1 千木良兄弟

 始まりは、ある日の放課後だった。

 ゴールデンウィークが過ぎ去っても、帰宅部を貫いていた俺に、千木良兄弟が話しかけてきたのだ。

「五十嵐くん、久しぶり」

「よぉ、五十嵐」

 中学の野球部で一緒だった双子──弟の六雅は一部の先輩たちにいじめられていた頃も、俺によく声をかけてくれた。兄の四季は……挨拶くらいは交わしていたかな。

 高校に上がった今、クラスも異なって、めっきり顔を合わせなくなったが。

「久しぶり、どうした?」

 わざわざ俺の教室までやってきた二人に、俺は当たり障りなく返事をする。

「五十嵐くん、あのさ……」

「うん?」

 言いにくそうな六雅に、首を傾げて促す。


「……まだ野球好き?」


 率直な問いに、ぎくり、と嫌な汗が流れた。

 あの頃の記憶が蘇る──ビリビリのユニフォーム、捨てられたスパイク、遠くから聞こえる下品な笑い声。

「…………」

「…………」

 思わず言葉に詰まる俺に、双子は顔を見合わせた。

「…………野球は、好きだよ」

 何とか声を絞り出す。

 いじめを受けても、しばらく野球部を辞めなかったのは、野球が好きだったからだ。

 俺の回答に、六雅がほっとしたような息を吐く。


「……また、野球やらない?」


「え……」

 辛かった時期、気にかけてくれていたはずの六雅からの提案に、俺は耳を疑った。

「あー……」

 驚きを隠せない俺と六雅の間に、四季が割って入る。

「俺たち、高校で軟式野球部に入ったんだよ。で、人数がカツカツだから勧誘にきたわけ。……六雅から中学ん時の話は聞いてる、そいつら全員、硬式行ったから」

 四季が俺のいじめについても知らなかったのは、当時、何を努力しても伸びない自分に一杯一杯で、周りが見えていなかったんだそう──確かに誰よりも自主練をしていたイメージがある。

 ──好きな野球を、もう一度プレーしようと誘ってもらえるのは、ありがたい。

 でも……。

「俺、もう野球できるような体力がないんだ。普通の人の、半分くらいしか……」

 軟式と硬式の差はあれど、本気で野球をしている人たちに混ざれるような体力は、今の俺にはない。

 俯く俺に、六雅はなんてことはない風に答えた。

「初心者の先輩もいるから、体力なくても大丈夫だよ」

「え、初心者?」

 高校の野球部って、初心者でもやっていけるのか?

「そう。と言うか、初心者の先輩入れて九人しかいないから、やばいの。お願い! 体験だけでいいから!」

「頼む!」

 同じ顔の二人が同時に頭を下げる。

 それは異様な光景で──横を通り過ぎるクラスメイトたちからの視線が痛い。

 ……この状況で、どうやったら断れるのか、誰か教えて欲しい。

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