まれる前に亡くなっているの。でも、二人の思想には共通点があるのよ」


 花凛が興味深そうに聞きます。


「どんな共通点?」


「二人とも、女性の教育の重要性を強く主張していたのよ。エミリーは科学教育を通じて、メアリーは一般教育を通じて、女性の知的能力を証明しようとしたの」


 永遠が感心した様子で言います。


「二人とも、それぞれの方法で女性の可能性を示そうとしたんだね」


 お姉ちゃんは頷きます。


「そうよ。エミリーとメアリーの生き方は、啓蒙時代における女性の知的活動の二つの側面を示しているわ。科学と哲学、それぞれの分野で彼女たちは先駆者だったのよ」


 お姉ちゃんは、最後にこう締めくくります。


「エミリーとメアリーの物語から、私たちは多くのことを学べるわ。知的好奇心を大切にすること、社会の偏見に立ち向かう勇気、そして自分の信念を貫くことの重要性。これらは、今を生きる私たちにとっても、とても大切なメッセージよ」


 永遠と花凛は、深く考え込む様子を見せます。


 お姉ちゃんは、二人の反応を見て微笑みます。


「さて、今日の最後に、ちょっとしたワークをしてみましょう。現代社会の中で、あなたたちが『もっと平等であるべきだ』と感じることを3つ挙げてみて。そして、それをどうすれば改善できるか、具体的なアイデアを考えてみましょう。メアリーやエミリーのように、批判するだけでなく、具体的な提案をすることが大切よ」


 永遠と花凛は、真剣な表情でノートを取り出し、考え始めます。エミリー・デュ・シャトレとメアリー・ウルストンクラフトの物語は、二人の心に新たな思索の種を蒔いたようでした。


### さらに調べてみよう


1. メアリー・ウルストンクラフトの『女性の権利の擁護』を読み、現代社会との共通点と相違点を分析してみよう。

2. エミリー・デュ・シャトレの科学的業績について詳しく調べ、現代の物理学にどのような影響を与えたか考察してみよう。

3. 18世紀の女子教育の実態について調査し、メアリーやエミリーの主張がいかに革新的だったかを考えてみよう。

4. 現代の女性科学者や哲学者たちの活動を調べ、18世紀の先駆者たちとの共通点を探ってみよう。

5. フランス革命が女性の権利にどのような影響を与えたか、歴史的に調査してみよう。

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