第4話 襲撃の夜

ポアロが次に向かったのは、ジョージが襲われた寝室だった。館の上階に位置するその部屋は、重いドアが音を立てて開かれ、冷たい空気が静かに流れ込んできた。部屋は整然としていたが、その静けさの中には、何か不穏なものが潜んでいるように感じられた。薄暗い光が窓から差し込み、まるで事件の夜の惨劇を再現しているかのようだった。


「ここが、ジョージさんが襲われた現場か……」ヘイスティングズが小さくつぶやく。「思ったよりも何も変わっていないようだな。荒らされた跡は見当たらない。」


ポアロは部屋に一歩足を踏み入れると、壁に飾られた絵画や家具の配置をじっと見つめた。彼の目は、まるでその場のすべての細部を記憶し、解析するかのように動いていた。そして、部屋の中央に置かれたベッドの周りを静かに歩き始めた。ジョージが襲われたのは、このベッドの上。彼は深夜、何者かに突然襲撃され、意識を失った状態で発見された。


「ふむ……なるほど。」ポアロは、何か考え込むように鼻を鳴らした。「ヘイスティングズ、荒らされた跡がないというのは、非常に興味深い点です。この事件は、暴力的な侵入や盗難を目的としたものではなかった、ということを示唆しています。」


「では、目的は別のところにある?」ヘイスティングズが眉をひそめて問いかけた。


「そうです。犯人は、混乱や恐怖を引き起こすためではなく、何か非常に特定の目的を持ってこの部屋に入ったのです。」ポアロはベッドの脇に立ち、床に視線を落とした。そこには、わずかながらも足跡が残っていた。誰かが部屋を出入りした証拠だ。しかし、その足跡は、荒々しいものではなく、非常に慎重に行動していたことを物語っている。


「見てください、ヘイスティングズ。足跡は外から入ったものではなく、むしろ内側から発生している。この部屋に入ったのは、おそらく館の中にいる人物です。窓やドアに外部からの侵入の痕跡がないのも、その証拠と言えるでしょう。」


ヘイスティングズは不思議そうに首をかしげた。「では、内部の犯行だとしたら、どうしてこんなことを? 何が目的なんだ?」


ポアロは答えず、ただ静かに窓に近づき、その外の風景を見つめた。彼は窓枠に手を触れ、指で微かに埃を感じ取った。「ここ、窓は開いていなかったのでしょうか?」


「窓は閉まっていました。鍵もかかっていたはずです。」執事のジェイコブが、後ろから静かに答えた。


「そうですか。」ポアロは一瞬考え込みながら、その窓枠をじっと見つめた。「では、別の方法でこの部屋に入った可能性が高い。しかし、それはおそらく、犯人がこの館の内部の者でなければ不可能でしょう。」


その瞬間、ポアロは何かに気づいたかのように微かに微笑んだ。「ヘイスティングズ、ジョージさんの部屋には、見逃せない要素が一つあります。それは、全てが非常に『整っている』ということです。この部屋には、混乱や動揺が感じられない。まるで、襲撃が一種の儀式か計画された演出のように行われたかのように。」


「演出だって?」ヘイスティングズが驚いたように声を上げた。「でも、ジョージさんは本当に重体になっているんだぞ。そんな演出で襲撃するなんて、どうして……?」


「それは、犯人の目的が恐らく『彼を殺すこと』ではなかったからです。」ポアロの声は冷静だった。「犯人は、ジョージさんを殺すことではなく、彼を無力化し、さらに何かを隠すために動いたのです。そして、その『何か』とは、おそらく消えた肖像画に関わる重大な秘密です。」


ポアロはベッドの脇に置かれた小さなテーブルを指差した。「ここに何が置かれていたか覚えていますか?」


執事のジェイコブが首を横に振った。「特には……ただ、いつも本や水差しが置かれていただけです。」


ポアロは微かに笑い、「では、その夜何かが『置かれていなかった』ことが重要です。この部屋には、その夜『あるべきものがなかった』。それが、この事件の重要な手がかりです。」


「あるべきものが、なかった?」ヘイスティングズがますます混乱したように問いかける。


「そうです、ヘイスティングズ。すべてのものが整然としているこの部屋で、欠けているものこそが、この謎を解く鍵なのです。消えた肖像画は単なる象徴ではなく、この家族にとって非常に重要な過去の出来事を象徴している。そして、その出来事が今、ジョージさんを襲った動機となったのです。」


その瞬間、ポアロの目が鋭く光った。「この館には、まだ語られていない多くの秘密が隠されています。ジョージさんは、その秘密を知っていたのか、あるいはその秘密に関わる何かに近づきすぎたために襲われたのです。」


ポアロは部屋を静かに見渡し、微かに微笑みながら言った。「では、次にその秘密を暴くため、別の場所を調査しましょう。館の内部で、この事件を解決するために欠けているピースは、もうすぐ見つかるでしょう。」

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