第3話 家族との面談

ポアロとヘイスティングズが案内されたのは、館の奥に位置する居間だった。重厚なカーテンが、午後の光を遮り、部屋全体に薄暗い影を落としていた。アンティークの家具が並ぶ中、唯一目を引くのは中央に置かれた大きなテーブル。その周囲に座る一族の面々は、どこか緊張した表情を浮かべていた。


サー・ヘンリー・ヘンリーは、当主としての威厳を保ちつつも、疲れた様子を隠せないでいた。彼の隣には、美しいがどこか冷たさを感じさせる妻レディ・イザベルが座っている。そして、重体に陥った甥ジョージの妻であるメアリー・ハロルドは、窓際に立ち、外を見つめていた。彼女の顔には、薄い微笑が浮かんでいるが、その瞳の奥には何か別の感情が隠されているようだった。


「どうも、ポアロさん。」サー・ヘンリーが低い声で挨拶をし、ポアロに手を差し出した。「我が家にお越しいただき、感謝します。私は家族の長として、この状況を何としても解決しなければならないと思っている。だが、正直言って、ここまで奇妙な事態になるとは思ってもみなかった。」


ポアロは静かに頷きながら、彼の言葉に耳を傾けていた。「もちろん、サー・ヘンリー。あなたの家族にとって、肖像画の消失は大きな問題でしょう。しかし、私にはそれ以上の何かが背後に潜んでいるように思えます。まず、あなた方全員の話を伺わせていただければと思います。」


サー・ヘンリーは小さくため息をつき、続けて語り始めた。「肖像画は、代々我が家に伝わる最も重要な家宝だ。それが消えたとなれば、家の名誉にも関わる。そして、甥のジョージが襲われたことも……まさかこんなことが起きるとは……」


「そうですね、ポアロ。」ヘイスティングズが口を挟む。「肖像画が消えたその夜に、ジョージが襲われた。それがただの偶然だとは思えない。何か関係があるはずだ。」


ポアロは微笑みを浮かべた。「そうです、大尉。二つの事件が同時に起こるのは、偶然ではありえません。必ずそこには繋がりがあります。そして、その繋がりを見つけるためには、皆さん一人ひとりの視点から話を伺う必要があります。」


その瞬間、レディ・イザベルが重く口を開いた。「ポアロさん、私たちは何も隠していません。全てはあなたが見つけてくださると信じています。家族に危害を加える者がいるなら、どうか見つけ出してください。」


ポアロは彼女の視線を受け止めながら、穏やかに答えた。「それが私の務めです、マダム。では、まずメアリーさん、あなたにお話を伺わせていただけますか?」


メアリー・ハロルドはゆっくりと窓から離れ、ポアロの前に立った。彼女の表情は冷静だったが、その冷たさの奥に何か重い感情が潜んでいるように見えた。「ええ、もちろんですわ、ポアロさん。何でもお聞きください。」


「まず、事件の夜、あなたはどこにいらっしゃったのか教えていただけますか?」ポアロの質問はシンプルだが、その目は彼女の反応を見逃すまいとしていた。


「その夜、私は自分の部屋におりました。主人が戻らなかったので、少し心配していたのですが、まさかあんなことが起こるとは思いませんでした。」メアリーは冷静に答えるが、その声には微妙な緊張が漂っている。


「ふむ。それでは、ジョージさんが襲われたとき、何か物音や不審な気配を感じましたか?」


メアリーは一瞬、ためらった後に答えた。「いいえ、何も。すべてが静かでした。ジョージは自室にいたはずです。でも、私は……何も知らなかったのです。」


ポアロは微かに頷き、メアリーの言葉を心に留めた。そして、彼女が話す言葉の裏にある隠された感情を感じ取っていた。冷静さを装っているが、彼女の中には何かが潜んでいる。ポアロはそれを見逃さなかった。


次にポアロは、サー・ヘンリーに目を向けた。「サー・ヘンリー、あなたは肖像画がどれほど家族にとって重要なものであるかを強調されました。しかし、その肖像画に何か特別な意味があるのではないですか? 家族に隠された歴史、あるいは秘密が関わっているのでは?」


サー・ヘンリーの顔が少しこわばった。彼は一瞬、言葉を飲み込んだ後、低い声で答えた。「確かに、肖像画にはある意味で秘密が含まれています。だが、それは過去のことだ。今さら関係のない話だろう。」


「過去のことが現在に影響を与えることはよくあることです、サー・ヘンリー。もし、その肖像画が何かしらの過去の秘密を象徴しているのなら、そのことが今回の事件に深く関わっているかもしれません。」ポアロの言葉は静かだったが、その目には鋭い光が宿っていた。


部屋に再び重苦しい沈黙が広がる。全員が息をひそめ、ポアロの次の言葉を待っていた。家族全員が何かを隠していることは明らかだった。しかし、その隠された真実が何であるか、まだ誰も語ろうとしない。ポアロはゆっくりと立ち上がり、部屋を見渡しながら言った。


「皆さん、私にはこの館に何か異様なものが漂っていると感じます。家族の間に隠された秘密、それが今回の事件の鍵です。私がここにいる限り、その真実を明らかにするまで、決して諦めることはありません。」


ポアロの言葉に、一同は微妙な緊張を感じ、次第にその重い雰囲気に押しつぶされそうになる。誰が嘘をつき、何を隠しているのか。ポアロの「灰色の脳細胞」は、徐々にその答えに近づいていく。そして、その真実が明らかになる時、家族の平穏は大きく揺さぶられることになるだろう。

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